「爺ちゃんは、貴方の正体を知っていたんですか?」
「なるほどね」
文香は頷いた。
「それならば、事情が変わってくる」
「感情石って、基本的には里にあるあれでしょ?」
と、言織。
迷い家ではなく――人間界より隔絶された場所に、たくさんの妖怪達が住まう場所。そこが、『
「入店する際に、修介は指輪を渡されたのだ。他の客達も、同じような指輪をつけていた」
「そうだとしたら、うまいやり方ね」
文香は皮肉交じりに言ったが、本心でもある。賭博の場所で、感情の起伏を倍増させる。冷静な判断力を失わせるのだ。
「その状態で、何度か大勝ちを味合わせて――それから負けさせて、お金が無くなった状態で借金を持ちかける。そんなシナリオかしら」
大勝ちの記憶があれば、一発逆転を期待するだろう。愚かと言えば愚かだが、そんな心理状態になるのも仕方ない。そこに感情石の後押しがあれば――尚更に。
「とりあえず、平田さんに報告するわ」
文香は自身が協力している人間の名前を挙げた。
パソコンの中で通話機能を使用。相手の連絡先に、妖力を飛ばす。
『もしもし』
すぐに相手は出た。中年らしき男性――平田源一郎の声は、その場の全員に聞こえる。
「今、時間大丈夫かしら?」
『ああ、問題ないよ。何か情報でも入ったのかな?』
「闇スロらしき店の情報」
『ほう』
文香は状況を説明する。
源一郎は正確に状況を理解した。色々な意味で、正確に。
『では、まずはそちらが客として潜入する』
「ええ、その友人に連絡を取って状況を作るわ」
流れは、こうだ。
潜入した文香達が、まずは闇スロの現場を抑える。その上で、何点か確認をしてから――首謀者達を捕縛する。そして、警察への通報。現行犯を逮捕という筋書きだ。
『でもまあ、通報されてもすぐには駆けつけられないだろうな』
わざとらしく、源一郎は言った。
『三十分はかかるだろうし、その間に犯人達に逃げられると困るな。なあ、文香。犯人達だけは、絶対に逃がさないでくれよ?』
闇スロの摘発の場合、客については現行犯逮捕が原則だ。賭博は立派な犯罪ではあるが、警察としてもやはり店側を最優先で抑えたい。なので、そのどさくさで客が逃げてしまっていれば――見逃すことになるのだろう。
そういう茶番だ。
文香だけではなく、その場の全員が理解した。
「わかったわ、犯人達は絶対に逃がさない」
文香はにやりと笑う。
「でも、お客までは無理かもね。もしかしたら、全員逃げちゃうかもしれないわねー」
『そうか。まあ、それは仕方ないな。うん、仕方ない』
白々しい源一郎。
『それで、作戦の決行はいつ頃になりそうだ?』
前もって段取りを決めていて――それでも三十分はかかる。もちろん突っ込みはしない。
「とりあえず、その友人に連絡を取ってみるわ」
◇
次の日、宵崎は修介と会う約束を取り付けた。
修介は都合が難しいようだったが、少し強引に。
今度の場所は、迷い家の客間。いつもの居酒屋では周囲の目もあったからだ。
この場には今、ふたりの姿しかない。
「……は、話って何ですか?」
物々しい雰囲気に、修介は困惑している。例の取り立ての期限が迫っていることも、その要因に違いない。
『大事な話がある』
それが、宵崎からの要件だったのだ。
「単刀直入に言う。おぬし――闇スロとやらに通っているな」
「!」
さっと青ざめる修介。思わず腰が浮きかけるのを、宵崎は静かに制した。
「悪いが、裏は取れている。誤魔化しは効かない。警察の関係者が、身内にいてな」
「……あ」
観念したように、修介はその場にへたりこんでしまった。まるで犯罪でも発覚したかのように――ある意味、それは事実で――、小さく震え始める。
「お、俺……捕まるんですかね」
「その心配はない」
宵崎は安心させるように、笑って見せる。
「あちら側の手口が悪質だからな。あくまで――捜査協力を求めたいとのことだ」
「……で、でも」
修介は反論した。
「俺は、自分の意志でやっていましたよ? そんな都合のいいことは」
