「爺ちゃんは、貴方の正体を知っていたんですか?」





「なるほどね」


 文香は頷いた。


「それならば、事情が変わってくる」


「感情石って、基本的には里にあるあれでしょ?」


 と、言織。

 迷い家ではなく――人間界より隔絶された場所に、たくさんの妖怪達が住まう場所。そこが、『さと』。そこに存在する石ではあるが、ある意味では妖怪だ。感情袋、いそがし、おつまりといった妖怪に似て――人間の感情を増大させるのだ。


「入店する際に、修介は指輪を渡されたのだ。他の客達も、同じような指輪をつけていた」


「そうだとしたら、うまいやり方ね」


 文香は皮肉交じりに言ったが、本心でもある。賭博の場所で、感情の起伏を倍増させる。冷静な判断力を失わせるのだ。


「その状態で、何度か大勝ちを味合わせて――それから負けさせて、お金が無くなった状態で借金を持ちかける。そんなシナリオかしら」


 大勝ちの記憶があれば、一発逆転を期待するだろう。愚かと言えば愚かだが、そんな心理状態になるのも仕方ない。そこに感情石の後押しがあれば――尚更に。


「とりあえず、平田さんに報告するわ」


 文香は自身が協力している人間の名前を挙げた。

 パソコンの中で通話機能を使用。相手の連絡先に、妖力を飛ばす。


『もしもし』


 すぐに相手は出た。中年らしき男性――平田源一郎の声は、その場の全員に聞こえる。


「今、時間大丈夫かしら?」


『ああ、問題ないよ。何か情報でも入ったのかな?』


「闇スロらしき店の情報」


『ほう』


 文香は状況を説明する。

 源一郎は正確に状況を理解した。色々な意味で、正確に。

 

『では、まずはそちらが客として潜入する』


「ええ、その友人に連絡を取って状況を作るわ」


 流れは、こうだ。

 潜入した文香達が、まずは闇スロの現場を抑える。その上で、何点か確認をしてから――首謀者達を捕縛する。そして、警察への通報。現行犯を逮捕という筋書きだ。


『でもまあ、通報されてもすぐには駆けつけられないだろうな』


 わざとらしく、源一郎は言った。


、その間に犯人達に逃げられると困るな。なあ、文香。犯人達だけは、絶対に逃がさないでくれよ?』


 闇スロの摘発の場合、客については現行犯逮捕が原則だ。賭博は立派な犯罪ではあるが、警察としてもやはり店側を最優先で抑えたい。なので、そのどさくさで客が逃げてしまっていれば――見逃すことになるのだろう。


