第3話 寸分の狂いもないタイミング
今日は学園祭前日の準備日。授業はすべて休み。朝から夜中の21時まで準備をできるという学校大好きな人間であればはしゃぎ倒す日。
「秋山ー、セロハンテープどこだ?」
「ここだ。今渡す。」
「秋山君ちょっと手伝って!あそこ支えてて!」
「今行くよ。」
「凛太郎!当日のシフト変更したいんだが。」
「それは日程管理のえーと…詩方さんに言ってくれ。」
「あ、もう大丈夫。離れてくれていいよ。」
「わかった…ふぅ。」
僕は年に何回かある一番疲れる日だ。加えて別に学校大好き人間ではないため、かなり苦労をしている。ただこうして何かをみんなで準備するのは好きだし、頼られるのはもっと好きだ。これが僕の性格。
「凛太郎君。」
「入美か、どうした?」
「さっき廊下で先生が呼んでたよ。なんか学園祭代表のスピーチやらないかとかで。」
「スピーチ?んなもん上級生がやるんじゃないのかよ…。」
「良いじゃねぇか凛太郎!俺、お前のスピーチ聞きたい病だ。」
「なんじゃそら。」
「凛太郎。カズの言ってることはよくわかんないけど、俺もやっていいと思う。忙しいならとことん、でしょ。」
「あぁ…だな。」
期待には応えるべき。
「それが僕だ。行ってくるよ、トモヒサ。」
「頑張って。」
「じゃあ入美、ここ任せていいか。」
「もちろん。何かあったら呼んでね。」
「それ僕のセリフ。みんな、任せたぞ。」
そう言い残すと、クラスのみんなも送ってくれた。僕がいた方が準備はすぐに進むが、みんな僕がいなくても滞りなく進められる良い奴らだ。問題ないだろう。
廊下に出ると、先生が待っていた。
「よお、すまんな準備中に。」
「いえ、大丈夫です。それでスピーチでしたっけ。開会の。」
「おう、そうなんだよ。生徒会長が秋山にやってもらいたいって。」
「そういうのは生徒会長がやるんじゃないんですか…?」
「なんかやけにお前のこと高く評価していたぞ。生徒会長。毎年同じでもつまらないし、今年は秋山に任せたいって。」
確かに学級委員の集まりやら、学園祭の代表集まりとかで面識はある。何回か話もした。とは言えなんという過大評価…。スピーチ経験がないわけじゃないけど、なんだか先輩方に代わって一年の自分がやるというのが忍びなさすぎる。
ただ生徒代表の生徒会長がやって欲しいというのならば、断る方が悪いだろう。
「そこまで言われてるならじゃあ…やります。明日までか…原稿間に合うかな。」
「いきなり任せるのもあれだからって、生徒会長が去年の開会のスピーチの原稿化してくれたぞ。閉会は会長がやるらしい。」
「すげぇ助かります。あとで会長に挨拶しとかなきゃ。」
これならなんとかなりそうだ。
「おし、今は…11時45分か。昼休憩終わりにまた代表の集まりあるのはわかるか?」
「はい、覚えてます。」
「なら言うことないな。にしても助かる。お前と春道のおかげで学園祭、先生がほとんどすることなくて良いぜ。」
「教師なのに…。」
「なはは。それだけお前ら二人の相性が抜群なんだよ。春道は男女誰とでも仲が良いが中々やる気にならん。謙遜の塊だ。そこに積極的な秋山が重なって丁度いい具合にクラスが活き活きしている。こりゃ学級委員も二人に任せた方が良かったか?なんてな、じゃあ頑張れよ。」
「はい。」
…一瞬僕もそう思ってしまった。でも違うよな、アイツだって頑張って…。
「…秋山君。」
「お、おう。どした祥子。」
思い浮かべていた人物が現れたので一瞬しどろもどろになりかけたかすぐに立ち直した。
祥子は話しかけてきたのに、だんまりを続けた。どうかしたのか?
