第2話 常套句の並べ方
入美と隣の席になって一つわかったことがある。
「…ん…。」
「寝るな。入美。…授業中だぞ。」
「ん?…あぁ…ありが……ぐー」
「寝るな。」
めちゃくちゃ授業中寝る。本人に早く寝ろと言ってみたところ、なんと21時に寝てるとのこと。授業中でも寝てしまうのは体質らしい。それならば仕方ないと、僕は起こすのをやめようとした。眠い時は邪魔されたくない、これは共通意識だから。
しかし、授業一時間、一切起こさないとこんなことを言われた。
「なんでさっき起こしてくれなかったの?」
「え、いや…。よく寝てたから。」
「でもノート取れないじゃん。」
「入美が寝てるからだろ…。」
「起こしてくれない凛太郎君が悪い。ノート見せて。」
とんでもない冤罪をかけられてしまった。善意だったのに、と少し残念に思うが、勉強する気はないわけじゃないんだと関心はした。
「良いけど…。でも眠気邪魔されたら嫌じゃないか?」
「そうだけど…凛太郎君ならいいよ。起こし方優しいし。」
たまになんか勘違いさせるようなことを言ってくるのは止めてほしいと切に思う…。
なんだかなんだ、入美が隣の席で退屈することはなかった。今まで関わってこなかった分、知らないことが多く魅力もいっぱいで…。
もう気づけば目で追ってしまっている。
ただ、実行委員として共に活動している時は授業中の怠惰そうなイメージは一気に払拭された。
「それじゃあ今日のホームルームは学園祭のクラス行事を考えます。入美、僕が黒板に出て来た案書くからみんなの意見を聞いてくれ。」
「んー…いや、私が黒板に書くよ。凛太郎君が意見聞いて。」
「わかっ…た。」
不本意ながらチョークを渡すと、小声で耳打ちされる
「汚れちゃうでしょ。私が汚れ仕事やるからさ。」
思わず顔が赤く染まりそうだったが、なんとか持ち前のポーカーフェイスで耐えてみんなの意見を集めた。日頃自分が無意識にやっていること、目の前で言われるとなんだか嬉しいんだか恥ずかしいんだか、よくわからない感情が襲ってきたのだ。
「うーん…。圧倒的メイド喫茶だな。」
「俺は良いと思うぜ!メイド喫茶!」
「カズ、お前そんなにメイド服着たいのか?」
「俺じゃねぇわい!」
ちょっとした小ボケにみんな笑ってくれた。
笑顔が飛び交うくらいの議論が丁度いい。
「確か被っちゃダメなんだよね。同じ学年で。」
「あぁ。メイド喫茶は人気だろうな。もう一個くらい選んでおくか。」
残っていたのはこの付近の地理調べと映えスポットづくりなど。お化け屋敷に屋台と豊富に意見は出ていた。
「多数決で良いか。んじゃ手上げてもらって。」
結果、お化け屋敷と映えスポットが同票で並んだ。見た感じ映えスポットが女子、お化け屋敷が男子と行った所だ。
「うーん…割れたな。」
「だね。どうしようか。」
「断然お化け屋敷!他はあり得ない!」
「ちょっとカズ君。映えスポットだって良いじゃん。」
「つまらんし俺達やることないだろ!何が楽しいんだ。」
「そんな言い方ないでしょ。お化け屋敷は逆に忙しすぎて他のクラスまわれないじゃん。」
「なんだよリエ!学園祭は自分たちの行事に全力だろ!他のとこかまってられるか。」
「ちょ、ちょっとカズ。落ち着きなよ。」
小さな対立が起きてしまっていた。第二候補なんてそこまで真剣に考えることでもないのだが…止めなきゃな。
僕が火花散らしている二人を止めようとしたところ、入美が先に声を上げた。
「あ、じゃあ提案。聞いて欲しい。」
「なんだよ!」
「メイド喫茶ダメだったら、お化け屋敷主軸にして、教室半分を映えスポットにすれば良いんじゃない?二つは流石になんか先生たちに言われそうだけど、怖い系の映えスポット作ればいいじゃん。どう?リエちゃんたち、カズ君たち。」
僕は落ち着けと、一度静止させようとしただけ。対して入美は二つを合わせた代替案を導き出した。思わず感嘆の声を上げそうになる。
「…まぁそれならいいかも。」
「てかそっちの方が楽しそうじゃね?」
