第2話 宇宙嵐の転校生

新学期は憂鬱だ。ドラマやアニメの世界では、主人公やらヒロインやらがわくわくドキドキ胸躍らせているものだが、実際の新学期なんて、ただのクラスと担任替えでしかない。しかも、理系か文系か分かれていたりすると、クラスが変わっても、メンツが7割同じだったりする。だから特段面白みもないもの…のはずなのだが。

「天崎エヴァです!今学期からこの学校に転入してきました!特技は超能力!日本のアニメが大好きです!1年間よろしくお願いします!」

 エヴァという、まさしく嵐の転校生がクラスにやってきたもんだから、クラスメイトたちにとって、面白みがないはずがなかった。

「え、天崎って…エヴァ・メビウス・クリスタルじゃなかったっけ…?」

「クリスタル、だと五十音で並んだ時にサクの近くにならないじゃない?だから日本式の名前を作ってみたんだよ。それに、こっちのほうが言いやすいでしょ?」

「そんな簡単に作れるもんなの…?」

 あのビルの件以降、エヴァはちょくちょくウチを訪ねてくるようになり、最近は週に2回のペースでウチに来て転入の準備を進めていた。関係者ということもあり、父親も断るに断れず、俺としては、思春期の男子高校生の家に美少女が入り浸るというのはどうなのか、と思いつつも、まあ悪い気はまったくしなかったので、普通に友達として接するようになっていた。今はもう一人暮らし用の新しい家を借りているらしく、ここ数日は会っていなかったのだが、まさか名前が変わっているとは思わなかった。

「ってか、特技は超能力って…そんなん使えたっけ?」

「実はちょっとね、練習してたんだよ最近。ほら、あんまりサクんち行ってなかったでしょ?」

「練習してできるようになるもんじゃないだろ…」

「後で見せるよ。すごいんだから!」


 ホームルームが終わると、いつもは退屈そうに友人と談笑しているクラスメイトたちが、今日は一人のもとに集まって質問攻めを始めた。転校生を質問攻めだなんて、ドラマやアニメの中だけのもので、基本的にそこまで気になるものでもない、のだが、ことエヴァについては話が別だ。なんたって、金髪で、目はグレーで、明らかに外国人なのに、日本語ペラペラで、おまけに引くほど美人なのだから。

「メビウスちゃん。」

 そしていつものように、隣のクラスからやってきた筋肉質な伊達男が声を掛けてくる。

「だあーからその名前で呼ぶなっつってんだろ。」

「いやぁ、今日もまた一段と冴え渡るツッコミだな!」

こいつは遠藤篝えんどうかがり。俺とは中学からの腐れ縁。無駄に体格がいい上、たいていのスポーツで無双できる運動神経の持ち主のクセに、面倒だからと部活に入らず、四六時中遊び呆けているような男だ。

「つーか、その後ろの娘、誰よ?見たことねーけど、転校生?随分キレイだな。」

「そうそう、転校生。外国人らしいよ。」

「らしいって何?サク。ちょっと、知らないフリ?私と貴方の仲じゃん!ねえ!」

エヴァは取り囲む取材陣を尻目に俺の肩を掴んでグワンと揺らしながら喚く。

「お、知り合いかよ。なんだ、付き合ってたりすんの?だったら悪いことしたな。」

「付き合ってねえよ。…まぁ、知り合いってのはそう。いや、なんつーか、触れられたくない話題だったっつーか。」

「なんでー?私と友達なの触れたっていいでしょ?なんならもう家にだって遊びに行ってるんだし。」

「おいおい、愛瀬、彼女可哀想じゃねぇか。お前そんなツンケンしてっから彼女できないんだぜ?」

「あ、サクって彼女居ないの?」

「うるせーな、余計なお世話だよ。」

 篝が俺の方を指差しながらからかう様にエヴァに俺のマイナスイメージを植え付ける。本当に、俺の友人は性格が悪い。こいつの影響でこのままエヴァまで性格が悪くなったらどうしてくれるのか。

