最終話 中心に立っていた気がしてただけ
翌日、普通に寝坊した。カラオケいすぎたな…。だけどおかげで目はさっぱりだ。
「…これ一時間目間に合わねぇな。」
仕方ない。二時間目からゆっくり行こう。人ってのはもう間に合わない遅刻ほど冷静になるって言うけど、まさにその通りだった。
…入美に合わせる顔。普通に行こう。何か気にしてる方が申し訳なさを感じさせてしまう。
すでに家族のいない家へいってきますを言ってから。僕は学校に向かった。
異常はすぐに見つかった。
「…いる…み?」
「ん…。あぁ、おはよ。…凛太郎君。」
まだ朝の光が差し込みきらない教室は、いつもより冷えた空気に包まれていた。黒板の端にはぞんざいに消された白い粉の跡が残り、机の天板はまだ湿って光っている。入美はスリッパのつま先を小さく動かして、俯いたままだった。
僕だって馬鹿じゃない。この異常性に、何も気づかないわけがない。
「おはようじゃない。どうしたんだ?何があった?」
「何も…何もないよ。気にしないで。」
「気にしないでって…。」
思わずクラス中を睨む。昨日あったあの明るい雰囲気は明らかに暗く沈んでいた。
…何があったんだ。
「なぁトモヒサ。ちょっと。」
「…あぁ。」
トモヒサを引っ張って、僕は一度教室から出た。
「朝、教室どうなってたんだ。」
「…春道さんに対する悪口が、黒板とか机の上に。すぐに春道さんが消していたけど…。」
「ちっ…。」
「ちょっ、凛太郎!?」
そこまで聞いて走って教室に戻る。
ガァアン!と、扉を思い切り僕が開いたせいか、クラスメイト全員がこっちを注視した。
「朝のやつ、やったの誰だ。」
全員が沈黙を貫いた。ただ一人を除いて。
「凛太郎君。良いよ。」
「良くねぇよ。…逆に良いのかよ、入美は。」
「…うん。」
うん、じゃねぇだろ…。
何があったんだ?この短い時間でどうして入美はいじめられ始めた?
わからねぇ…。
結局、真相はわからず時間は過ぎていた。一時間、一日と時間が過ぎていくにつれていじめはエスカレートしていった。
靴を隠したり、悪意ある落書きから入美の私物が捨てられたり汚されたりとが続いた。僕は常に見張っていたが、それでも目が届かない時間、場所はあって。
「…入美、そのケガどうした。」
「転んだの。」
「…本当に?」
「うん。」
…暴行までは看過できない。僕は何度も先生に訴えた。
「先生、明らかにいじめですよ。あれは。なんとかしてください!」
「先生の方でも目を見張らせてるんだがな。証拠が一切出なくて…すまん。」
「すまんじゃないですよ…!」
これじゃ、こんなんじゃ後味がひどすぎる。
世界がおかしいのか?それとも僕がおかしいのか?自分で自分が、わからなくなっていっている。
今日も、入美を見送ることしかできなかった。
「…また明日。」
「毎日見送らなくていいってば。」
「心配なんだよ。」
「……ふふっ、ありがと。」
笑って入美は帰っていく。
僕にできるのは、それくらいだった。
「…畜生。」
なんでもできる?イケメン?優等生?
そんな肩書、何の意味になる?好きな女一人守れないやつが何をほざいてるんだ。
僕は何もできない。あの子の心も奪えなければ、守ることもできない。
なのにあの子は笑顔を絶やさない。それが特に心を抉り取っていった。
入美を見送ってから家に帰る気力もなくなって、教室へと戻った。
そこにはカズと、別グループで女子が何人かいた。
「ん…カズ。」
「お、おう。凛太郎。」
「…今何隠した?」
僕が来た瞬間、カズが手を背中に回したのを見落とさなかった。
「な、なんでもねぇよ!」
「出せよ。」
「いってぇ!」
無理矢理手を奪うと、その中には入美の使っていた筆箱だったものがあった。
「何してんだお前。」
「い、いや。俺も丁度見つけたんだ。ひどいよな!あいつら!」
「あいつら…?誰がやったか知ってんのかよ。」
「あ…。」
「誰だ。誰が入美をいじめてんだ。」
「…。」
「僕はお前を…友人だと思ってた。でも、違ったんだな。」
失望した目を見せる。これは効くことを、知っていた。
「ご、ごめん…。悪かった。」
「反省は良い。教えてくれ。」
「は、葉島だ。葉島が噂流しだしたんだよ。」
「葉島…?祥子が?」
アイツがなんで…。
「まだ気づいてないのか、凛太郎。」
「…どういうことだ。」
「祥子はな、お前のこと好きだったんだよ!」
「………。」
それで、入美が僕のこと振ったからいじめてるのか?
そんなくだらないことで?
