第18話
「う……」
自分のうめき声にハッと目を開いて、リンクスは起き上がった。
それで自分が横たわっていたのだと気づく。
煉瓦作りの建物のようで、体温が奪われ体がひんやりしている。
上の方に明かり取りの小窓と扉がひとつずつあるだけで、あとはなにもない。
広くもないけれど、狭くもない部屋はもしかしたら倉庫なのかもしれないと思う。
「ここ、は……」
「ユウ様、大丈夫ですか?」
声に後ろを振り向くと、ユウが倒れていた体を起こすところだった。
よかった無事だったとホッとする。
「リンクスさん!あいつは?」
キョロキョロと周りを見回すユウに、とりあえず怪我がないことを確かめた。
「いません、僕達二人だけここに置かれたみたいです」
「あいつ最悪だな」
むうとユウが口をへの字に曲げる。
「ここどこかわかります?」
聞かれてリンクスは首を振った。
「わからないです。どのくらい時間がたっているのかも」
「そんな、じゃあ助けは来るのかな……」
不安そうに呟いたので、リンクスは安心させるように頷いた。
「大丈夫ですよ。きっとアルフィードが近くに来てる。探知魔法の気配を感じるので」
離れた場所を把握する魔法の精度も、アルフィードは飛び抜けている。
彼が努力の末に磨きぬいた技術のひとつだ。
それにリンクスはアルフィードの魔力なら間違えない。
うっすらとその気配を感じるので、おそらくリンクス達を広範囲の探知魔法で探しながら追っている筈だ。
アルフィードなら、リンクスがそうであるようにこちらの魔力もわかる。
「そんなのわかるものなんですか?」
キョトンと目を丸くしたユウに、リンクスは苦笑した。
「アルフィードのだけですが」
「アルフィードさんだけ?」
驚くユウに頷いて見せる。
「大抵はわからないものなんですけど、馴染み深いから覚えられたというか、幼馴染なので」
魔力を探知なんて、さらに個人の特定まではよほど魔法の操作技術と感知精度が高くないと出来ない代物だ。
この国でも出来るのはアルフィードを入れて五指以内の人数だ。
リンクスはアルフィードの漂う魔力だけ感じられるのみだ。
ずっと傍で感じてた魔力の波動を、間違えたりしない。
テーセズに捕まったときにアルフィードがリンクスを探していた魔力に気づかなかったのは、かなり精神的に参っていて余裕がなかったからだろう。
気づいていたら、あんな馬鹿な行動はとらなかったと思う。
今ならしっかりと感じられるので、なんの不安もなかった。
「それだけで?ずっと一緒だったから……」
「そう、ですね」
ユウが信じがたいように呟いたので頷きかけて、ハッとした。
好きな相手のこんな話を聞かされても困るし嫌だろう。
焦ってリンクスは早口でまくし立てた。
「誤解しないでくださいね!魔法の練習に付き合ってたから覚えちゃっただけなんで」
それを聞いたユウが口を開こうとしたとき、バンと唯一あった扉が開いた。
「お待ちしていましたよ救世主様!さあ、私の願いを叶えてください」
入ってきたのはユウが召喚されたときにラルカディオと現れたローマウスという男だった。
その後ろからは、ニヤニヤと笑うラルカディオも部屋に入ってくる。
「あんた黒幕の男!」
驚きに声を上げたユウだったが、次の瞬間にはその綺麗な顔に嫌悪の表情を浮かべていた。
「前の王様を生き返らせろって事だろ!誰がそんなことするもんか、ここから帰せよ」
「あいかわらずキャンキャンうるせえな」
ラルカディオが手をひらりと振ると、身に着けているライトブルーが光り、次の瞬間。
「うあ!」
「うぐ!」
見えない力に押されるみたいに上から重力に押しつぶされた。
リンクス達が立ち上がれずに床に這いつくばる様子を見て、ラルカディオが声高に笑う。
「ラルカディオ!救世主を手荒に扱うな」
「うるせえな、俺の目的は最初からこれだ」
ローマウスの言葉を遮ると、ラルカディオはユウの前にしゃがみ込んだ。
しなやかな薬指に嵌まっている指輪を強引に引き抜くと、それを自分の小指へとするりと嵌めてしまった。