「良かった。今が狙い目ってことだよね。」

「お、その気あんの?オススメはできねぇけど、悪いやつじゃねえよ。こいつは。」

「分かってるー。サクは優しいもんね?」

「俺の話を俺の目の前で俺なしで繰り広げんな。エヴァもあんまこいつと仲良くすんなよ。」

「おいおい、ヤキモチかよ、愛瀬。だーいじょうぶだって、俺エヴァさんは狙わねーよ。」

「だー違えっての!…まぁ、遠藤、後でこの件はちゃんと話すから、昼飯ん時ここ集合な。」

「おー、OK。なんかあんのか。あー、もしかしてイギリスの実家関係ある?」

「いや、それじゃねぇんだけど…まぁ、話すから。ほら、もうチャイム鳴るぞ。」

「おっと、そんじゃ、昼飯ん時な。」

 そう言うと遠藤は大股で自分のクラスの方へと廊下を歩いていき、やたらとでかい身長をかがめて部屋に入っていった。

「サク、彼女いなかったんだ。」

「いないよ。や、今は…だけど。」

「前はいたの?」

「いや、いないんだけどさ。」

「じゃあできる予定があるとか?」

「ごめん、見栄はっただけだからちょっとそこまでに。」

「ふふ、じゃあやっぱり狙い目ってことね?」

「…まぁ、そうだね。」

 にこにこしながらエヴァは話しかけてくる。それまで集まっていたエヴァに興味津々な人たちも、そろそろ俺とエヴァの関係についてあらぬ噂を立てかねない。

「何話してたの?あいつらに質問攻めされてたっしょ?」

「うん、どこから来たの?とか、日本語上手いね、とか。全部サクは知ってることだよ。」

「そりゃそうでしょ。そいつら今日初めてエヴァと会ったわけだし。」

「サクのほうが私について詳しいってこと。」

「まあ、そうだけど…え、それが何なの?」

「うん?そのままの意味だよ。」

 エヴァは時折不思議なことを言う。元々不思議な出会いだったし、正直素性もまだよく知らないのだが、基本的にはまともな人物で、案外しっかりしているとは思う。しかし、2カ月ほど友人として過ごしても、俺とずいぶん仲良くしたがっている真意は分からない。あのビルでのことも、なぜあそこにいたのかも、ちゃんと聞けていないのだ。


「で、話ってのは何よ?」

 昼休憩始まってすぐ、昼飯も食べずに遠藤は俺の席のもとにやってきて、早く聞かせてくれとせがむもんだから、俺はエヴァと遠藤を連れて、あまりひと気のない3階の階段前にやってきていた。

「お前、昼飯食ったのかよ?」

「おう、食ったぞ。いっつも昼休憩の時には無くなってっからよ。」

「それダメだろ。」

 遠藤は不良と言うほどでもないが、模範的な生徒とは言い難い。大抵の先生よりガタイが良いし、頭も悪いわけじゃない。基本的に他人より劣るということが無かった人間であり、苦労などして来なかったと思う。多分、他人のことをナメている。だから弁当は昼休憩までに食べ切るし、授業中に内職はするし、先生の言うことも話半分だ。

