世界の中心は僕じゃない

コトワリ

第1話 LEDに照らされて

 はっきり言おう。僕は優等生かつイケメンである。


 これはもう仕方ない。認めない方が謙遜だと嫌われる。はたから見れば傲慢に見える僕、秋山凛太郎は都会とも言えぬ、かといって田舎とも言えぬ微妙な地域に生まれた。田んぼと住宅街がまばらに広がっている高校で何か目指したい人も職業もなく、目の前に出された課題を淡々とこなす日々。時たま『あれこれってこうしたらもっと上手くいけるのでは?』なんて思ったことをそのまま行動に移していればいつしか僕のことを神童なんて冗談めいて呼ぶ大人も少なくなかった。

 そんな僕も時が経てば小学生、中学生と大人への階段を昇っていくもので。

 つい半年前、僕は高校生になった。何か別の場所に行けば苦難やら想像したこともない楽しいことが待っているかと期待したが、神様はどうやら僕にイージーモード以外を選ばせてはくれないらしい。


「ふわぁああ…昨日はもっと早く寝ればよかったかな…。」


 ここ最近の出来事を思い出しつつ、教室を眺める。凛太郎の億劫さとは裏腹に窓からは夏の終わりの強い光が差し込んでいる。教室にはまだ綺麗なままの黒板があった。少し汗ばむ温度に身を置いて席に座っていると…。


「あ!凛太郎!夏休み前から変わらず早いね。」

「よ、おはよう凛太郎。眠そうだな。」

「おはよ、カズ、トモヒサ。久しぶりだな。」

「んだよ、夏休み何回か会っただろ!」

「バーベキューは楽しかったね~。」


 だらだらと過ごしていたら気づけば春は終わって夏にも置いて行かれた。夏休みが終わった初日の憂鬱な毎日が始まろうとしている。すでに理解しきった授業を寝ずに見ろという地獄よりかは家でごろごろと本を読んでいたほうがまだマシである。

 だが僕は優等生でイケメン。もちろんすべての夏休みを読書に費やしたわけではなく、友達との約束も必ず乗っかるようにしている。

 だって、友達と話す方が本を読むよりマシだから。満足は得られないが。


「今日からまた学校か…だりぃな。」

「カズはどうせ課題終わってないんじゃないか?」

「なんでわかんだよ凛太郎…。てことは、もちろんこの後俺が言うセリフもわかるよな?」

「終わった課題見せてください、だろ。ほらよ。」

「ありがとう凛太郎様お釈迦様!!」

「神様に並ぶレベルで凛太郎はすごいからね。俺も見せてもらっていい?」

「なんだトモヒサ。お前は別にやり忘れたなんてことないだろ?」

「答え配られなかったから不安なんだよ。凛太郎の課題はもはや答えの冊子と同等だからね。」

「買いかぶりすぎだぞ…。」


 と、言っておくものの正直マジで僕にできないことはない。運動も部活のキャプテンやらエース級にまでは届かないが体力テストではいつだってA判定。テストも全教科100点は流石に難しいが過去二回あった試験で学年一位を両方取れている。

 うちの学校のレベルは上の下くらい。何とも言えない。


「いやいや、俺は誇らしいですぜ。凛太郎様。」

「変なしゃべり方。…何がだよ。」

「成績優秀、運動神経抜群!さらに加えて超絶イケメン。中学の頃も何人の美女たちと付き合っていたことやら。そんなやつが友人で俺はうれし泣きだぜ。」

「果たしてその友人の課題を全力で移しながら、様まで敬称をつける相手を友と呼ぶのかな。凛太郎。」

「全くだ。それに何人もじゃないからな。二人だけだぞ。」

「俺なんか0ぞ?死ぬか?容赦なく今なら吹っ飛ばせそうだ。」

「本当に友達と見ていいか不安になって来た。」


 こうして友人と話している間は将来のことも、間近に迫っている面倒な課題も忘れられる。カズもトモヒサも、僕の事をかなり買いかぶってくれるが、二人がいなければ何もやる気は起きないだろう。人生が嫌になる。

 そうして朝の会話を膨らませていると、教室の扉が開き先生が入ってきた。


「おはようございます。席についてください。」

「やば、じゃあな凛太郎。また。」

「課題は借りてくぜ!」

「おう。早めに返せよ。」


 先生がそう言い終わる前に、すでに立っておしゃべりしていたやつらは自分の席に戻って行っていた。変に騒ぐ不良とかが居なくて助かる。

 ちなみに喧嘩もできなくはない。中学の頃はクラスの素行があまり良くなく、トモヒサがいちゃもんを付けられ校舎裏に呼び出されるなんて言うこてこてな不良がいたのだが、僕は先回りして全員殴り倒した。トモヒサとはその時から仲良くなったんだ。