「…なぁそっちの。…リエたち。」
「な、何よ。」
「共犯なのか。お前らも。」
「知らないし。…帰ろ。」
「う、うん。」
…気づくのが遅すぎた。僕のせいで…入美はいじめられていたのか。
待て、待て待て。…これって僕がなんとかできるのか。
責任は僕にある。…彼女をなんとかする権利自体、ないんじゃないのか。
「…カズ、一応聞くんだが。お前は言われてやっただけだよな。…多分、女子の連絡先とか紹介する代わりに。」
「うっ…。すまねぇ。」
「良い、悪意ないなら。」
「…ごめん。」
「…善意も、ないみたいだがな。」
「…。」
カズはそれ以上何も言わず、ただ黙りこくった。
…明日、祥子を問い詰めるしかない。…でも…いや…クソッ。
「僕のせいだ。僕が…何も気にせず告白なんかしたから…。」
身の程をわきまえるべきだった。自分の立場をもっと危惧しておけば…。
今さら後悔してももう遅い。入美はああやって強気でいるが、いつ瓦解してもおかしくないんだ。
…そうだ。責任どうこうじゃない。むしろ負い目を感じているのなら、どんなことをしてでも彼女を救わなきゃダメだろ。
自信を持て、秋山凛太郎。なんでもできるなら、好きな女の子一人くらい、救って見せろよ。例え、相手から好かれてなくても。
もしかしたら、助ければ振り向いてくれるんじゃないかなんて、自分でも最低な思考を持ちながら今日は帰ることにした。
玄関前。入美には靴を持ち帰るよう言っている。
「……ん?なんで…入美の靴、まだ残ってるんだ?」
さっき帰らせたはずだろ…。全身に鳥肌が立つのがわかった。
…嫌な予感がした。
人目に付かない場所…女子トイレか?だったら僕は入れない…。
とにかく探すしかない。今の時間、使われている女子トイレも少ないはずだ。
廊下は走ってはいけないのに、優等生なのに。
僕は廊下を走った。長い廊下の蛍光灯は半分ほどしか点いておらず、影が縦に伸びていた。駆ける度に革靴が床を叩く音が、やけに響く。息を吸うたびに乾いたチョークの匂いとワックスの匂いが混じって、胸の奥にざらつきが残った。
とにかく探した、彼女を。
「はぁっ…はぁっ…。」
電話をかければ早いのかもしれない。…だけど入美はきっと、出てくれないだろう。
探すこと、15分。校舎内をすべて周ったが、入美はいなかった。
「いったいどこに…。」
どこにもいなくて、僕は二階の、自分の教室に戻ってきていた。
ふと、窓の外を見る。真下から声が聞こえて来たんだ。
「ふざけないでよ!」
「…だから、何の話?」
体育館裏。地面には湿った土の匂いが漂っていた。錆びたフェンスが風に揺れ、カランと小さな音を立てる。その真ん中に、靴を履いていない入美が立っていた。白い足首が土埃にまみれているのが、二階からでも見えた。
「入美!?」
靴を履いていなかったのだ。
馬鹿か僕は…いじめっ子がいじめているやつが靴を履くのを待つかよ。
祥子の姿はない。ってことは代わりのパシリか。
すぐに走ろうとして、その足を止めることになった。
殴られそうになっていた入美の前、男が挟まったのだ。
「やめろよ。…何してる。」
「…誰?……あぁ、不登校のやつじゃん。なんだっけ名前。」
「知らなーい。引きこもりのカスってことでしょ。あはは!」
「か、カズキ…。」
「入美は俺の幼馴染なんだ。これ以上なんかするなら女子でも手加減しないが。」
「うわーこわーい。」
「やってみろよ…あ?」
…幼馴染、だって?
カズキという男は躊躇なく、いじめていた女子の腹を殴った。
「がはっ…!?」
「…俺は、男だからとか、女だからとか…。そういうの苦手なんだ。悪い。」
「ちょ、大丈夫!?ないコイツ最低かよ!女殴るとか!」
「うるさい。早くどっかいけ。」
「い、行くよ。」
「あいつ…げほっげほっ…。」
女子二人はよろけながら、その場を去っていった。
「大丈夫か、入美。」
「もう…なんで今さら…待ってたのに!ずっと…ずっと!!」
入美は、そのままカズキに…抱き着いた。
見たくなかったのに、僕は目を離せなかった。
「離れてくれ。…暑い。」
「もう寒いでしょ。…ほんと…遅いよ。」
…入美が、あんな顔するなんて。知らなかった。信頼しきっている、とろけた微笑み。…カズキとかいうやつはそれなのに、虚ろな表情で殴った拳を見続けていた。
それ以降の光景を見ていたら、このまま窓から落ちたくなりそうだったから。
僕は目を背けた。
「は、はははははははは!!!」
…遊ばれたのか?僕は。入美は、最初からあのカズキとかいう不登校の方が好きだったのか?優等生の、僕より?
「なんだよ、それ…。」
じゃあなんで僕にあんな…勘違いさせるようなことを。
そこまで考えて気づいた。入美は何も悪くない。むしろ、一人でいることを自ら望んでいる言動も、あった気がした。
彼女にとって僕はモブ。偶然、席が隣になって。偶然、同じ係になって。
そうじゃないか。決めたのは先生で、入美じゃない。
…僕が勝手に勘違いしただけだ。
「…なんなら迷惑かけて、いじめのターゲットにしただけ。」
ただ、好きな人に告白しただけなのに。
彼女にとってのヒーローは僕じゃない。
それだけのこと。
「うっ…うううぅう…。」
立てなかった。立ち上がれば僕は窓の外を見たくなる。
見たくなかった。見てしまえばきっともう学校に来れない。
震え、しゃがみながら僕は教室を出た。すでに廊下も暗く染まっていた。
まるで舞台の幕が下りた劇の様な…
「…元からスポットライトなんてなかったのか。」
もういいや。入美とか祥子とかどうでもいい。
優等生とかもどうでもいい。
全部放り投げて一人で生きよう。そっちの方が楽だ。
「…。」
ふと思いついたように、すがるように僕は……いや、もう優等生の『僕』は終わりだ。
…俺はスマホで調べものをした。
「…サフランの花言葉、『歓喜』『過度を慎む』…。」
…はは……俺じゃん。
世界の中心は僕じゃない コトワリ @kame0530
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