第5話 今日は地獄の体育祭

 体育祭と言うのはいつも非体育会系に優しくない。まあそれは体育祭という名前だから仕方がない気もするが、だからといって文化祭は体育会系に優しくないのかと言うとそうでもないのが不公平である。


 だから運動のできない俺は、体育祭というイベントが嫌いなのである。体力がないわけではない。体力テストでは大体平均くらいにはやれるのだ。ただ、とにかく運動神経が悪い。走り方もぎこちないし、ボールはうまく投げれないし、道具を使うタイプの球技なんて空振りするだけの運動と化す。しかしどういうわけか身長はある上、恐らくこれが一番の原因だが、超人的な運動能力を持った遠藤篝と仲が良いため、周りからは運動出来そうに見えるのか、そこそこ重要な競技に抜擢されてしまうのだ。その度に俺は断るのだが、いやいや、みたいな反応をされて、本番で無様を晒した時にはいつも、気まずい雰囲気になるのである。


 そんな悲しい俺の性だが、流石に3年生になって運動のできなさが周知されてきたのか、今回は全員参加のリレーのみの抜擢で、俺の出番はもう終了し、エヴァと一緒に応援席でのんびりと競技を眺めていた。

「あー!あれ紗沙チャンだ!」

 俺としては別に楽しくもないイベントなのだが、青春感を求めるエヴァにとっては、これ以上ない青春イベントである。そのため、エヴァは出れる限りの競技に参加したにも関わらず、未だに元気ハツラツなのだから、凄まじい体力だ。細い身体の一体どこにそんなに体力があるのかわからないが、エヴァはかなり運動が出来る。リレーも陸上部を除けば一番速かったし、騎馬戦でも綱引きでも大活躍だった。これまで俺以外のクラスメイトとはそこまで関わってこなかったエヴァだが、この活躍を受けて今は一躍ヒーローとなって、クラスの運動部の女子連中からめちゃめちゃ勧誘を受けていた。

「えー、常磐さんって運動できるのかよ…」

「サク、知らなかったの?紗沙チャンって私より足速いんだよ?」

 常磐さんには青春研究部の運動できない組であってほしかったのだが、どうやら彼女は俺の味方ではないらしい。くそ、文化部所属のくせに、どいつもこいつも当たり前のように運動出来やがって。というかエヴァが運動出来るのは想定外だった。いや、出来ない印象も無かったのだが、彼女の方が体力があるのは、男として情けないというかなんというか。少しは俺もエヴァにカッコいいところを見せたいのだが。

「ちぇ、俺だけかよ、運動出来ないの。いいよな、エヴァは運動出来て。」

「あー、いやぁ、ありがとうだけど、サクだけじゃないと思うよ?青春研究部で運動出来ないの。」

「ええ?だって遠藤出来るだろ?常磐さんも出来て、エヴァも出来るんだったら…あぁ。」

 とても人とは思えない様相で走って?くる人影にはどういうわけか見覚えがある。

「九音サンは多分…サクより運動出来ないかも…」

 めちゃくちゃカッコ悪い走り方で、めちゃくちゃ綺麗な髪をなびかせて錦九音が走ってくる。エヴァがサクより出来ないではなくサクくらい出来ないと言っていたら多分俺は絶望していただろう。自分があんな走り方をしていると知った日には恥ずかしくて2日ほど学校を休んでしまうかもしれない。…というか、あんなんじゃないよな?怖くて聞けたもんじゃない。

 しかし本人的には満足そうに走りきっているもんだから、滑稽ではあるのだが、あの顔、あの清々しさで堂々と帰ってこられると、皆押し黙ってしまう。なんとなくあれがかっこいいのかも、と思わせてしまう何かが錦さんにはあるのだ。

 その後適当に遠藤が各種競技で無双するのを眺めていると、あっという間に食事の時間がやってくる。小中学生のころはこのタイミングで家族と合流などするのだか、高校生にもなってくると気恥ずかしさが出てくるものだ。来ない親御さんもいるだろうし、大抵の生徒は友人と食事を摂るのではないだろうか。


 俺はと言うとそもそも親は来ない。母親は既にこの世にいないし、父親はいつも仕事で忙しそうにしている。あんな仕事をしてはいるが、かなり時間に融通がきかないらしく、学校行事に来てくれたことは小学生の時に1度きりだ。しかし、個人的には別に構わない。小学生の頃は少しさみしくもあったが、中学生になってからはむしろ親が来ないことはメリットになっていた。正直親だろうとあまりダサい所を見られたくはないし。


 だから当然今年も俺の親の姿はないのだが、エヴァの方はどうなのだろう。エヴァの家族については、特段聞く機会もなかったので、実家はイギリスにある、と言うことくらいしか知らなかった。エヴァがあまり話したがらなかったし、彼氏とは言え、プライベートなことに突っ込みすぎるのも良くないかと思い気にしないようにしていたのだが、娘が一人で日本にいるのに、少しも見にこない、と言うのは流石におかしい。あまり仲が良くないのか、それとも何か事情があるのかわからないが、あまり聞くべきでないのは確かだろう。知り合って4ヶ月を過ぎ、付き合いだして2ヶ月になるというのに、俺はエヴァについて知らないことが多すぎる。そもそもどうしてあの日、あのビルにいたのかもよくわかっていないのだ。


 やはり父親は来ていなかったし、まぁ来ていたとしてもエヴァたちと食事を摂ろうとは思っていたが、それぞれ競技を終えた遠藤を除く青春研究部メンバーたちと合流し、被服室の鍵を借りに、先生のいる本部テントへと歩いて向かう。遠藤の奴、どうやらまた新しい彼女を作ったらしく、今日はそいつと食うらしい。どうせすぐ別れるだろうが、まぁ今日は遠藤の一番の見せ場だし、今日くらいは一緒に食べたかろう。