 正義感を振りまくのは嫌いだったが、トモヒサが良い奴で、困っているということを知ったからには仕方なかったのだ。


「夏休みはどうでしたか。…まぁ顔を見ればどれだけ充実していたかはわかりますね。それでは最初の時間は色々とやることがありますので巻きで行きますよ。学級委員、挨拶を。」

「はい。起立!」


 ハキハキと聞き取りやすい声を上げたのは葉島祥子。このクラスの学級委員だ。

 そして同中の女子。そこまで親しくはない。


「はいお願いします。それじゃあ申し訳ないがもう一回学級委員。二人とも出てきてくれ。色々配る紙が合ってな…。」

「はい、わかりました。」


 もちろん立ち上がったのは学級委員である祥子。そしてもう一人は…


「葉島。僕が廊下側から回すから、祥子はあっちから。」

「わかったわ。」


 僕である。当然でしょう。

 自分から立候補して学級委員になったのだ。

 そもそもしなくても、指名で僕になっていたことであろう。


「二人が配ってくれている間に色々説明するが、高校生は夏休み明けからが辛くなるぞ。勉強のレベルも上がるし、当たり前をしっかりやって行かねばうちの高校の模範にもならん。三年の、上だけが素行良くしているだけではだめだ。下が良くなければつられて上も悪くなって行ってしまう。日々自分を振り返りながら過ごすように。」


 お堅い夏休み明けの説明。僕はわかりきっていることながら、もう一度今の話を頭の中に保存した。当たり前の事なんて何回聞いても良いんだから。人間は慣れてしまうとダメになる。

 さて、ここでだがうちの先生。かなり生徒からの評判がいい。何故かというと…


「…って、校長に言えって言われたがそこまで気にしなくていい。自分ができる範囲内で良いからな。無理にストレスをため込まれて家に引きこもられても困る。どうせ先生の話なんて真面目に聞いてるやつは少ないだろうが、これだけは覚えててくれ。とりま、冬休みまで全力!後の事は年越し後の自分の放り投げ。これでいいから。うん。」

「ふっ、良いんですかそんな後先考えなくて。」

「良いんだよ。先生だってお前らくらいの時、そんな『誰かの模範になるぞ!』みたいな高貴な気持ちなかったもん。気楽に楽しめ、学生をな。そろっと学園祭もあるし。」


 と、めちゃくちゃフランクな先生なのである。ただし、怒るときはちゃんと怒る。怒鳴りつけるのではなく、悟らせるように。現状生涯最高の先生だと思ってる。


「先生、配り終わりました。」

「ありがとう葉島、秋山。すまんが席に戻らずもう一個仕切って欲しいことがある。」

「なんでしょう?」

「席替えだ。夏休み前にやるって言ったろ。年に四回くらいはやらなきゃな。ちょっと環境の変化が良い刺激になる。てことで席替えの方法とか全部任せるから。そうだな…15分くらいで決めてくれ。」