 そういう茶番だ。

 文香だけではなく、その場の全員が理解した。


「わかったわ、犯人達は絶対に逃がさない」


 文香はにやりと笑う。


「でも、。もしかしたら、全員逃げちゃうかもしれないわねー」


『そうか。まあ、それは仕方ないな。うん、仕方ない』


 白々しい源一郎。


『それで、作戦の決行はいつ頃になりそうだ?』


 前もって段取りを決めていて――それでも三十分はかかる。もちろん突っ込みはしない。


「とりあえず、その友人に連絡を取ってみるわ」



       ◇



 次の日、宵崎は修介と会う約束を取り付けた。


 修介は都合が難しいようだったが、少し強引に。

 今度の場所は、迷い家の客間。いつもの居酒屋では周囲の目もあったからだ。

 この場には今、ふたりの姿しかない。


「……は、話って何ですか?」


 物々しい雰囲気に、修介は困惑している。例の取り立ての期限が迫っていることも、その要因に違いない。



『大事な話がある』


 それが、宵崎からの要件だったのだ。


「単刀直入に言う。おぬし――闇スロとやらに通っているな」


「!」


 さっと青ざめる修介。思わず腰が浮きかけるのを、宵崎は静かに制した。


「悪いが、裏は取れている。誤魔化しは効かない。警察の関係者が、身内にいてな」


「……あ」


 観念したように、修介はその場にへたりこんでしまった。まるで犯罪でも発覚したかのように――ある意味、それは事実で――、小さく震え始める。


「お、俺……捕まるんですかね」


「その心配はない」


 宵崎は安心させるように、笑って見せる。


「あちら側の手口が悪質だからな。あくまで――捜査協力を求めたいとのことだ」


「……で、でも」


 修介は反論した。


「俺は、自分の意志でやっていましたよ? そんな都合のいいことは」


「――本当に、そうだと言い切れるか?」


 重みのある宵崎の問いかけ。修介は、口をつぐんだ。


「指輪をはめさせられただろう。そのあとで、違和感を感じなかったか?」


「…………」


 思い返す修介。特に思い当たることはなかったが――


「普段より、精神状態が不安定になりはしなかったか?」


「あ」


 そう言われてみれば、心当たりがある。大勝ちした時も、負けた時も。普段より明らかに心が揺れ動いていた。てっきり闇スロの射幸性のせいだとばかり思っていたが――勝ちを取り戻そうと、きな臭い金貸しにも応じてしまった。普段の自分なら、そこまで迂闊ではなかったはずだ。


「でも、そんなことが可能なんですか?」


 ただの指輪、と。まだ半信半疑だ。


「人間社会におけるシロモノでなければな」


「人間社会?」


 首を傾げる。修介の怪訝な表情を前にして――宵崎は、心を固めた。


(……そろそろ頃合いか)


 思えば、彼を騙していたようなものだ。宵崎は自分の素性を隠していた。そこに罪悪感がなかったと言えば、嘘になる。だから、もう終わりにしよう。

 結果として、人間の友人を失うことになるかもしれない。目の前の青年が、彼――修平と同じように、自分を受け入れてくれる保障などないのだから。

 少しだけ、ためらいがあった。

 だが、すぐに振り払う。


「あれは、妖怪達の里にあるものだ。人間の感情を増幅させる――感情石と呼ばれるもの」


「……よ、妖怪?」


「ああ」


 困惑する修介に、宵崎は静かに頷いた。妖怪、あやかし、ヒトならざる存在。知識としては知っているだろう。だが、それらが現実に存在しているとは――信じられない。それが、正直な反応であろう。


「この国には、確かに存在している。架空の存在ではなく、ひっそりと息づいているのだ。儂も、そのひとり――」


 自分は、『夜道怪』という妖怪だと告白した。


 元は、夜闇に抱く人々の恐怖から生まれた存在。背後から気配が付いてくる、何かが暗がりにいる、そういった諸々の不安。そのような想念から、自分は生じた。


「……え? え」


 やはり、すぐには信じられないのだろう。微妙な反応を続ける修介に、宵崎は呆れることはなかった。当然の反応だ。ヒトは、未知を恐れる。既知が崩れることを、本能的に忌避する。


「すぐに納得は難しいだろうな。今、儂の仲間を呼ぶとしよう」


 宵崎は振り返り、ふすまの向こうに声をかけた。


「ロクスケ殿」


「おう」


 待っていたのだろう。すぐにふすまを開いて、姿を見せたのは――一匹の茶トラ猫。


「! ……っ?」


 その瞬間は、気のせいだと思った。だが、間違いではない。その猫は、確かにヒトの言葉を話している。表情も人間臭く、誤魔化しのたぐいでないことは理解できた。


「まあ、驚くだろうな。だけど、これは事実だ。妖怪は確かに存在する」


 実は、ロクスケはこういう役回りが多かったりする。

 妖怪を信じられない相手に、その存在を認めさせる。人語を解する猫。迷い家の面々の中では、一番うってつけだろう。

 景の血走った拳大の眼球、文香の上半身浮遊、宵崎の影操作――それらでは、恐怖が勝ってしまいかねない。


「難しいとは思うが、あまり怖がらないでくれ。少なくとも、俺達は人間に友好的だ。そして、今回の事件については警察と協力関係になっている」


 まだ釈然とできていない修介に、ロクスケは説得する。


「何よりも、宵崎はおまえを友人だと思っている。それは信じて欲しい」


「…………」


 改めて、宵崎を見た。

 不安も恐れも、その表情には感じられない。けれども、それは見えないだけだ。宵崎の心の内は穏やかではないだろう。今この瞬間にも、友と思っていた相手に拒絶されるかもしれないのだ。


「ひとつ、訊きたいことがあります」


 口を開く修介。


「うむ」


 了解する宵崎に、修介は――


「爺ちゃんは、貴方の正体を知っていたんですか?」


 そう、訊ねた。


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