第3話
外に出ると、空は沈黙の底に横たわるように灰色で、東の山の端にわずかな紅が縫い込まれていた。大学の門を出て、丸太町通を渡る。交差点のあたりには、工事中のフェンスが組まれ、白い布が風にあおられカタカタと鳴っていた。その音が背後にまわりこみ首筋に入り込んできて、創は襟を引き上げるようにして肩をすくめた。
三条のアーケードをくぐり、寺町通を少し南へ下ると、路地裏に小体な店があった。照明は控えめで、吊るされた電球が黄味を帯びて、ひとつの泡のように光を抱えていた。看板のロゴは洒落ているが、その下に描かれた葡萄の葉が少し色褪せている。
扉を押すと、白いタイルの壁に革張りの椅子が並んでいた。奥の窓際の席に、ひかりはすでにいた。スマートフォンを机の端に置いたまま、窓の外を見ている。何を見ていたかは分からなかったが、彼女は創が近づいても視線を動かさず、手だけを小さく上げた。
創は、彼女の斜め向かいに腰を下ろした。椅子の脚が床を引っ掻く音が妙に響いた。ひかりの頬には昼間の化粧の名残があり、その端が汗でわずかに崩れていたが、それを気にする様子もなかった。
「おつかれ」と彼女が言った。声は思ったより低く、曇っていた。創は応じながら、机の木目のひとつを指でなぞった。
店内は静かで、奥のスピーカーから低くジャズが流れていたが、それよりもグラスを置く音や、氷のぶつかるかすかな音のほうが、よく響いた。創は水をひと口飲んだあと、少し呼吸を深くしてから顔をあげた。
「今日さ、思ったんだけど……俺の声って、ちゃんと届いてるのかな」
ひかりはグラスの水面を見つめていたが、そのまま頷いた。
「あたしもそれ、よく思う。舞台で話してるとさ、自分の声が天井で跳ね返ってくる気がするの。客席まで届かないで、途中でどこかに落ちていく感じ」
創は少し笑って、片肘をつきながら視線を外した。窓の外、通りを歩く観光客の影がのびて、石畳の隙間にすべりこんでいった。
「ここって、なんだか妙に落ち着くよね」と彼女が言った。
「ちゃんと演じてるからかも、みんな」
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