「名前を聞いてなかったよね?私は天崎エヴァ。サクの友達なんでしょ?」

「おお、よろしく。俺は3組の遠藤篝。愛瀬とは中学が一緒でよぉ。2人とも帰宅部で、帰り道同じだったから、よく一緒に帰ってたのよ。」

「へぇ、そうなの?ずいぶん運動出来そうなのに。」

「あー、できるぜ?でも部活って面倒くてなぁ。特にやりたいスポーツもねぇし、すぐ帰って遊んだがよくね?」

「まじで贅沢なやつだよな。やりたくても出来ないやつだっているんだぞ?」

「お前も帰宅部だろうがよ、愛瀬。大体部活動なんて自由なんだからいいだろうが。」

「俺は運動出来ねーし。文化部もなんか違うし。」

「あんま変わんねぇよ。」

 遠藤とは中学からの友人ではあるが、趣味嗜好が合うわけではなかった。どちらかといえば、思考というか、考え方というか、気が合うという表現が一番ふさわしいように思う。

「で、エヴァさんとはとういう関係なわけ?お前に限って恋人ではないんだろうとは思うがよ。今日やってきた転校生とすでに知り合いってのは気になるわな。」

「ああ、話すと長くなるんだが…」

「サクと私は恋人ってことでいいよ?」

「いやなんでだよ。違うだろ。エヴァまでこの調子だと俺持たねぇよ。」

「だって、説明するの面倒でしょ?私はただの転校生天崎エヴァ。それじゃだめ?」

「いや…そういうわけにいくか?」

 ふと、ビルでのエヴァを思い出す。確かあのときも、エヴァは山城が説明しようとするのを遮っていた。あまり知られたくないのだろうか。と言っても、俺も詳しくは知らないのだが。実際、どこまで遠藤に話していいものなのか、俺もいまいちわからない。あの日ビルで起こったことを、詳しく説明できる自信がない。

「まあ、簡単に言うと、父親の仕事関係の知り合いで、転入の準備が整うまでウチで面倒見てたんだよ。」

「へえ、父親の。なんか、宇宙関係の仕事だっけか。確かになんかグローバルそうだしな。」

「俺もあんま知らねえんだよ。なんかウチで面倒見ることになっただけで、それ以前のことは教えてくんないから。」

「ふふ、だって、少しくらいミステリアスな方が、魅力的だって思わない?」

「…な?」

「おー、なるほどな」

 そう、エヴァは自分のことについて、中々教えてくれない。あの一件から2ヶ月ほど、不定期にウチに来ていたから、俺はその度にエヴァ自身についてあれこれ聞いてみたのだが、得られた情報はほとんど無かった。エヴァはイギリス生まれであるということと、日本のアニメが好きで、アニメのような学校生活に憧れがあるということの、2つくらいのものだ。

「てか、エヴァさんってさ。」

「なぁに?」

「ぶっちゃけ、愛瀬のこと好きっしょ?」

「おい!」

 遠藤、この恋愛脳は、何かにつけて男女をくっつけようとしてくるやつだ。俺は別に恋愛にはさほど興味が無いというのに。大体エヴァだって…

「うん!そう!私サクのこと好きなんだよね。あ、もちろん恋愛対象として、だよ?」

「おー!だよな!やっぱそうだと思ったんだよぉ!良かったな!愛瀬!」

 何だこの展開は。いや、まぁ、考えないことはなかった。最初に会ったときから、エヴァは俺にやたらと積極的ではあった。けれど、それは他の人に対しても同じで、そういう人なんだと思っていたし…いや、実際今日見た感じだと俺以外にはそこまで積極的でも無かったのはそうなんだが…しかし、理由が分からない。俺を好きになる理由がない。まだ出会って2ヶ月程度で、何か特別な思い出もないのに、そんな俺を恋愛対象として好きだなんて。

「いや、待て待て待て、何でそうなるんだよ。エヴァ、あんまりこいつに乗らない方がいいよ。こいつ冗談とか本気にするから…」

「冗談じゃないよ、サク。私貴方のこと好きなの。」

「いや…だって…意味が分かんねえよ。好きになる理由無いだろ…」

 すると、遠藤とエヴァは揃って不思議な顔をする。別におかしなことを言ったつもりはないのだが。

「それは…あるだろ。なあ?」

「うん。あるよ。もちろん、優しいところとか、2カ月の間で好きになったところもあるけど…」

 なぜだか、友人の前で、昼休憩中に俺は愛の告白を受けている。こういうのはもっと雰囲気とか、そういうのが大事なんじゃないのか。 

「な…何だよ、普通に恥ずいって、こんな場所で…」

「顔だよ、サク。私サクの顔が好きなの。」

 …ロマンチックの欠片もなく、それでいて至極真っ当な理由の前に、俺は今どんな顔をしていいのかわからなくなる。確かに、まあ、会って2カ月の相手を好きになる理由なんて、見た目がほとんどなのかもしれない。しかし、それでは。

「ははは、だよなー!それしかねえもんな愛瀬には!いやぁ、エヴァさん、見た目に違わず面食いだねぇ!」

「えー、なんか失礼なこと言ってない?遠藤クン。私は別にサクの顔以外も好きだって言ったよ?」

「ちょっと待ってくれよ、エヴァ、俺の顔が好きって…」

「うん。サク、私ね、最初に会った時にね、思ったんだよ。」

「この人と、アニメみたいな学校生活が送りたいって。この人と恋愛したい、この人と文化祭回りたい、この人と体育祭で走りたい、この人と夏休みを送りたいって、思ったの。」

