第2話:早見さんの前で正座をしていく
「えぇっと……そ、その……弁解を……」
「名瀬君、誰が喋って良いって言ったの?」
「いえ……すいません……」
俺は給水タンクを背にしながら正座をしていた。そして目の前には早見さんが腕を組みながら仁王立ちしていた。あの温厚で優しい早見さんがメチャクチャキレてるのを初めて見たので、内心かなりビビっていた。
ちなみに俺が早見さん達の事を知っていたように、早見さんも俺の事を知っている。何故なら俺も彼女達と同じクラスの生徒だからだ。
「……たら……」
「え? な、何だって?」
「誰かにバラしたら殺す……」
「そ、そんなことしねぇって!」
流石に冗談だと思いたいんだけど、早見さんの目は完全に笑ってなかった。これは絶対に殺る目つきだと思ってしまった。
「ふふ、そんなの……簡単には信用できないよね」
「そ、そんな!? じゃ、じゃあどうすればいいんだよ?」
「もう手っ取り早くさ……痛みを味合わせるとかどうかな? 指一本くらい折ってさ。それでもし誰かに喋ったら……残りの指も全部折るとか……どう?」
「それ発想が完全にヤクザじゃねぇか!!」
華麗なヤクザキックを放ってきたのは伊達じゃなかったようだ。いやそんな上手い事言ってる場合じゃない。
「い、いやいやいや! 勘弁してくれって! た、確かに俺がしてた盗み聞きは悪い行為ではあるけどさ……で、でも落ち度はそっちにもあるだろ! 屋上に誰か人がいないかちゃんと確認しなかった早見さんにも落ち度はあるはずだよな?」
「ま、まぁ……それはそうだけど」
俺がそう言うと早見さんは少しだけたじろいでくれた。あ、良かった……ちゃんと対話には応じてくれるようで助かった。
「だ、だろ? それじゃあ今回はお互いに落ち度があったという事でさ、今日の所はお互いに何も見なかったという事に……」
「……(ギロッ)」
「……には出来ないよな……」
早見さんは怖い目つきでこちらを見てきた。いやまぁ……流石にこのままお互い何も見なかった事にするってのは無理があるよな。
という事で俺はそれからも何とかして早見さんに手打ちにして貰える方法が無いかを全力で考えた。
「……あっ、わ、わかった。じゃあさ、口止め料ってわけじゃないけど、今度1度だけ早見さんが俺に飯を奢るってのはどうだ?」
「ご飯を奢る?」
「そ、そうそう。学食でもファミレスでもハンバーガー屋でも何でも良いから飯を奢ってくれたら、そのお礼として今日の事は絶対に誰にも言わないって誓うよ。流石に俺は人に貰った恩を仇で返すような酷いマネは絶対にしないからさ……だ、だからこれでどうか納得して貰えませんか?」
俺は深々と土下座をしながら早見さんにそんな提案をしていった。いやなんで口止めのお願いをされてる立場の俺が、こんな下手に出なければいけないのかよくわからないけど……。
「……なるほど。うん、わかったわ、じゃあそれで。名瀬君にご飯を1回奢るからそれで今日の事は口止めして貰うって事でお願いするわ」
「あ、あぁ。うん、ありがとう」
早見さんは俺の提案に同意してくれた。あぁ良かった。これで何とか俺の指が折られずに済んだよ……。
「よ、よし。無事に手打ちの提案も決まった事だし、それじゃあ詳しい話はまた後日ということで……」
「ん? ちょっと待ってよ、どこに行こうとしてるのよ?」
「え? いや教室に帰ろうかと思ったんだけど……?」
もうこんな空間に居てられるかと思った俺は屋上から出るために急いで立ち上がった。色々とあったせいで眠気なんてずっと前にぶっ飛んだしな。
すると早見さんは屋上から出ようと立ち上がった俺の事をじっと凝視し始めてきた。そして早見さんは俺の事を凝視したまま続けてこんな事を言ってきた。
「はぁ? いや何を言ってるのよ? まだ昼休みは残ってるんだから、もう少し屋上でゆっくりしていきなさいよ? 私と楽しくお話していきましょうよ?」
「え゛っ゛!?」
それは普通に恐ろしい提案だった。おかげで俺はまた早見さんに対してあまりにも失礼な態度をとってしまった……。
「何その態度は?」
「……すいませんでした」
立ち上がったままだった俺は、早見さんにそう謝りながらまた正座を組みなおしていった。やっぱり今日の早見さんめっちゃ怖いんだけど! いつもの優しくて朗らかな早見さんはどこに行っちゃったんだよ……?
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