「虫のいい話ですが、俺のこと助けてください」


 修介の問いかけに――


「……ああ」


 目を閉じて、頷いた。

 脳裏には、今は亡き友の記憶が浮かぶ。思えば、剣呑けんのんな出会いだった。昭和初期の場末の居酒屋。喧嘩に巻き込まれた――いや、首を突っ込んだ修平がそのきっかけ。無謀にも数人の荒くれ者に啖呵を切る姿を、放っておけなかった。

 それが、ただのいざこざなら放っていたかもしれない。だが、修平は明らかに絡まれていた若者を庇っていた。その義侠心ぎきょうしんに、気まぐれが動いた。


 妖怪としての正体を隠すこともなく、夜の闇を濃縮したつぶてで男たちをのした。若者は礼を言うでもなく、その光景に腰を抜かして転ぶように逃げて行った。恩知らずと言えばそうだが、当時の宵崎は気にもしない。

 ヒトとあやかし――そのようなものだと冷めていた。

 だが――


『あんた、すげえなあ』 


 当時まだ少年を超えたばかりの修平は、まっすぐな瞳で自分を見てくれた。孫の修介も同じであってほしいとは――虫のいい話だろう。



「……ん、そうですか」


 少し待ってからの、修介の声はとても穏やかだった。


「いや――まあ、おかしいなとは思ってたんですよ」


 小さく笑う。その表情には、暗い色は微塵もない。何かに納得したような、そんな空気も感じられた。


「だって、爺ちゃんの友人でしょ? 仮に爺ちゃんが生きていたら、とっくに百歳は超えてる。そう思うと、宵崎さんは若すぎますからね」


 老人の姿とは言え、宵崎の外見年齢はせいぜい七十手前。年齢差が半世紀近くの友人関係もないとは言い切れないが――多少の違和感はあるだろう。


「まあ、自分と宵崎さんも相当離れてますけどね」


 実年齢だとしたら、相当なものだ。この場合は、あくまで見た目の年齢だろうか。


「他にも何となくですが、宵崎さんは只者じゃないと思ってました。なので、妙に納得した気分ですよ」


 その言葉は、本心からに違いない。表情にも、声の色にもゆらぎはない。

 宵崎は年甲斐――もなく、安堵した。そんな自分を思い知り、苦笑する。


 ――やはり、修介という人間の友人を失いたくはなかったのだ。正体を黙っていたままの、肩の荷も下りた。

 とりあえず、この問題についてはひと段落。


 さて、それでは――


「それじゃあ、改めてお願いします」


 修介は頭を下げた。その態度には、素直に好感が持てる。ロクスケも同じ感情をもったようだ。


「虫のいい話ですが、俺のこと助けてください」



 ここからは、事件解決に向けての流れとなる。


 これまで姿を見せなかった面々も顔を出す。皆で集まって、作戦会議。


 異形なる右の瞳を前髪で隠した景にはともかく、やはり文香には驚いていたようだ。さすがにノートパソコンから上半身だけを生やしている姿は、人外過ぎる。

 もっとも文香は気を悪くするでもなく、けらけらと笑っていた。


「悪いとは思うが、修介君。この前、君のことはつけさせてもらった」


 数日前の尾行を、宵崎は告白した。


「え?」


 怪訝そうな反応をする。闇スロの区画は、秘密の隠し部屋だ。尾行されていればまず気付く。その疑問について、宵崎は自分の能力を説明した。

 修介の影に入り込み、その現場を確認した。その時に、例の指輪の違和感も感じ取った。


「あれは、つけた者の感情の起伏を増大させる効果がある」


「それで、お客の冷静な判断を削ぐのが目的ね」


 ついで、文香が話し始めた。


「大勝ちさせて、味を示させて――それから負けさせて、元を取らせようとする。そこでお金を借りさせて、暴利を突き付ける」


 多分に憶測も入っているが――おそらく間違いではないだろう。これまでに警察に協力し、人間社会の事件の数々に触れてきた経験則だ。


「全部回収できなくても、あっちはぼろ儲けのはずよ。だって、多分店側とグルだろうからね」


 つまりスロットに浪費した金は、そのまま金貸しの側に戻る。だから借りた金を返した分は、そのまま店の収入になるという構図だ。何て悪質な茶番なのだろうか。

 確かに、店の中に都合よく金貸しがいたのも頷ける。


「え、でも……?」


 話を聞いていて、少しひっかかった。修介はその違和感の正体を考えて――自分の中で形になった。


「それじゃ、まるで店側がスロット台のみたいじゃないですか?」


「できるみたいだよ」


 こともなげに、言織。ついで文香が補足する。


「改造でもしてて、遠隔操作は可能でしょうね。まかり間違ってお客に勝ち続けられたら、損するもの。普通の店と違って、搾り取る客は限られているから」


「それ、犯罪じゃ」


 修介は突っ込んだ。


「犯罪よ」


 文香はあっさりと返した。


 普通に犯罪だ。

 一般の店では絶対にやらない。

 技術的には可能でも、発覚した時のリスクが高すぎるからだ。けれども――元々犯罪者の闇スロ店舗。当然に違法行為に手を染めるだろう。



「……あはは、何だよ。それ」


 肩を落とす修介。要は、全部仕組まれていたのだ。勝たせて、負けさせて、勝てるような印象を与えてまた負けさせて――軍資金のなくなったまさにその時、冷静さを欠いた状態で借金をさせる。何かもが、相手の手のひら。情けなくなって、笑えて来た。

 ――そして、


『もう誰かご友人でも紹介するしかないんじゃないですかね?』


 遠回しだが、あからさまな脅迫。あの強面の金貸しの吐いた――悪魔の言葉。


『もし誰かをこの店に連れてきてくれれば、借金の利子はチャラにさせていただきますよ』


 ようやく、今になって気付いた。

 いや、薄々は気付いていた。

 それでも、まだ信じたくはなかった。

 胃のあたりに、重い不快感を覚える。


「……ちょっと、すいません」


 修介は断りを入れてから、スマートフォンのメッセージアプリを起動した。相手は、大学時代の友人だった蜂谷。突然に再会して、あの店を薦めてきた相手。


『こんにちは』


 メッセージを送る。すぐに反応はない。メッセージを確認したら、『既読』と表示されるが、数分待っても動きはなかった。でも、それだけならば――まだ十分にありえることだ。手が離せないだけかもしれない。自分だって、すぐに相手からのメッセージに反応できないことは、たびたびある。

 まずメッセージを送ったのは、心の準備が出来ていなかったからだ。結果の確認を、少しでも先延ばしにしたかったからだ。

 けれど、もうそんな余裕はないはずだ。

 震えそうになる指で、蜂谷の通話連絡先を押す。それだけで、通話がかけられるのだ


 呼び出し音は、ならなかった。すぐに無機質なメッセージが流れてくる。


『電話をお呼びしましたが、お出になりません』


 もしかしたら、携帯電話のトラブルかもしれない。そんな淡い期待を、修介は持たなかった。

 確定だ。三

 今だけではない。自分が闇スロに初めて訪れた日以降、メッセージアプリには一度も『既読』がつかなかった。もう三週間も経つと言うのに。



 ――自分は、蜂谷ゆうじんに売られたのだ。



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