第2話 能力の覚醒
リナに連れられて森を抜けると、小さな村が見えてきた。
石造りの家々が並び、畑では野菜が青々と育っている。
煙突からは白い煙がのぼり、どこからかパンの香ばしい匂いが漂ってきた。
まるで絵本の中に迷い込んだみたい――。
――もしかして、本当に異世界?
「リナちゃん、おかえり」
「今日も薬草摘み、お疲れさま」
村人たちが口々に声をかける。
その笑顔に囲まれているリナは、村にしっかり溶け込んでいるのがわかる。
「この子はつぐみ。森で迷子になってたの」
「まあ、大変だったのね」
おばさんが心配そうに私をのぞき込む。
「どこから来たの?」
「えーっと……」と口ごもると、リナがすぐに助け舟を出してくれた。
「遠いところから来たみたいだから、しばらくうちで休ませてあげようと思って」
◇
リナの家は村の中央にあった。
軒下には薬草がいくつも吊るされ、かすかに苦みのある独特の匂いが漂っている。
「私、医師見習いなの。ゼペット師匠は今、王都に呼ばれてて留守なんだ。だから私が村の人たちの面倒を見てるのよ」
家の中に入ると、さらに濃い薬草の香りが押し寄せてきた。
壁や天井にまで乾燥させた草花が吊るされ、小さな瓶には粉末や液体の薬がずらりと並んでいる。
まるで薬草そのものが生きて、部屋を満たしているみたいだった。
「すごい……」思わず声がもれる。
「まだまだ見習いよ。師匠みたいには行かないんだ」
リナはそう言って、少し寂しそうに笑った。
「リナ! 急いで来てくれないか!」
突然、男の人が扉を乱暴に開けて飛び込んできた。
顔には焦りが浮かび、息は荒い。
「どうしたの?」
「息子が熱を出して倒れたんだ!」
リナの表情が、一瞬で真剣なものに変わった。
「分かった!」
彼女は迷わず薬草の入った鞄をつかみ取った。
「つぐみ、ごめん。お食事はあとにして」
「うん、私も一緒に行く」
その言葉は、気づけば口をついていた。
自分でも驚くくらい自然に、彼女の勢いに引き込まれていた。
◇
病人の家は村の外れにあった。
小さな石の家で、中は薄暗い。
ベッドには十歳くらいの男の子が横たわっていて、顔は真っ赤に火照り、苦しそうに呼吸している。
「リナちゃん、ありがとう。ゼペット先生はいらっしゃらないの?」
「師匠はまだ王都なの。大丈夫、私が診ます」
リナは鞄から薬草を取り出し、テーブルに並べた。
どれも見たことのない植物ばかりだ。
リナが男の子の額に手を当てたり、脈を測ったりしている間、私はなんとなく薬草を眺めていた。
――え?
ひとつだけ、ぼんやりと光って見えた。
瞬きをしても消えない。むしろ他より鮮明に浮かび上がっている。
まるで「私を使って」と訴えているように。
幻覚? ……でも違う。
胸の奥で「これだ」と告げるような響きがあった。
気づけばその薬草を手に取り、リナに差し出していた。
「これ」
リナは一瞬きょとんとしたが、次の瞬間、目を見開いた。
「これ、抗菌草よ。どうしてわかったの?」
「わからない。でも、これが良いような気がして」
リナは薬草を煎じて男の子に飲ませた。
しばらくすると赤みが引き、呼吸も落ち着き、みるみる顔色が戻っていった。
◇
帰り道、リナが不思議そうに私を見た。
「つぐみは薬草の勉強をしたことがあるの?」
「全然ないよ」
「え? じゃあなぜ?」
「自分でもよくわからない。あの薬草が『私よ』って言ってるような気がしたの」
リナは首をかしげた。
「『私よ』って?」
「変な言い方でごめん。光って見えたというか…」
◇
それから、同じようなことが続いた。
村の診療所はリナのところだけで、何人かの患者がやってきた。そのたびに、必要な薬草が光って見えたのだ。
「つぐみって、薬草を見分ける特別な力があるのかも」
リナが感心したように言った。
「本当に不思議。長年勉強している私でも迷うのに」
「私にもよくわからないんだ。ただ、具合の悪い人を見ると、薬草が教えてくれるような感じ」
――長い間薬と付き合ってきたから、こんな能力がついたのかな?
◇
新参者の私にも、村人たちはとても親切だった。食事に招いてくれたり、服を作ってくれたり。前の世界では味わえなくなっていた温かい人とのつながり。ここでなら、普通の人として笑っていられるかもしれない。
◇
夜、布団の中でひとりになると、ふと母の顔が浮かんだ。
――母さんも、一緒に来れたら良かったのに。
胸の奥がきゅっと締めつけられる。
まぶたを閉じてもなかなか眠れなかった。
布団の上で何度も寝返りを打つ。
「つぐみ、眠れないの?」
隣から、リナが心配そうに声をかけてきた。
「うん。ちょっと考え事」
「じゃあ、散歩にでも行かない?夜の森はきれいだよ」
◇
森に出ると、満月が空に浮かんでいた。
月明かりの下で、梢のすきまに小さな光がふっと生まれる。
ひとつ、ふたつ……やがて細かな星くずみたいに増えていった。
「……ほたる?」
「ちがうよ。光の妖精。月が光るときだけ見えるんだ」
ビー玉くらいの大きさで、背中には蝶のような羽がある。
妖精たちは人懐っこく、私たちの周りを戯れるように飛んだ。
手を伸ばすと、そっと指先に止まった。
温かくて、ちょっとくすぐったい。
「きれい……」
まるで夢のような光景だった。
◇
寝台に戻ると、今日出会った人々の顔が次々に浮かんだ。
森では、妖精たちの光がまだ漂っているだろう。
私は草の匂いのする寝具に顔を埋め、そっと目を閉じた。
ここでは、自分の足で立って、人と関わりながら生きていける。
病院のベッドで、ただ時間をやり過ごしていたあの日々とは違う。
けれど、母さん。
あなたを残して、こんなふうに笑っていていいのかな?
あなたのいる世界で、私は、まだ生きていますか?
それとも、もう死んでしまっているのかな?
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