Q極生命体
しなないで
第1話 既知との遭遇
―これより数行は、とあるロマンチストな生物学者の学説書よりの抜粋である―
―永遠の命は、不幸だと人は言う。数ある創作の中において、不老不死の存在は、決まって不幸な結末を迎える。周りの人が自分よりも先に死んでしまって、孤独になるだとか、長い時間を過ごした結果、心が擦り切れてしまうだとか。大抵はそんな理由だ。
では、不死なる存在の横に、同じく不死の存在がいたならば。いつまでも友人として、恋人として、家族として、孤独な結末を辿ることがなかったのならば。長い時間を過ごしてもなお擦り切れぬ様な機構がその生命体に備わっていたならば。永遠の命は不幸なのだろうか。
永遠の命が不幸だと言うのは、それが存在しないからである。誰も想像し得ないから、それを不幸なものだと言うのだ。
もし、この世界に、欠点一つない、完全無欠の生命体が存在したならば。その生命体は永遠の命を持っているはずだと私は思う。だから永遠の命とは、欠点ではないはずであり、それは不幸などではないと、私は思うわけである―
自分は、一般的な常識からは少し外れて生きてしまっているという自覚があったのだが、父親が仕事場について来いと言って、黒尽くめのスーツを着たボディガードらしき人に連れられて、見たことのない黒い車に乗せられたことには流石に夢を疑った。その上、この車両の周辺には4台ほど護衛の車が付いているようで、どうやら自分は皇族並みのセキュリティのもと車に揺られているらしい。いや、揺られているという表現は合わないかもしれない。今感じている揺れは車両から来るそれではなく、緊張から来る震えのほうが近かったのだから。俺と父親の関係はそう悪いものではないと思うのだが、父親が何の仕事をしているのかは軽く聞いた程度しか知らず、宇宙を研究している組織に所属していると言うこと、どうもその組織はJAXAではないらしい、ということくらいしか知らなかった。父親の仕事にはそこまで興味もなかったし、それは宇宙に対しても同様だったので、今まで細かく詮索することは無かった…のだが、ここにきて、これほどまでに父親の仕事が気になるとは思わなかった。実際、JAXAでもないのに宇宙を研究している組織に所属していて、しかも結構給料がいいだなんて、端的に言って怪しすぎる。実の父親を疑いたくはなかったが、少し変わった人な上、あまり家におらずコミュニケーションもあまり取ってこなかったため、信用度合いとしては、悪い人では無いと思えど、怪しいことをしていないと自信を持って言える程でもなかった。
そんなわけで父親と話がしたいのだが、世間話をするかのように軽く聞けるような状況ではなかった。同じ車両に乗ってはいるが、あと2人、まったく素性の知れない、スーツを着た筋骨隆々の大男が乗っている上、父親はどうやら忙しくスマホで文字を打っている。大男2人は、あからさまではないまでも、俺のことを監視しているらしく、大変な警戒心を持って前と横を囲んでいる。これが父親の同僚なのだろうか?どうもそうは思えない。父親の体格は、俺とそう変わらない。身長は180cm前後あると思うが、とても運動ができたものではない細身の体格だ。少なくとも、俺を囲んでいる2人の男と同じ仕事がこなせるとは思えなかった。
脅されている?誘拐事件なのか?と考えないこともなかったが、父親に抵抗の意思はなさそうだった。俺を誘い出す時も、緊張こそしていたが、その対象はスーツの大男たちではないようだった。この車は一体どこに向かっているのだろう。考えても答えは出なそうだ。どうせここから逃げ出すこともできないのだし、とりあえず時間をつぶそうか、と取り出してみたのだが、準備する時間もなく急に飛び出してしまったから、スマホの充電があと15%しかない。最悪、通報をするかもしれない以上、ここで充電が切れてしまうのはマズイだろう。話し相手も居ない以上、スマホ無しでは外の景色を見るくらいしかやることがないのだが、前後左右をピッタリと同じ車両に囲まれている以上、大した景色は見えない。何ともつまらないドライブである。