「――本当に、そうだと言い切れるか?」
重みのある宵崎の問いかけ。修介は、口をつぐんだ。
「指輪をはめさせられただろう。そのあとで、違和感を感じなかったか?」
「…………」
思い返す修介。特に思い当たることはなかったが――
「普段より、精神状態が不安定になりはしなかったか?」
「あ」
そう言われてみれば、心当たりがある。大勝ちした時も、負けた時も。普段より明らかに心が揺れ動いていた。てっきり闇スロの射幸性のせいだとばかり思っていたが――勝ちを取り戻そうと、きな臭い金貸しにも応じてしまった。普段の自分なら、そこまで迂闊ではなかったはずだ。
「でも、そんなことが可能なんですか?」
ただの指輪、と。まだ半信半疑だ。
「人間社会におけるシロモノでなければな」
「人間社会?」
首を傾げる。修介の怪訝な表情を前にして――宵崎は、心を固めた。
(……そろそろ頃合いか)
思えば、彼を騙していたようなものだ。宵崎は自分の素性を隠していた。そこに罪悪感がなかったと言えば、嘘になる。だから、もう終わりにしよう。
結果として、人間の友人を失うことになるかもしれない。目の前の青年が、彼――修平と同じように、自分を受け入れてくれる保障などないのだから。
少しだけ、ためらいがあった。
だが、すぐに振り払う。
「あれは、妖怪達の里にあるものだ。人間の感情を増幅させる――感情石と呼ばれるもの」
「……よ、妖怪?」
「ああ」
困惑する修介に、宵崎は静かに頷いた。妖怪、あやかし、ヒトならざる存在。知識としては知っているだろう。だが、それらが現実に存在しているとは――信じられない。それが、正直な反応であろう。
「この国には、確かに存在している。架空の存在ではなく、ひっそりと息づいているのだ。儂も、そのひとり――」
自分は、『夜道怪』という妖怪だと告白した。
元は、夜闇に抱く人々の恐怖から生まれた存在。背後から気配が付いてくる、何かが暗がりにいる、そういった諸々の不安。そのような想念から、自分は生じた。
「……え? え」
やはり、すぐには信じられないのだろう。微妙な反応を続ける修介に、宵崎は呆れることはなかった。当然の反応だ。ヒトは、未知を恐れる。既知が崩れることを、本能的に忌避する。
「すぐに納得は難しいだろうな。今、儂の仲間を呼ぶとしよう」
宵崎は振り返り、ふすまの向こうに声をかけた。
「ロクスケ殿」
「おう」
待っていたのだろう。すぐにふすまを開いて、姿を見せたのは――一匹の茶トラ猫。
「! ……っ?」
その瞬間は、気のせいだと思った。だが、間違いではない。その猫は、確かにヒトの言葉を話している。表情も人間臭く、誤魔化しのたぐいでないことは理解できた。
「まあ、驚くだろうな。だけど、これは事実だ。妖怪は確かに存在する」
実は、ロクスケはこういう役回りが多かったりする。
妖怪を信じられない相手に、その存在を認めさせる。人語を解する猫。迷い家の面々の中では、一番うってつけだろう。
景の血走った拳大の眼球、文香の上半身浮遊、宵崎の影操作――それらでは、恐怖が勝ってしまいかねない。
「難しいとは思うが、あまり怖がらないでくれ。少なくとも、俺達は人間に友好的だ。そして、今回の事件については警察と協力関係になっている」
まだ釈然とできていない修介に、ロクスケは説得する。
「何よりも、宵崎はおまえを友人だと思っている。それは信じて欲しい」
「…………」
改めて、宵崎を見た。
不安も恐れも、その表情には感じられない。けれども、それは見えないだけだ。宵崎の心の内は穏やかではないだろう。今この瞬間にも、友と思っていた相手に拒絶されるかもしれないのだ。
「ひとつ、訊きたいことがあります」
口を開く修介。
「うむ」
了解する宵崎に、修介は――
「爺ちゃんは、貴方の正体を知っていたんですか?」
そう、訊ねた。
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