「ぁ、ねぇ、サク…」

 エヴァが俺の体操服の裾を掴んで後ろに隠れる。その視線の先を見ると、うっすらと見覚えのある2人がエヴァの方へと歩いてきた。確かあの2人は、エヴァと出会ったあのビルにいた。エヴァが関係者以外を退出させた時に残っていた、不思議な服装の男女2人組だ。

「こんにちは、エヴァ・クリスタル。」

「こんにちは…えっと、何か用?私、今忙しいから、後にしてくれる…?」

 そういえば、最初に会ったときのエヴァはこんな感じだったなと思い出す。あのビルでのエヴァはかなり強い口調で大人たちと接していた。今思えば、あの時のエヴァは恐らく強がっていたのだろう。ちょうど今のように。

「ええ、わかっていますよ。しかし、わたくし共もあまり時間がないのです。」

「でも、今は皆がいるから、皆と別れてからちゃんと聞くから今は…」

「ああ、そんなに嫌わないでください。あまりいい印象が無いのは分かりますが、どうか理性的に。わたくし共も貴方に嫌われたくはないですから。」

「じゃあこんなとこまで来ないでよ。皆がいるの分かってるのに。」

 この人たちとエヴァがどういう関係なのかは分からないけれど、ビルでの会話の時からそうだが、エヴァはこの男女をかなり嫌っている様に見える。山城に対しても辛辣ではあったが、この2人には輪をかけて冷たい。そのせいで、最初の印象では、エヴァのことを高飛車でわがままな人だと思ってしまったのだ。その後数日もすればエヴァは元気で常識的な人物で、わがままさも可愛いものだとわかるのだが。

「あの、あなた達って、父の職場に居た人ですよね。エヴァに何か用なんですか?」

「おや、愛瀬朔くん、お久しぶりですね。その後エヴァさんとはどうですか?」

「どうって…その…仲良くやってますよ。」

「ねぇ!サクと話さないで!サクもこの人たちと話しちゃダメ!」

 エヴァが俺の話を遮る。話しちゃダメというのはかなり不思議なことを言う。やはりこの人たちに対するエヴァの反応はおかしい。どんな関係かは分からないが、俺はエヴァの彼氏だし、エヴァの味方をしよう。

「あの、お二人はエヴァちゃんとどういう関係なんですか?」

 常磐さんが切り込む。こういう聞きづらいことをあっさり聞いていけるのは羨ましい才能だ。

「いやぁ、はは、貴方はエヴァ・クリスタルの友人てすか?」

「はい、エヴァちゃんはうちの友達です。見たところ、エヴァちゃんのご両親って感じじゃないですけど、親戚とかですか?」

「うーん、なんと言えばいいのでしょう。エヴァ・クリスタル、わたくし共は貴方とどういう関係というべきなのでしょう?」

「知らないよ。分かんない。あなた達のことなんか知らない。話すことなんか無いから帰って!」

 エヴァはこの2人と話す気がないようで、とにかく全く取り合わない。しかし、この2人にいい印象は無いし、エヴァが嫌がっているのなら

「すいません、エヴァ、嫌がってますし、帰ったほうがいいんじゃないですか。」

「愛瀬朔くん、これは手厳しい。しかしわたくし共もここに来た理由があるのですよ。帰れと言われてもそう簡単に帰るわけにいかないのです。」

「つーか、おっさんら、すっげぇ変な喋り方だけど、エヴァさんそれが恥ずかしくて嫌ってんじゃねぇの?やめたほうがいいぜ?変なキャラ付け。」

 遠藤がぶっこむ。確かにずっと思ってはいたが、そんなストレートに言うとは。

「あの、ご家族じゃないなら、なんなんですか?エヴァちゃん嫌がってるし、先生呼びますよ?」

 常磐さんと遠藤がかなり敵対心むき出しで詰め寄る。多分この人たちも、ここまで四面楚歌になるとは思っていなかっただろう。

「……はい、わかりました。邪魔しましたね、エヴァ・クリスタル。少し様子を見に来ただけなのですが、こんなに友人が出来ていたとは。」

「しかし、エヴァ・クリスタル、わかっていますね?青春時代が終われば、あなたは…」

「帰るなら早く帰って!」

「……失礼しました。…辛いのはあなたですよ。エヴァ・クリスタル。」

 そう言うと、2人組は、この学校をあとにした。常磐さんがフェンスの方も注意深く見回したが、怪しい人影は無かった。本当にもう帰ったようだ。

「エヴァ、大丈夫?」 

「…うん。ごめんね、私、すごく迷惑かけちゃったよね。紗沙チャンも、遠藤クンも、九音サンも…」

「ううん、あの人たちが悪いよ!エヴァちゃんが嫌がってるのに、ずっと居座ってたんだもん。」

「あれでしょ、ストーカーってやつでしょ。犯罪者よ、あんなの。」

「さっき確認してたけど、まだ見てるかも知んねぇし、とりあえず部室行こーぜ、腹減っただろ、エヴァさんも。」

 そうして被服室に着くと、みんな口々にあの2人組の悪口を言い始めた。ストーカーだとか、変質者だとか、言いたい放題で。エヴァはそんなみんなを見て、控えめではあるが笑っていた。 

 結局、あの2人が何者なのかは分からない。みんな多分気になっていると思うけれど、聞き出そうとはしなかったた。何となく、エヴァはこの話題を避けたがっているような感じがしたし、聞いてほしくはなさそうだった。

  しかし、俺は3人よりも彼らの事を知っている。エヴァと多少なりとも関係があることは分かっている。あの建物にいた事、エヴァについて、俺も知らない何かを知っていること、俺の父親とも関係があること。いつか、知ることができるのだろうか。

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