「返せよ、それは植物を育てるのに必要なんだ」
「知るかよそんなこと」
チラリとユウを見やると、もう用はないと言わんばかりに視線を外しニヤニヤと指輪を眺めている。
ローマウスにはその行動は予想外だったらしく。
「救世主に魔法を使わせるために魔石を集めているんだぞ、奪ってどうする!」
怒鳴るローマウスにラルカディオは視線を向けることなく手を向けると、黒い魔弾がローマウスに衝撃を与えてその体が壁に激突した。
「ひっ」
思わず上ずった声を上げたユウに。
「ひびらせちまったか?悪かったな、もう用済みだったからよ」
「仲間だったんじゃ」
「まさか!あいつはこの国にある魔石のありかを何個か把握していたからな、利用させてもらっただけさ」
口の端を歪めて笑うラルカディオがバッと両手を広げると、暴風がビュンビュンと吹き荒れた。
室内の壁が煉瓦にもかかわらずビリビリと音を立て揺れ、窓ガラスがパンと割れて飛び散る。
「この解放感!素晴らしい」
高笑いをするラルカディオは、にやりと青い目を細めて床に転がっているリンクスを見下ろした。
「お前もそう思うだろう?同士よ」
「誰がお前なんかと」
「強がるなよ、お前も一人だったんだろ?」
ぐっと詰まったリンクスに、ラルカディオは確信した笑みを向けてくる。
そうだ。
両親にも愛されなかったし、魔法学校だってずっと一人だった。
子供の頃から大人になってからだって、友人なんて出来なくて。
「同じ闇魔法使いだろ、お前のことは俺だけがわかる。お前の立派な証を見せてみろよ」
胸倉を掴まれてビリリと服が破かれた。
その左胸には生まれた時からあるドス黒い痣がある。
闇魔法使いの証。
けれどそれよりもラルカディオの目を引いたのは。
「最高だお前、こんなでかい魔石を持ってるなんて!」
服の中から零れ落ちたライトブルーの輝きだった。
「リンクスさん!」
ラルカディオがリンクスのネックレスに手を伸ばそうとすると、ユウが叫ぶ。
そのライトブルーが目に入った瞬間、頭の中にアルフィードの声が聞こえた気がした。
『ここにいてくれ』
魔石に唇を落とす姿が思い出される。
そうだ、わざわざ両親の形見を持たせてくれた。
(忘れちゃっててごめん、アルフィード)
泣き出しそうだと思った。
ずっと傍にいてくれた。
いつもリンクスの体を心配して、ときには窘めて、笑って隣を歩いてくれた。
一人なんかじゃなかった。
「……違う」
「あ?」
「僕には大事な幼馴染がいた!いつも傍にいてくれた、独りぼっちじゃなかった」
ずっとずっと優しくしてくれたアルフィード。
「お前とは違う!」
声の限りに言い切ると、ふんとラルカディオが鼻を鳴らす。
「リンクスさん……」
ぽつりとユウが声を零す。
リンクスはどうするか迷ったが、判断は一瞬だった。
自分の傍にいるユウの腕を掴む。
「え?」
驚くユウに、安心させるように微笑んでみせる。
(ずっと僕を守ってくれたように、今度は僕がアルフィードの大事なものを守るよ)
それが、今返せるリンクスの精一杯の感謝と想いだ。
「大丈夫、あなたをアルフィードの元へ帰すから」
次の瞬間、バチンと破裂音がしてユウの姿はなくなっていた。
一瞬の事にラルカディオが目を丸くするが、リンクスは魔力にまかせて無理矢理な転移魔法を使ったので、反動で息を乱しドサリと力尽きたように転がった。
「へえ、やるじゃないかお前」
上から押しつぶしていた重力がフッと消えたが、もう体を動かすのも億劫だ。
「だが、魔石で増幅するどころか魔力を抑え込んでるな?」
動けはしないがキッと強く睨みつける。
もう指を動かすのさえ辛い。
頭の中はガンガンと音が鳴っている。
「もったいねえな、俺がしっかり活用してやるよ」
「や、め」
魔石を取られたら、魔力を自分では制御出来ない。
最後の力を振り絞って声を出したけれど。
「聞けねえなあ」
ブツリと革紐ごと魔石を引きちぎられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます