第16話
「起きろ」
硬質な声に、リンクスはぼんやりした感覚で目が覚めるのに任せて瞼を開いた。
自分が倒れているのが、冷たく固い感触がすることに不思議に思う。
少し痛む首の後ろに手をやりながら体を起こすと、そこは煉瓦に覆われた薄暗い室内で。
「ここ……」
ぐるりと見回すと、ぎくりと体を硬直させた。
そこには鉄格子があり、自分が倒れているのが牢の中だと気づいたからだ。
そして。
「テーセズさん……」
格子の向こう側に、冷めた表情のテーセズが腕を組んで立っていた。
「俺の名前を口にするなよ、闇魔法使いの分際で汚らわしい」
突き放した物言いは、悪意を隠しもしていない。
「単刀直入に言う。ラルカディオを手引きしたのはお前だな」
「なっ!」
思わぬ言葉に、リンクスは目を見開いた。
「ちがっ違います!そんな事してない」
ふるふると首を振るが。
「黙れ、そもそも闇魔法使いを王城に入れた時点でこうなると思っていたんだ」
「そんな」
「闇魔法使いは悪しき存在だ。光魔法をおびやかす脅威だ」
格子に縋り付いて、違う、何もしていないと繰り返してもテーセズの顔は変わらない。
まるで汚物を見るような目だ。
「そもそも貴様が光魔法最強の団長といること自体が気に食わなかったんだ。お前がいなくなりユウ様がいればすぐに忘れ去られる。あの方にはユウ様のような聖魔法使いがふさわしい」
言うだけ言うと、くるりと踵を返してテーセズはコツコツと靴音を響かせていなくなった。
後には静寂と冷たい空気だけだ。
「……闇魔法使いだから、嫌われて疑われたのか」
僕だって好きで闇魔法使いなわけじゃない。
唇を噛みしめるとプツリとそこから血の味がする。
薄暗がりのなか、小さな小さな呟やきだけが音を響かせていた。
それからは、どのくらいの時間ここにいるのかわからない。
窓がないので時間の感覚がないのだ。
餓死を狙っているのか、水や食料が運ばれることもない。
空腹ではないから別に構わないけれど。
壁に背を預けてぼうっと天井を見上げていた。
魔法を使えばこんな牢すぐに壊せるだろうけれど、出ていく気にならなかった。
出ていったって、自分の居場所なんかないのだから。
コツコツと足音が響いたことに、リンクスは格子の向こうへ視線を向けた。
どこか苛立ったような荒々しい足音に、身構える。
現れたのは予想したとおりのテーセズだった。
爛々とした眼差しをリンクスに向け、ガシャンと音を立てて鍵を開けると牢の中に入ってくる。
ずりりと尻で後ずさったが、すぐに牢の端に行きつきそれ以上は動けなかった。
「うあ!」
襟元を強く引っ張られ、床に引きずり倒される。
馬乗りになったテーセズが乱暴にリンクスの細首を両手でわし掴んで締め上げた。
「団長が貴様を気にしてユウ様をないがしろにしている!」
絞められた首が圧迫されて酸素が入ってこない。
必死になってテーセズの腕を掴み爪を立てるが、びくともしなかった。
「何故貴様のような闇魔法使いがあの方に贔屓されるんだ!」
「な、で、そんなに、僕、を?」
ずっと疑問だったことだ。
テーセズは初めて会ったときからリンクスを毛嫌いしていた。
闇魔法使いとは言っても、テーセズの前で暴走したことはないのでそこまで嫌悪されるのが不思議だったのだ。
副団長という実力があるせいか、恐怖心なんかの類は持っているようには見えなかったから余計に。
「しれたこと」
ぐいと片手を離すと、テーセズは腰からスラリと剣を抜いた。
片手になった絞める指は、それでもびくともしない。
「闇魔法は悪だ、異端だ、人間に許された魔法は光魔法だ!闇魔法使いに価値なんかない、得体のしれない化け物め!」
結局それか。
テーセズは髪を振り乱し、剣をリンクスの胸へと狙いを定めた。
その切っ先を視界に入れながら、リンクスはああもうと思った。
自暴自棄になっていることはわかっているけれど。
疲れた、闇魔法使いでいる事に。
それに。
(ユウ様が残るならアルフィードと一緒にいるところを見るのは、ちょっとしんどいかな)
ぼんやりそんなことを思った時には、リンクスの両手はテーセズの指から離れ、力なくぱたりと地面に落ちた。
もう、いいや。
「リンクス!」
切羽詰まったアルフィードの声が聞こえたかと思うと、ふいにガツリという音と共に体の上が軽くなり喉に一気に酸素が入ってきた。
「げほっげほっごほ」
上体を起こして喉に手をやり咳を繰り返す。
生理的な涙が滲む視界には、床に倒れているテーセズと肩で息をしたアルフィードがいた。
「ア、 ルフィード」
カラカラの声で名前を呼ぶと、彼はリンクスをぐいと立たせた。
その顔には抑えきれない怒りを浮かべている。
「何で抵抗をやめた!どうして魔法で逃げない!」
アルフィードは手を下ろして剣を受け入れようとしたリンクスを見て、怒っているのだとわかった。
「……別に、いいだろ」
その言葉に、牢屋中にアルフィードの怒気が広がったようだった。
「よくない!殺されるところだったんだぞ!」
「知ってるよ、アルフィードには関係ない、ほっといてくれ!」
助けてくれたことはわかってる。
自分を心配してくれたことも。
謝って、お礼を言うのが一番いいことも。
けど。
「僕は僕の事なんてどうだっていい!」
叫んだ瞬間、パンっと乾いた音が響いた。
呆然としたリンクスの左頬は赤い。
ジンジンとした熱さが頬に広がる。
頬を叩いたアルフィードが、必死に自分の感情を押さえるように歯を食いしばっている。
リンクスを叩いた右手はこれ以上叩かないようにか、ギリギリと強く握りしめられていた。
「俺は、謝らないからな」
叩いた手をぐっと握り込むと、入り口の方へと向き直りカツカツと歩いていく。
「ティルクル、部屋に頼む」
「はい」
入口付近に待機していたらしいティルクルが、アルフィードと入れ違いに牢に入ってくる。
表情なく立ち尽くすリンクスを連れて、ティルクルは王城の客間へと戻った。
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