だいぶ緊張がほぐれてきて、エンジン音にホワイトノイズ的な安らぎを感じ始めた頃、車は大通りを少し外れた辺りで1列になり、見たことのない高層ビルの地下駐車場で停車した。スマホの画面に映る文字盤を見ると、2時間30分ほど経過している。運転席に座っている大男が真っ先に降り、俺の座っている席の扉を開けた。続いて父親も車を降りると、「朔、降りなさい」と降車を促してきた。俺が席を立つと、隣に座っていた大男もようやく車を降り、俺を含めた4人は、ビルから出てきたスーツの男に連れられ、エレベーターで17階へと運ばれる。フロアには数人のスーツを着たボディガードらしき大男のほかに、父親と同じような背格好をした人が集まって、規則的に並んだ椅子に座って真剣そうな顔で何やら話し合いをしているようだった。俺は父親に言われるがまま、端の方の椅子に座ると、父親は随分前の方まで行って、2列目の中の方に腰掛けた。
「全員、お揃いでしょうか。」
俺が座って5分ほど経った頃、一番前に座っていた眼鏡の男が立ち上がり、指差しで人数を数えてから、号令とばかりに言葉を発した。
「お揃いのようですので始めたいと思います。」
「皆さま、お忙しい中お集まりいただきありがとうございます。」
「この中には、事情を聞かされずに呼び出された方がいらっしゃると思いますが、何卒ご了承お願いします。」
「まずは…お集まりいただいた事情を説明するところから始めたいと思います。」
「事情を知らない方々は…後方に座っていると思いますので…」
「前の方に座ってもらえば良かったですね…申し訳ありません、こちらも少々立て込んでおりまして…」
「重要なことですのでどうか聞き逃さないようお願いします。理解できない部分については再度説明いたしますので…」
どうも事情を知らないのは俺だけではないらしい。ここに集まっているボディガード以外の人数は目算で20人程度だが、どのくらいの人数が事情を知らないのだろう。そう思っていると、
「こんな面倒な会議いる?私を何とかして納得させたいみたいだけど、もう私の意見は聞いてくれないってことでいい?」
最前列の端のほうから、女性の声が聞こえてきた。
「何度も言ってるけど、私はあなた達の思い通りにはならないし、ここから出ないっていうのも断固拒否。ねぇ、普通に犯罪だよねこれって。私ってやっぱり人権無いの?つい最近まで普通の人間として生きてたっていうのに?」
その声はなんというか、驚くほどに美しかった。どう表現していいものか、俺には分からなかった。少なくとも、これまでの人生で聴いた全ての音よりも美しいものだと感じた。多分、どんな音楽よりも、どんな自然音よりも美しいと思う。
「いえ…そういうわけではないんですよ、本当に、とにかく今回集まってくださった方に相応の説明をしなければいけないと…」
眼鏡の男は慌てて声の主に説明する。どうやら随分声の主である女性に対して気を使っているようで、少し声を高くしている。
「だから、そんなの必要ないんだってば。私をどうにかしてここに閉じ込めるために、この人たちを集めたんでしょ?でも私はここに閉じ込められるつもりはないの。この人たちは意味ないことのために集められたってこと。かわいそ!」
女性は少し煽るように、声高にそう叫ぶと、ゆっくりと席を立ち上がって後ろを向いた。
―ガラスのように透き通った肌、水晶のような瞳、光芒を思わせるブロンドの髪。一目見て、朔の目は、どうやら彼女に奪われている。少しこちらに歩を進めてくる少女を、失礼だとは思いながら凝視してしまう。多分この美しさは、多分至上の彫刻家だろうとその一端も表現しきれないだろうと思われた―
最前に座っていたようだったし、事情を知っていたようだから、父親と同じような立場の人かと思ったが、見た目的には高校生に見える。俺とあまり変わらないだろう。それにしても、声に負けず劣らず、随分な美人だ。いや、美人というか、ちょっと引くレベルの美形と言うか。金髪だし目の色白っぽいし、日本人ではなさそうなのだが、外国人とも言えないような。しかし、何やら日本語を話していたようだったし、ハーフとかなのだろうか。それか、日本育ちの外国人とか?…今、すごく彼女を凝視してしまっている気がする。流石に失礼に当たるほどに。でも誰でも見てしまうと思う。正直どんな芸能人よりも美しいと思うし。というか、何やら目が合っている。彼女もこちらを凝視している。見過ぎてしまったか?謝ったほうがいいだろうか。
「ねえ、貴方、ここの人?」
ここの人、とはこの組織の人、ということだろうか。というか俺は話しかけられているのか?この少女に?
