25話ですよ

「突然だがテスト返すから名前呼ばれたら取りにくることー」


「先生!ちょっと待ってください!」


 手を挙げて席を立つのはクラスの委員長岸本さん


「なにかあったか、岸本?テスト返す前に質問か? 熱心なのはいいけど後でなー」


「いえ……その……今はホームルームの時間ですが……?」


「あー、大丈夫。どうせ言うことなんてないし、せいぜい2週間後に文化祭あるくらいだぞ?」


 ……十分大切なことでは?


 うちの担任はいい先生ではあるけど、それを補えないくらい、適当っぷりが目立つ


「じゃあ、天野から」


 おっと、取りに行かないとね。何点ぐらいだろ?


「お前って、頭よかったんだな。色々な意味で初回だったから3回くらい見直したぞ?おかげで6点引けたわ」


「僕に何か恨みでもあります?」


 渡された答案を見ると――赤ペンで90点、88点84点と何度か上から描き直してる後があった


 ふたつの意味で汚い……。


「というより、どうして3回も見直しをしたんですか……?」


「質問は後でな。なんせ、これからあと39人の名前呼ばなきゃなんねぇからなー」


 ……前言撤回。この担任はいい先生じゃない


「次、いのうえ〜」


 〜〜〜


「いい点は取れた?天野くん?」


 席に戻ると、四季さんが声をかけてくれる


「84点。元々は90点だったらしいんだけど、何個かミスがあったみたいで最終的に6点も引かれてたよ」


「そうなの?惜しかったわね。でも、プラスに考えたら8割も正解してるってことよ?」


 科学は得意ってわけじゃないし、6点引かれても84点。悪くない、悪くない


「おーい、四季ー」


「あ、わたしの番ね。ふふっ――どっちが高いか、勝負しましょ」


 うん、勝てる気がまったくしない。


 春香さんはかなり頭がいい


 ファミレスで一緒に勉強した時も、難問をサラッと解いてた。何より、教え方がとても丁寧で上手なんだよね


 反面、何もないところでつまずくくらい運動が苦手


 ちなみに、夏海さんは運動神経は抜群だけど、勉強はちょっと苦手な印象。


 秋音さんは、その時の気分とテンションで変わるって本人が言ってた


 冬乃さんは勉強も運動も平均的。何をやってもそつなくこなせるはず


 ぐるぐると頭の中で四季さんのことを考える


「また、ボーッとしてるよ?天野くん」


 顔を上げると、春香さんがくすりと笑っていた。


「ちょっと考え事をね……。その表情を見る限り、僕の負けかな?」


「ふふっ……じゃーん!97点でーす」


 嬉しそうに、答案用紙と笑顔を同時に見せてくる春香さん。


 うん、完敗。


 ◇◇◇


「――ってことがあって、たまには食堂の料理を食べてみたいって言ってたんだけど」


 お昼休みの食堂

 

 僕はお弁当を食べていて、向かいの席では彩葉さんが学食の豚カツ定食をつついている。


「へぇ〜、そうなんだ!良かったねぇ、愛情たっぷりお弁当〜。……その愛情、本来は私たちに向けられてるはずなんだけどね?」


 口元は笑ってるけど、目が全然笑ってない。


「えっと……何か、食べたいのがあるなら……」


「ううん、いいの。春香セレクトの豚カツ定食で我慢するよ。きっとテストで勝ったからトンカツって意味なんでしょ?私は……勝負に勝って、試合に負けた気分なのにね」


「じゃあ、僕は勝負に負けて、試合に勝ったのかな」


「あはは〜おもしろーい」


 春香さんが作った?弁当を口に運ぶたびに、秋音さんの視線がチクチクと突き刺さる


 ……食べづらい。


 〜〜〜


「「ごちそうさまでした」」


「四季さんにお礼を言っといてよ。とても美味しかったって」


「はーい! どういたしまして!」


「いや、彩葉さんじゃなくて……四季さんに、だよ」


「私も四季だよ?ほら、誰になんのお礼を言いたいの?」


 耳をこちらに傾けながら、ニヤニヤと意地悪く笑う


「は、春香さんに……美味しかったって伝えてほしい」


「はい、よくできました!」

 満足げに笑って、両手でパチパチと拍手。


「でもね、私からも伝えておくけど――ちゃんと直接も言ってあげてね?」


「そうだね。うん、そうするよ」


「じゃあ!勇気を出して下の名前を呼べた湊くんには――これを返す権利を授けよー!」


「……いいけどさ。素直に持っていってって言えばいいのに」


 そう言いながらも、湊くんは立ち上がって食べ終わったおぼんを持っていってくれる


「ありがとー、やっさしいねー」


 あーあ。あの様子じゃ、たぶん気づいてないなー


 今日のお弁当、普段と違う箱だったし、湊くんが好きって言ってたのも入ってたのにね!


 およよ〜、春香ちゃん可哀想。せっかく頑張って作ったのに、気づいてもらえず、しかも食べてる姿すら見られなかったなんて……!


 ――うん、有ること無いこと混ぜて送っとこっと!


 ダダダッと指を動かして、湊くんの心を代弁するようにメッセージを打ち込む


 ……と、その時。


「あのー、すみません。この席って空いてますか?」


 顔を上げると、そこには仲良さそうなカップルが立っている


 女の人はお弁当で男の人は学食


「もちろん空いてますよ!よかったらこの席も使ってくださいね〜」


 ヒョイッと向かいに残っていたお弁当箱を手に取りパパッと机を拭きあげる


「ごゆっくりどーぞー!」


 んー、流石に人が多いから、スキップはダメだよねー

 

 じゃあ代わりに――ダンスならセーフかな!


 初めの第一歩!……って、あれ?この場合ステップなのかな?


 うん、まあいっか!


 第一ステップを踏み出そうとしたその瞬間――


「危ないよ、彩葉さん。まだ人が多いから、目立つことは禁止」


「……湊くん」


「いきなり腕を握るのは、目立つことじゃない?」


 腕を上げてニヤニヤと笑う


 大胆だねー!舞い上がってるのかな?


「止めるためだよ。スキップでもしようとしてたでしょ?」


 ……?


 舞踏会でスキップはマナー違反だよ?


「正解ー!この衝動を止めるために、2人きりでここから抜け出そー!」


 返事を聞く前に、後ろから湊くんの背中をぐいっと押してあげる


 フロアで踊ってる人達、鳴り響く演奏、美味しそうな料理の数々


 視界の端に、さっきまで座っていた席が映る


「〜♪」


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