こっちから話を振ってみることにした。
「…劇の方どうだ。調子。」
「え。あ、あぁ。問題ないわ。私は一年代表だけど、先輩が優しくてあまり代表らしいことできてないかも。」
「はは、わかるな。こっちも先輩がめちゃくちゃ手伝ってくれんだよ。そのうえ入美にまで助けられちゃってるから、僕も代表らしいとは言えないな。」
「そう…なんだ。…お互い、学級委員としてダメダメね。」
「これから頑張って行けばいいのさ。何も一年で全部決まるわけじゃない。お互い、頑張ろうぜ。」
祥子が僕を呼んだ理由はわからない。が、時間も有限ではないので横を通り過ぎ、教室に戻ることにした。そのまま祥子の肩に手を乗せそうになって、寸でのところで止められた。
…危なかった。最近、近くにそういうやつがいるせいでこれが普通に思えてきている。
「ね、ねぇ秋山君。」
「ん?」
「おばけやしき、シフトお互い空いてたら私と…
「ちょ、ちょっと!凛太郎君!すぐ来て!やばい!」
教室から慌てた様子の入美が飛び出してきて、僕はすぐに教室に戻った。
僕は中の状態を見て、絶句してしまった。
お化け屋敷の雰囲気出すため、段ボールに色を塗っていたのだがその段ボールが床についてしまっていた。…まだ乾ききっていなかったはず。
僕は恐る恐る段ボールを持ち上げると、想定内の最悪の事態が起きていた。
「うわぁ…どうする、これ。」
床にはペンキがびっちゃりとついてしまい、段ボールの絵もぐちゃぐちゃになってしまっていた。
慌てる必要はないな。この程度なら全然元に戻せる。
「よし、トモヒサ、カズ。掃除できるもの持ってきてくれ。」
「もうあるぜ!隣のクラスから余分にな!」
「流石だ。そのまま掃除頼むぜ。他のやつもお願いだ。…で、絵塗ってた…リエとチヒロ。」
「は、はい!」
「もう午前は時間ないし午後に作り直そう。それまでに大きめのビニール持ってくるよ。そしたら倒れてももう問題ないだろ。乾かし中は僕が見ておく。…いや塗るところから僕も手伝うか。」
「ご、ごめん…。私たち、喋ってて手離しちゃって…。」
「いいさ。むしろ黙ってやってる方がつまらなそうであれだろ。それにまだまだ時間はあるしな。あ、他のみんなは自分の作業戻っても良いぜ。キリよかったらお昼行っても良いしな。」
「んな水臭いこと言うなよ。俺達も掃除手伝う。」
「おう!掃除終わってから昼飯だ!」
僕がすぐに動いたからか、周りも自分の作業に移ったり、掃除を手伝い始めてくれた。やっぱりいいクラスだな。
「カズ、僕にも雑巾。」
「はいよ、雑巾一丁!」
「はは、ラーメン屋かよ。…昼食ったらすぐに塗りに入るか。リエ、チヒロ。お昼食べ終わったら連絡してくれ。僕も手伝う。」
「あ、ありがとう。…ごめんなさ
言い切らせる前に人差し指を立てて止めた。
「あーあー聞こえん。ミスは誰にでもある。ちゃんと何かした人間にしかミスは起きないんだから。ありがとうだけ受け取っとく。」
「う、うん!」
前日に何も問題起きないわけないしな。
「で、でも秋山君。」
「なんだ、祥子。」
「午前終わりにあるんじゃないの、集まり。」
「…そうだった。」
「良いよ、私一人で行くから。」
いつも通り、とでも言うように入美は横からそう言ってくれた。…待て、最近なんか入美一人に行かせすぎな気がする。
「いや、僕も行く。そんな時間かからないだろ。リエたち、ちょっと遅れるわ。」
「わかった、先進めとくね。」
これ以上入美に苦労させちゃダメだ。二人の方が良い。
「…なら、私が行こうか。補佐として。」
「祥子?良いのか?劇の方。」
「うん、問題ないわ。お昼には何もないから。…良いかしら。」