「教室半分だけなら人手もそんな必要なさそうだしね。」
「良いじゃん!私そっちに賛成!」
「俺もだ。メイド喫茶やめてそっちにしね?」
「そうしよ!」
見事クラスをまとめあげ、なんなら激戦区であった喫茶店から焦点を外すことまでできた。第一候補が外れた場合、クラスのやる気が少し削がれてしまう。
だがしかし、学園祭の代表が集まる話し合いの末、おかげでみんなの士気は下がることなく正式に出し物が『お化け屋敷兼映えスポット』に決まった。
授業中は常に眠そうで怠惰を生きている入美だが、休み時間諸々、男女共に分け隔てなく接しており誰とでも仲が良い社交的な子だと印象が変わった。きっと目で追いかけるようになったから、気づいたんだ。
集まりの帰り道。運動部の掛け声や吹奏楽部の音色が聞こえてくる廊下で入美に話しかけた。すでに外は夕焼けに染まっていた。
「入美すごいな。おかげで何も問題なく進みそうだ。」
「ありがと。でも綺麗にまとめてくれたのは凛太郎君だよ。私だけの力じゃない。」
「ペアが入美で良かったよ、本当。」
「ふふっ、言い過ぎ。…でも私も、凛太郎君で良かった。君じゃなきゃ多分めんどくさくてやる気無くなってたよ。ううん、逆にこうやって学園祭準備が楽しみになってるかも。」
思わず、僕もだ。と言おうとして止める。勘違いさせちゃダメだ。中学の頃そのせいで悲しませてしまった女の子を思い出す。誰にでも優しくし過ぎたんだ。
だから僕は…
「でも入美なら嫌な顔、隠せるでしょ。」
「そんな器用じゃないよ。あと、君の前じゃ嘘つく気ないから。」
「そりゃ嬉しいな。」
空気がほんのり温かく、夕焼けと共に僕の心は焦がれそうになる。入美はもう…常にそれっぽいことを言ってくるんだ。だが、当たり障りのない返事をした。これでいいんだ。
「不器用なんだよ私は。だから頼りにしてるよ、凛太郎君。」
ぽん、と入美は僕の肩に手を置く。何も言わなかったが、心は浮き上がっていた。
こんな小さなボディタッチ、なんでもないはずなのに。
この時は気づいていなかった、勘違いしそうなのは、自分だって。
ある日のお昼時
「りんたろー!飯行こうぜ!」
「あぁ。…待った、僕今日弁当あるわ。」
「お母さんが作ってくれるんだっけ。羨ましいよ。」
「トモヒサのお母さん忙しいもんな。分けてやろうか?」
「いいよ。それは凛太郎の為に作ってくれたのなんだから。ほら、カズ。食堂行こう。それとも凛太郎一緒に食堂で食べる?」
「いややめておく。二人で行って来いよ。」
「わかった。」
一度ついて行って少し後悔したのを思い出す。僕が食堂に座ると、周りが女子だらけになって食べにくい。カズとトモヒサは気にしてなかったが、それでも申し訳ない。なのであの出来事以降、僕は食堂で昼を取るのをやめた。
今日はどうやら一人でお昼ご飯らしい。教室にはあまり人は残っていなかった。この学校じゃ弁当持ってくる方が珍しい。
「いただきます。」
かぱっと開いた弁当。中には僕の好きなからあげが。これだけで午後のやる気は最大限高まるな。
「一緒に良いですか…っと。」
「…入美?」
確認を取りながら入美は席をくっつけて来た。横に。なぜ横に。
「こういうのは縦だろ。」
「あ、そっか。…いや待て。私が凛太郎君の前の席に座ればいいんだ。」
確かに僕の前のやつは食堂に行っている。入美は席を戻して、前の席に後ろ向きに座り、僕の机にシンプルな弁当を広げて来た。少し狭い。
「いつも他の女子と食べてなかった?」
「なんか今日みんなお弁当ないんだって。食堂行っちゃった。一人で食べるの味気ないじゃん。」
…まぁこの時期、他のクラスに友達がいなくてもおかしくはないか。断る理由もなかったので何も言わず僕は食べ進めた。
「それお母さんが作ってくれるの?」
「あぁ。昨日作りすぎたのを入れたかったらしい。たまにあるんだ。」
「そうなんだ。じゃあまた、こうして二人で食べれるかもね。」
何食わぬ顔で食を進めながら言う入美。…誰にでもこんな感じなのか?