「いや…事情とか知らないっす…なんでここ座ってんのかもよくわかってないんすけど…」
「ふうん…そうなの…」
興味なさそう、というよりも、何かを考え込んでいるような返事だ。返答ミスったか?ミスしようがない会話だったと思うのだが。
「名前は何ていうの?」
「愛瀬…朔。」
フルネームを答えようかとも思ったが、まぁこの方が伝わるだろう。ミドルネームなんて外国人もわざわざ名乗らないらしいし。
すると少女は前に振り向き、大声で叫んだ。
「ヤマキ、ちょっと考えてもいいよ。」
「けど、私とヤマキと、サクと、あとはそこの2人と、あと必要最低限の人だけ残して、関係ない人は帰らせて。」
なんだろう、俺がそのメンバーに入っているのはおかしい気がする。事情は知らないといったはずなのだが、関係ない人から漏れている。
「ですが…」
この少女がヤマキと呼んでいる眼鏡の男は、困ったように最前列を見渡してから、確認を取るように頷いたあと、
「わかりました…では、少々お待ちを…」
「愛瀬メビウス朔さん。」
「は、はい…?」
丁寧な所作で名刺を渡してきたこの男は、
「すみません、巻き込んでしまう形になって…申し訳ないのですが、ここに残っていただきます。」
「え。」
いただけますか?ではなく、いただきます、ということは、強制のようだ。俺に拒否権はないらしい。
「いいでしょ、サク?どうせ拒否しても帰れないよ?」
少女がいたずらっぽく話しかけてくる。俺が帰れないのはおそらくこの少女のせいだと思うのだが。
「ふふ、サク、ごめんね?」
どうやら俺は相当な面倒事に巻き込まれてしまったらしい。その原因が美少女でなかったら、運命を呪っていたところだ。
困惑顔で部屋に集まっていた20人ほどが強制的に退出させられ、部屋に残ったのは、俺と俺の父親、謎の美少女、山城博、最前列にいたスーツの男性2人と、後ろの方で立っていた不思議な服装の2人の、計8人だけになった。父親はとても緊張した面持ちで、俺に一言「ごめんな」と言ったきり、小声で山城を質問攻めにし始め、山城は「私に言われても」といった顔で質問に答えている。
「あなた、アイセメビウスサクって言うの?日本人なのにミドルネームなんて珍しいね?」
状況がよくわからず困惑していると、この美少女は俺と親しくなりたそうに話しかけてくる。先ほどこの少女は説明は要らないと言っていたが、残された俺には説明が欲しい。
「ああ、そうなんすよ…普段は省略して名乗ってるんすよね…愛瀬朔って。」
「高校生?」
「っすね、高2っす。」
「ああ、やっぱり!同い年なんじゃないかなーっておもってたんだよね!全然タメ口で話してよ!」
「あー、マジ?そうなんだ。え、ハーフとか?」
「んー、ハーフっていうか…まあハーフっちゃハーフ?なんだけど。」
「ってか、名前言ってなかったね?エヴァ・メアリー・クリスタルって言います。ミドルネーム、お揃いだね?」
めちゃめちゃ横文字の名前だ。
「ずっと日本育ちとか?」
「んー、まあ、多分すぐわかるよ。」
「全然、エヴァって呼んでくれていいからね。」
「あー、おう、俺のことも朔って…もう呼んでるか。」
すると、山城と父親がこちらに歩いてきて、やはり緊張した面持ちで話しかけてきた。
「朔さん、エヴァさん、よろしいですか?特に朔さんは状況も理解できないと思いますし…」
「エヴァさんから説明していただけますか?私も貴方の考えがいまいちわからないのですが…」