「何で…そんなに?ただ顔が好きなだけなんだろ?もう少し考えたほうが…」

「ううん、私サクがいいの。こんなにも焦がれるって初めてなんだよ?だからきっと貴方は運命の人だと思う。」

「だからね、サク。」

 エヴァは俺の顔を見て、いつになく真剣な表情で、ほんの少し顔を赤らめながら俺の手を握る。

「私と付き合ってください。」

 俺の高校3年生は、なんという波乱の幕開けだろう。3年生でやってきた、びっくりするくらいの美少女転校生に、新学期初日の昼に愛の告白をされるだなんて。

 恋愛などしたことがなく、正直別にする必要もないと思っていたけれど。きめ細やかで透き通るような肌、クリスタルのような美しい瞳、黄金よりも艷やかな髪の美少女に、こんなに美しい声で愛を囁かれては。

「え…と…俺でよければ、こちらこそ…。」

 断れる男など、いるはずが無いのであった。


「…へ?いいの?」

「いや…まぁ…、断る理由ねぇよ。」

「うはぁ、エヴァさん、愛瀬照れてんのよコイツ!はー!ズリぃよなぁ!コイツ顔だけはイケメンだからなぁ!」

 だけとは何だだけとは。自分のほうがモテるくせに一丁前に羨ましがりやがって。…というか、俺は今エヴァと付き合うことになったのか?こんな成り行きで…?いや、全くもって嫌ではないし、むしろエヴァは魅力的だとは思うが。冷静になって考えるととんでもない事が起きている。まだ知り合って2カ月だぞ?…いや、別に普通なのか?分からん。

「おい愛瀬!エヴァさんなんかちょい顔赤いんじゃねぇか?」

 遠藤が小声で話しかけてくる。エヴァの顔を見てみると、確かに少し赤らんでいる。彼女の顔はあまりにも白いから、血色が分かりやすい。

「あー!本当に緊張した!なんか成り行きだったけど、私本当に本気でドキドキしたんだからね!?」

 なんだろう、今までも、エヴァは引くほど美人だと思ってたし、いい人なのは分かってたけれど、今のエヴァはすごく、なんというか…

「エヴァさん、安心しなよ。コイツもコイツで結構エヴァさんのこと好きだぞ。」

 誰でもそうだろう。こんな美少女に告白されたら、嫌でも意識してしまう。まさか、俺が、誰かを好きになるなんて。

「や…嫌いなわけねぇだろそりゃ。」

 やばい。たぶん今の俺、結構、いや、かなりダサい。無理だ。この状況。イカれちまう。

「エヴァ…さん…」

「え…よ…呼び捨てでいいよ?」

「教室戻ろう、もうコイツと話すこと無いし。」

 エヴァの手を取ろうか一瞬考えて、流石に恥ずかしいと思い手持ち無沙汰になった手をズボンのポケットに突っ込む。

「あー!うん!待って…」

 遠藤はついてこそ来なかったが、多分ニヤニヤ笑いながら下校時のことを考えている。恐らくストーカーするつもりだろう。この犯罪者め。

「サク…えっと、本当にいいんだよね?私と付き合うっていうの…」

「いや、そりゃ…ごめん、今ちょっと冷静じゃないんだ俺。だからダサいかもだけど。」

「全然、返事はちゃんとしたから。俺でよければってのが本音だよ。」

 エヴァは少し驚いたような顔をして、すぐに笑って俺の顔を覗き込む。

「…?な、何…?」

「うん。これからよろしくお願いします。サク。…ふふ、前にも似たような会話、したね?」

 ああ、もう少し冷静になる時間が欲しいのに。この熱に浮かされた脳みそでは、また俺はきっと、ダサい事を言ってしまう。

「や…まぁ、なんつーか、多分、まだ何回も出来るよ…エヴァ。」

 ほら、見たことか。新学期早々、黒歴史がまた1ページ増えてしまった。

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