「助かる。ありがとう祥子ちゃん。」
助かった、任せよう。絵を終わらせて次の作業に移りたいと言えば移りたかったんだ。
・・・
そうしてお昼ご飯も食べ終わり、僕らのクラスの作業はアレ以降何も問題なく進んだ。絵も作り直せたし、さらなる作業も順調に終わっていった。
時刻はすでに20時。普段なら家に帰っているはずの時間。
クラス自体の準備は19時前に終わっており、その時点で帰っていくクラスメイトは多かった。前日でもちゃっかり部活がある部はあるらしく、そっちに行くやつも少なくはない。
で、集まりも終わり部活もない僕。準備の終わった教室に一人残っていた。
丁度良く、僕の席のあたりはどかす必要がなかった。不幸中の幸い…はちょっと違うかもな。
「ふぅ…スピーチ意外と長いのな…。」
借りた原稿はほどほどに長かった。これ全部読んだわけじゃないのだろうが、早く話しきってしまって時間が余ってもあれだ。同じくらい書くことにした。
そのため、教室に戻っていた。…のも理由の一つ。
考えないようにしていた理由が、もう一つあった。
ちらりと、隣を見ると入美の鞄があったのだ。まだ帰ってなかったようだ。
…外はすでに暗い。女の子一人帰らせるわけにはいかない。
いや待て、ダメだダメだ。集中しろ。入美は関係ない。まずはこの学園祭を無事終わらせる方が優先だ!
「断じて、待っているわけではなっ
「誰を待ってるの?凛太郎君。」
「おわぁっ!?」
「驚きすぎでしょ…。あ、スピーチ。長いんだねぇ。」
足音どこに置いてきたんだコイツは…。
「お、遅かったな。」
「長引いてね。色々と。」
…実行委員の集まりはとっくに終わったはずだが。何か他に用事があったのだろう。入美は鞄を持ってそのまま帰るのだろう、そう予想したのだが…
「よいしょっ…と。」
「…帰らないのか?」
入美はあの時のお昼ご飯のように、僕の前の席に座った。
「ん?君一人おいて帰れないよ。」
「それどっちかと言えば僕のセリフ…。」
「はは、そうかもね。」
入美は以降何も言わず、スマホをいじるわけでもなく。両腕を机の上に組み、その上に自身の頭を乗せた。スピーチの原稿用紙に置かれた僕のシャーペンを眺めだす。
…何かあったのか?
敢えて聞かず、そのシャーペンを手に取ってみる。入美の目線は動かなかった。
それから、何分間だろう。わからないがただただ教室にカリカリとシャーペンが細かく動く音が響いた。外はもう真っ暗で、教室の蛍光灯が負けじと照らしていた。
言う気はなかった。思わずだった。
だけどタイミングが、完璧だったから。
「入美。僕と学園祭周らないか。」
「え、いや…。」
「嫌なら良い。無理にとは言わない。」
…迷いを見せられたせいで、僕はすでに負けた気がした。
それでも認めない。
長い沈黙は、シャーペンの音をかき消した。
「………行く。一緒に周ろ。」
「良いのか?」
高鳴る心を必死に押さえつける。
「うん。じゃあ明日、シフト被ってないところあったよね。連絡して。」
「わ、わかった。」
入美が結局、何を言いたかったのか。どういう心境だったのか。
イケメンで優等生でも、わからないことは、わからない。
なんでもできるが、君の心だけはわからなかった。
入美が鞄を取り、教室から出ていくのを見てから…長い溜息をつく。
「はぁあああ………。なんだこの、告ったわけでもないのに…。」
告白したわけでもないのに、僕は何か一歩進めたような気がしていて。
思い違いだったらそのまま転げ落ちそうな勢いだった。
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