「わかりました。…あ、秋山君。どうしようか。」

「そうだな。先生、くじ引きってどこありますか。」

「教壇の下。」

「今回もこれで良いだろ。みんな良いか?」


 返事はなくともほぼ全員が頷いてくれた。これが一番手っ取り早いし、いざこざも起きない。


「んじゃあ葉島。仕切っててくれ。僕が黒板に座席表と適当に番号書いておくから。」

「うん、ありがとう。」


 こういうチョークを使う時は大体僕がやるようにしている。よごれちゃいけないからな。

 その後、みんなスムーズに動いてくれて。10分経たずに大体の座席表が出来上がった。


「秋山君。私たちの分。」

「そうだった。引いてなかった。」


 葉島は両手に二つのくじを置いている。誰が隣になってもやることは変わらないので、特に考えず僕は片方を取った。

 やること、というのはうちのクラスは必ず男女で隣になる。なので、勘違いさせないように最低限接すること。イケメンは辛いってやつだ。


「それじゃあ黒板確認しながら移動してください。」


 そう言ってから、僕も元々の席へ行き、荷物を持って先ほど引いたくじ引きを確認。

 窓側の最後尾。…これはあれか。主人公席ってやつだな。中学の頃親友だったやつに教えてもらったことがある。アイツは別の高校に行ってしまったが。


「よっ…と。」


 目は悪くないし、問題ないな。席に座り、まだ周りの席替えが終わらず騒がしいのを確認する。

 ふと気になって、ちらりと隣を見た。するとすでに移動が終わり席に着いていた隣の女子と丁度目が合ってしまった。


「あ…。よろしくね。えーっと…リンタロウ君…だよね。」

「そうだけど。なんで名前…?」


 こんなことを言うとあれだが、僕の事を名前で呼ぶ女子は珍しい。理由はわからなくはないが…言わない。自意識過剰にはなりたくないので。

 疑問をぶつけてみると、面白い返答が返って来た。


「ご、ごめんごめん。私あんまりクラスの人の名前覚えてなくて…。友達が良く読んでるでしょ、君の名前。それでしか覚えてない…。」


 思わず笑ってしまった。


「ふっ、ははは!」

「え、えぇ?私何か変な事言ったかな…。」

「もう半年たつのにまだ覚えてないのか、って思ってさ。」

「むぅ…仕方ないじゃん。社交的じゃないの、私は。」


 そこまで言って、僕は思わず固まってしまった。あることに気付いたから。


「…ん?どうしたの?」

「……君の名前しらん。」


 そういうと、その子は目を丸くしてから無邪気に笑った。


「あはは!なに、キミも知らないんじゃん。ふっ…ふふっ…ははは。」

「笑いすぎでしょ…。」

「お互い様。…それじゃあまぁ自己紹介。私は春道入美はるみちいるみ。よろしくね。」

「僕は秋山凛太郎。春道さん、よろしく。」

「わかった、凛太郎君ね。覚えておく。」


 名前で呼ぶのは変わらずなのか…。一瞬、苗字で読んでほしいと頼もうとして、やめた。わざわざ訂正させる方が変だし、何より…。

 何故か、名前で呼んでほしかった。


「私の事も名前で呼んでいいから。堅苦しいでしょ。」

「あ、あぁ。じゃあ、入美。」

「ん。いいお隣さんで良かった!」


 入美の笑顔は、可愛くて。眩しいはずなのに目を離せなかった。

 …そっか。わかった。

 久しぶり過ぎて忘れてたんだ。でもまだ確信は持たなくていい。

 気のせいかもしれないから。


「おし、大体全員移動し終わったな?くじ引きは…おぉ、もう戻ってる。流石だ。で、この後は普通に授業なんだが……おっと。忘れる所だった。もう一個決めることあるんだった。学園祭が近いって言ったろ。んでその実行委員みたいなのがあるんだが、クラスで男女二人代表を決めなきゃなんだ。…どうする?普通に学級委員でいいか?」


 誰も異論が出なかった。僕もそれでいい気がする。祥子とならどれだけ関わっても、周りから特に問題もないしな。アイツ、女子組の中心人物だし。


「よし、そんじゃあすまんが葉島と秋山。忙しいだろうが任せ……ん?まて葉島。お前なんかもう一個仕事なかったか?」

「…あ、そういえば学園祭でやる学年ごとの劇の一年生リーダーになってます。」

「そうだそうだ。先輩からの名ざしだったよな。流石だ。」


 …確か上に姉がいるんだったか、祥子の。


「ってもこれじゃ流石にオーバーワークだよな。劇の方に周ってちゃクラス行事の方中々来れないだろうし。秋山一人に任せちゃなぁ。」

「僕は問題ないですけどね。」

「俺があとで色々言われそうで嫌だ。うーん、実行委員女子の方別のやつに任せるか。葉島もそっちの方が集中できるだろ?」

「え……。は、はい。…まぁ…。」


 …どうやら祥子は納得いってない様子。どんどんと声が小さくなっていくのがわかった。仕事まみれになるより良いと思うんだけどな。


「んじゃあ…どうすっか。…あ、春道。どうだ。やってみないか?」

「え、な、なんで私なんですか。」

「いやなんか秋山の隣だったから。正直実行委員なんて誰でもいいしな。クラスまとめてくれれば問題ないし。それ秋山ができるし。」


 先生も先生で僕の評価たまにおかしい。なんでもできるけど、完璧にこなせるわけじゃないんですからね。


「私で良ければそれじゃあ…やります。」

「ありがとう。じゃあ実行委員は春道と秋山で。お、時間ぴったり。じゃあ最初のホームルームは終わりだ。15分後いつも通り授業始まるから準備しろよ。じゃあ秋山、号令。」

「はい。起立。礼。」

「「ありがとうございました」」

「はい。んじゃ頑張れよ~。」


 席に着き、授業の準備中。

 ふと、気づけばペアが入美になって嬉しくなっている自分がいることに気づいた。

 我ながら単純なやつだ。


「強引にだったけど、なんか実行委員になっちゃった。」

「嫌なら嫌だって言えば良かったのに。」

「嫌ではないよ。一回やってみたかったから。こういうの。」


 なるほど、確かにうきうきしてる。


「…入美ってわかりやすい?」


 そう、気づいたことを言ってみると入美は少し顔を赤くして。


「…やっぱり…?よく言われるんだ。あーあ…。」

「わかりにくいより良いと思うけどな。」

「そう?でもやっぱ恥ずかしいよ…。」

「困ってたらすぐ気づけるじゃん。」

「ふふっ…かっこいいね。凛太郎君。まぁとりあえずよろしく。お隣さんとして、実行委員の相方として。」


 躊躇なく差し出されたグーの形の手に対し、僕もグーを突きつけた。握手とかじゃないのがなんか入美らしかった。

 表情は崩さず僕は応える。イケメンで優等生な僕は、ポーカーフェイスだってお手の物なのだ。


 …心臓は、爆発寸前だったけど。















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