「あなた達の言うことを聞くのを、条件次第では考えてあげてもいい。」
エヴァが山城の話を遮るように強い口調で話し出す。
「あなた達は、私を差し出すことであいつらと穏便に済ませたい。違う?あなた達に私の身体を研究する技術は無いだろうし、かと言ってあいつらに実力行使に出られたら元も子もない。そもそも『Q《クゥ》』と言う存在についても知らなかったでしょ?」
「ここであいつらに協力すれば、地球は外宇宙の勢力から一定の信頼を得る。地球外との外交権なんて、あなた達のどから手が出るほど欲しいもんね?」
「でも私の協力がないとそれはできない。あいつらが求めてるのは地球との外交ではなく私という存在だから。あなた達にできることは私を差し出して恩を売ることだけ。でも私はそれを拒否することができる。いくらでもね!」
「けど、一つ条件を呑んでくれたら、協力を考えてもいい。」
山城の表情がより一層険しくなる。正直俺には何の話をしているのかさっぱりわからない。クゥ?外宇宙の勢力?この娘もまた宇宙研究の一員なんだろうか?そして、この流れだと、その条件とやらに俺が関わっていそうな感じがするのだが。
「私を、サクと同じ学校に通わせてほしいの。転入生として、高校3年生としての生活をサクの学校で送らせて。」
「…へ?」
まったく理解ができなかった。いや、理解はできるのだが、この複雑怪奇な状況で、こんなにも場違いな条件が出てくるとは思わなかった。しかもやはり俺が関わっている。俺の学校に通うのか?この娘が?なぜ?
「…はい?それは…どういう…?」
これまで、状況が二転三転しながらも冷静さを欠かなかった山城も、この言葉には理解が及ばないといった様子で、完全に言葉を失っている。
そこへ、今まで静観していた男女、エヴァが(あいつら)と呼んでいた、不思議な服装をした2人が、おもむろにこちらへ近づいてきた。
「エヴァ・クリスタル、本当にご協力くださるのですね?」
「…だって、どうせ諦めないでしょ?あなた達。ずっと付きまとわれたらキリが無いし。逃げる方法が一つしかないのも分かってるから。」
「けど、もちろんその後はあなた達の態度次第。私が協力を決めたのはあくまでヤマキ達であって、あなた達ではないから。」
もちろんです、と頭を下げると、2人の男女はまた下がっていき、そのまま部屋を出ていった。最後に少し俺のほうをみていた気がする。
「じゃ、決まり!手配は全部あなた達に頼むね。来年の3月には日本に引っ越すから、そのへんもよろしくね?」
そう言うと、エヴァはこちらに歩いてくる。目の前で立ち止まり、おもむろに俺の手を両手で握って、満面の笑みを向けてくる。
「それじゃあ、サク!来年度からはクラスメイトとして、よろしく!」
何がなんだか分からないまま車に乗せられ、何がなんだか分からないまま謎の会議に出席させられ、何がなんだか分からないヤツに何がなんだか分からないことに巻き込まれてしまっている。多分、こんな経験をしている男子高校生なんて、俺くらいのものだろう。しかし、車に乗ってこのビルに入った時よりかは、大分状況はいいのかもしれない。少なくとも、俺に理不尽を押し付けてくる存在が、父親から美少女に変わったのだから。
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