第17話
顔を冷やそうと言われたけれど、断った。
牢屋にずっといたせいで熱のあった体をベッドに押し込まれると、ティルクルが椅子を持ってきてベッド横に腰を下ろしている。
「アルフィード様さあ、リンクスがいな間本当に必死で探してたんだよ」
救世主様が療養だ安静だってうるさくて、あまり大げさには探せなかったから遅くなったけどねと続ける。
「なんで、そこまで」
アルフィードにはリンクスがいつも嬉しいことや楽しいことを貰ってばかりで、何も返せてはいないのに。
「アルフィード様、本当にリンクスが大事なんだなって話聞いてて思うもん。昨日はこんな話をしたとか、体調を崩したから心配だとか」
ティルクルから聞かされる言葉に涙が出そうになって、リンクスはシーツの中に潜り込んだ。
「実はさ、アルフィード様は団長の地位なんて本当はどうだっていいんだよ」
「え?」
意外な言葉にシーツからそっと目元を出すと、ティルクルはにかりと悪戯っぽく笑う。
「リンクスに恥じないために立派な騎士になったんだって。団長の地位にいるのも、万が一リンクスが大きな暴走したとき真っ先に動いて擁護出来るようにだって言ってた」
目に力を込めても、あっけなく涙は零れた。
どうして。
どうしてそこまで優しくしてくれるのだろう。
アルフィードが成長するまでのたった数年、傍にいただけなのに。
一人が嫌で、アルフィードにくっついていただけなのに。
ぶたれた頬が熱くて仕方がなかった。
結局、時間が進むごとに熱が上がっていき夜中になる頃には高熱になっていた。
ティルクルに付き添うと言われたけれど、ヤンとミーナのことを考えて断った。
だてに万年病弱ではないのだから慣れていると言えば「まあ、いない方が都合いいかもね」とよくわからないことを言って部屋を出て行った。
水差しをしっかり準備してくれて水分補給だけは忘れるなと言う姿に、アルフィードを思い出してしまい熱以外のことでしんどくなってしまった。
体の熱さと倦怠感で動けないうえに、熟睡もうまく出来なくてうつらうつらとするのを繰り返していると頭を撫でる感触に気づいた。
ゆるゆると細く瞼を上げると、アルフィードの顔が見えた。
ああ、夢かと思う。
あんなに怒らせたんだから、リンクスの所に来るはずがない。
眉間に皺を寄せた表情に、夢でも怒られるのはやだなと思う。
はふはふと息を荒く吐いていると、頬を撫でられた。
そちらは叩かれた方の頬だ。
冷やすのを断ったから、結構腫れているはずだ。
夢なら腫れくらいなかったことにしてくれたらいいのにと不服が出る。
何度も頬を撫でる手は酷く優しい。
「いたく、ない、よ」
熱のせいでひび割れた声でかろうじて言うと、アルフィードの目がわずかに見張られた。
頬から手が離れていくのが残念と思っていると、シーツに投げ出していた右手をそっと両手で握られた。
それを持ち上げられ、唇を寄せられる。
「ごめん……」
キスをされたことよりも、謝られたことが気になった。
アルフィードが悪いことなんてひとつもないのにと。
そう言いたくても、思考が熱のせいでドロドロに溶けていて言葉が浮かばない。
「ここにいてくれって言ったじゃないか」
青い瞳はなんだか泣き出しそうに見えた。
アルフィードが泣くなんてないと思うけれど、夢なのにやたらリアルで困った。
(そんな顔させたいわけじゃないんだ)
笑って、幸せにしていてほしい。
それだけ。
それがリンクスの隣だったら、どれだけ嬉しかったか。
目じりから涙があふれて、一筋頬を伝った。
シーツに染みを作るその涙がこれ以上溢れないようにと言わんばかりに、目じりにキスをされる。
ちゅ、と涙を吸われ、目を閉じると瞼にも柔らかなものが触れた。
ふわふわとした感覚に、夢じゃなければいいのにと思う。
怪我のあるこめかみにも唇が触れた気がして、夢のアルフィードは現実と同じくらい優しいなとリンクスは意識を手放した。
□ □ □ □
結局リンクスは三日間寝込んだ。
そのあいだ、アルフィードは来なかった。
当たり前かもしれない。
「いい加減、愛想尽きたよね」
顔を会わせたときなんと言おうかベッドの中で何度も考えたが、結局杞憂に終わった。
そして三日間のあいだ考えて、城を出ていくことにした。
もう自分は必要ないだろうし、そもそもあんなことがあったのだから、いられる訳がない。
まとめるような荷物もないのでさっさと部屋を出て廊下を歩いていると、曲がり角の先から女の話声が聞こえてきた。
「アルフィード様が怪我してから、救世主様ずっと付きっきりなんですって」
ぴくりとアルフィードの名前に反応して、思わず足が止まる。
「お二人とも綺麗な顔してて目の保養よね。それによかったわ」
「何が?」
「聖魔法使い様だもの、どっかの闇魔法使いと一緒にいる方がおかしかったのよ」
「そうよね」
聞こえた会話に、二人が一緒にいることを知って胸が苦しくなる半面ホッとした。
(今までアルフィードに甘えていたんだ、幸せになってもらいたい)
もう甘えちゃ駄目なんだからと拳を強く握った。
そっとその場を離れ、別の道を通って城下へと向かう。
胸の魔石も返して、どこか人のいない田舎にでもいこうかと思いながら中庭を速足で歩いていると。
「リンクスさん」
振り返ると、ユウがにこりと微笑んでいた。
「ユウ様」
その後ろにはアルフィードもいる。
気まずくて、サッと視線をそらした。
喧嘩別れをしてそのままだ。
気まずすぎて顔を見るなんて無理だった。
「体調崩してるって聞いてたんですけど、もういいんですか?」
「はい、もう大丈夫です」
頷けば、よかったとほんわり笑顔が浮かべられた。
アルフィードの視線を感じる気がして緊張する。
出来れば魔石を返したいけれど、それはさすがに二人きりでないと無理だ。
憂鬱に感じていると、ユウがきゅっと顔を引き締めたあと肩越しに後ろを振り返った。
「少し離れてもらってもいいですか?」
「それは……」
言われたアルフィードが言いよどむ。
ちらりと見れば、ついている騎士達も困ったような顔をしていた。
何だろうと思っていると。
「お願いします」
ユウが真剣な顔のまま、有無を言わせぬ口調で押し通す。
こんな態度は初めてだった。
「……わかりました」
結局アルフィードが頷き、ユウとリンクスから少し距離を取った。
小声で話せば聞こえない距離だ。
「あの……」
困惑した様子でリンクスがユウを見ると。
「俺ね、リンクスさん、告白した」
綺麗に笑ったユウに、リンクスは一瞬言葉に詰まったが。
「そうですか」
笑ってる。
上手く伝えられたんだなと思い、よかったですねと笑って見せる。
(大丈夫、ちゃんと笑えてる)
「あのね、リンクスさん」
ユウがきゅっと自分の手を握りしめたときだった。
バチンと破裂音。
「よう、今日は一緒に来てもらうぜガキ」
「ラルカディオ!」
「またお前かよ!」
三度現れた男に、リンクスがユウの腕を掴んで後ろに隠しユウ本人はびしりとラルカディオを指さしている。
アルフィードがすぐに地面を蹴って走り出したのが見えた。
「そう可愛くない事言うなよ、行くぞ」
何か言うより先にラルカディオの行動の方が早かった。
ぬっとリンクスとユウの腕を掴み、バチンと姿を消す。
後には、アルフィードと騎士達のみが残され騒然としていた。
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