「んー、美味しい。」
「それで、何の用だ。」
「ん?いや別に何も…。」
「え。」
「え?」
「…なんでもない。」
「む…?なんだかわからんけど、良いよ。」
すでに何人かは教室に戻ってきていて、徐々に騒がしくなっていているにも関わらず僕の視界は入美の方向から外れない。
…恥ずかしげもなく言ってしまうのなら、こうして僕に近づいてくる女の子ってのは大体僕に好意がある。そういうものだ。これはもう認めざるを得ない。出なければ期待させて、落としてしまうかもしれないから。
だから断ればよかったのに。ここまでストレートに突っ込んでくるのは珍しくて、声も震えていないのは中々なくて。好きとか、そういうのはないんじゃないかと思った。そういうことにしたんだ、自分で。
…もう認めていいだろう。
僕は多分、入美が好きだ。いや多分じゃない。確定だ。
あからさまに好意があって近づいてくる子とは違う。この冷めたような、でも温かい感じ。ちょうどいいギャップ。…とても魅力的な女性に見えた。
今までは、恋愛という物がよくわからず付き合ってくださいと言われれば、OKを出してしまっていた。付き合っていく中で好きになると、そう聞いたことがあったから。でも一切そんなことはなく、自分の時間が取られて行くことへの面倒くささを感じ始めてから恋愛から身を少し遠ざけた。
「ごちそうさま。…凛太郎君食べるの遅いね?」
「入美のが少ないんだよ。」
「食べ過ぎは乙女の天敵だもん。」
だが明確にこの恋心は今までの物とは違うとわかった。窓から差し込む光が入美の綺麗な髪を輝かせ、つい目を奪われる。こんなに視線を向けてしまうことなんて、今までなかったから。
「ねぇ、凛太郎君。」
「なんだ。」
「サフラン、って知ってる?私あの花大好きなんだ。」
「へぇ…名前しか聞いたことないな。」
「今度見てみると良いよ。丁度時期だし。」
こんな何気ない会話、一つ一つが僕にとっての宝物になっていく。
サフラン、か。調べてみようかな。
「そういえば学園祭もう近いねぇ…。来週だっけ、遅い時間まで残って準備するの。」
「あぁ。確か21時まで良いんだったか。」
「凛太郎君どうするの?」
「残るよ、限界まで。どうせやることほかにないし。」
「なら私も残るよ。一人じゃ大変でしょ。」
「一人ってことはないけどな。カズもトモヒサも残ってくれるらしいし。」
「助かるでしょ。私がいた方が。ふふん。」
ドヤ顔で言っているが、確かにその通りだった。小学、中学と何かしらまとめ役をやってきたから人をまとめるのは得意だと思っていたが、入美には敵わなかった。彼女は良く人を見ている。滞っている部分を一発で見つけてしまう。僕は精々及第点、入美は100点満点だった。
なんでもできると自負しているが、僕の弱点は精々99点までしか届かない所だ。
完璧に限りなく近い、が完璧ではない。
それが僕だ。
「あぁ…まぁ、正直な。入美がいると助かる。」
「なら素直に頼りなよ。一人でできることなんてたかが知れてるんだから。」
思わず顔をそむけた。その優しい笑顔、包み込まれそうになったから。
「凛太郎君?」
「な、なんでもない。」
…危ない。今自分がどんな顔してるかわかんないな…。
気づけば弁当を食べ終わっていたので、片付けた。近づいてくる一人に気付けなかった。
「…あの、秋山君。」
「ん?あぁ、祥子。どうした?」
「今日学級委員二人、職員室に来てほしいと、先生から。」
「…あれか。わかった。放課後か?」
あれ、というのは明日の授業の準備のことだ。うちのクラスには週に一回あるかないかで、生徒だけで授業を回す日がある。教え合うことでよりクラスの平均点をあげようというあの先生の企みだ。実際、やるたびに小テストの平均は向上している。性格もだが教え方も良い先生だ。
「うん。そうなるわ。」
「待てよ、今日学園祭のなんかあったな。放課後。」
「良いよ、私一人で行く。そっち優先して。」
「すまん、入美。じゃあ放課後行こう。」
「えぇ。」
忙しい身だな…。自分でやると言ってしまっている以上、仕方ないことなのだけど。
弁当を鞄にしまう、刹那。祥子が入美を見ていた気がして、顔を上げたがすでに自分の席に祥子は戻って行ってしまっていた。…気のせいか。
「…。」
「…入美?」
「ん?」
「いや…なんかぼーっとしてたから。」
「気にしないで。じゃ席戻ろ。」
入美はそう言うが、どうせ隣に移るだけなのに。
そう思ったのだが、弁当を鞄に入れてどこかへ行ってしまった。なんなんだ…?
「…まぁ、良いか。」
後で聞くのも変だ。忘れよう。
…家帰ったら、お母さんに弁当作る機会増やしてって言おうかな。
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