第2話 能力の覚醒

リナに連れられて森を抜けると、小さな村が見えてきた。

石造りの家々が並び、畑では野菜が青々と育っている。

煙突からは白い煙がのぼり、どこからかパンの香ばしい匂いが漂ってきた。


まるで絵本の中に迷い込んだみたい――。

――もしかして、本当に異世界?


「リナちゃん、おかえり」

「今日も薬草摘み、お疲れさま」


村人たちが口々に声をかける。

その笑顔に囲まれているリナは、村にしっかり溶け込んでいるのがわかる。


「この子はつぐみ。森で迷子になってたの」

「まあ、大変だったのね」


おばさんが心配そうに私をのぞき込む。

「どこから来たの?」


「えーっと……」と口ごもると、リナがすぐに助け舟を出してくれた。

「遠いところから来たみたいだから、しばらくうちで休ませてあげようと思って」



リナの家は村の中央にあった。

軒下には薬草がいくつも吊るされ、かすかに苦みのある独特の匂いが漂っている。


「私、医師見習いなの。ゼペット師匠は今、王都に呼ばれてて留守なんだ。だから私が村の人たちの面倒を見てるのよ」


家の中に入ると、さらに濃い薬草の香りが押し寄せてきた。

壁や天井にまで乾燥させた草花が吊るされ、小さな瓶には粉末や液体の薬がずらりと並んでいる。

まるで薬草そのものが生きて、部屋を満たしているみたいだった。


「すごい……」思わず声がもれる。


「まだまだ見習いよ。師匠みたいには行かないんだ」

リナはそう言って、少し寂しそうに笑った。


「リナ! 急いで来てくれないか!」

突然、男の人が扉を乱暴に開けて飛び込んできた。

顔には焦りが浮かび、息は荒い。


「どうしたの?」

「息子が熱を出して倒れたんだ!」


リナの表情が、一瞬で真剣なものに変わった。

「分かった!」


彼女は迷わず薬草の入った鞄をつかみ取った。

「つぐみ、ごめん。お食事はあとにして」

「うん、私も一緒に行く」

その言葉は、気づけば口をついていた。

自分でも驚くくらい自然に、彼女の勢いに引き込まれていた。




病人の家は村の外れにあった。

小さな石の家で、中は薄暗い。

ベッドには十歳くらいの男の子が横たわっていて、顔は真っ赤に火照り、苦しそうに呼吸している。


「リナちゃん、ありがとう。ゼペット先生はいらっしゃらないの?」

「師匠はまだ王都なの。大丈夫、私が診ます」


リナは鞄から薬草を取り出し、テーブルに並べた。

どれも見たことのない植物ばかりだ。


リナが男の子の額に手を当てたり、脈を測ったりしている間、私はなんとなく薬草を眺めていた。


――え?


ひとつだけ、ぼんやりと光って見えた。

瞬きをしても消えない。むしろ他より鮮明に浮かび上がっている。

まるで「私を使って」と訴えているように。


幻覚? ……でも違う。

胸の奥で「これだ」と告げるような響きがあった。


気づけばその薬草を手に取り、リナに差し出していた。

「これ」


リナは一瞬きょとんとしたが、次の瞬間、目を見開いた。

「これ、抗菌草よ。どうしてわかったの?」

「わからない。でも、これが良いような気がして」


リナは薬草を煎じて男の子に飲ませた。

しばらくすると赤みが引き、呼吸も落ち着き、みるみる顔色が戻っていった。



帰り道、リナが不思議そうに私を見た。

「つぐみは薬草の勉強をしたことがあるの?」

「全然ないよ」

「え? じゃあなぜ?」

「自分でもよくわからない。あの薬草が『私よ』って言ってるような気がしたの」

リナは首をかしげた。

「『私よ』って?」

「変な言い方でごめん。光って見えたというか…」



それから、同じようなことが続いた。

村の診療所はリナのところだけで、何人かの患者がやってきた。そのたびに、必要な薬草が光って見えたのだ。


「つぐみって、薬草を見分ける特別な力があるのかも」

リナが感心したように言った。

「本当に不思議。長年勉強している私でも迷うのに」

「私にもよくわからないんだ。ただ、具合の悪い人を見ると、薬草が教えてくれるような感じ」


――長い間薬と付き合ってきたから、こんな能力がついたのかな?



新参者の私にも、村人たちはとても親切だった。食事に招いてくれたり、服を作ってくれたり。前の世界では味わえなくなっていた温かい人とのつながり。ここでなら、普通の人として笑っていられるかもしれない。



夜、布団の中でひとりになると、ふと母の顔が浮かんだ。

――母さんも、一緒に来れたら良かったのに。


胸の奥がきゅっと締めつけられる。

まぶたを閉じてもなかなか眠れなかった。

布団の上で何度も寝返りを打つ。


「つぐみ、眠れないの?」

隣から、リナが心配そうに声をかけてきた。

「うん。ちょっと考え事」

「じゃあ、散歩にでも行かない?夜の森はきれいだよ」



森に出ると、満月が空に浮かんでいた。

月明かりの下で、梢のすきまに小さな光がふっと生まれる。

ひとつ、ふたつ……やがて細かな星くずみたいに増えていった。


「……ほたる?」

「ちがうよ。光の妖精。月が光るときだけ見えるんだ」


ビー玉くらいの大きさで、背中には蝶のような羽がある。

妖精たちは人懐っこく、私たちの周りを戯れるように飛んだ。

手を伸ばすと、そっと指先に止まった。

温かくて、ちょっとくすぐったい。


「きれい……」

まるで夢のような光景だった。



寝台に戻ると、今日出会った人々の顔が次々に浮かんだ。

森では、妖精たちの光がまだ漂っているだろう。

私は草の匂いのする寝具に顔を埋め、そっと目を閉じた。


ここでは、自分の足で立って、人と関わりながら生きていける。

病院のベッドで、ただ時間をやり過ごしていたあの日々とは違う。


けれど、母さん。

あなたを残して、こんなふうに笑っていていいのかな?

あなたのいる世界で、私は、まだ生きていますか?

それとも、もう死んでしまっているのかな?

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