第15話
アルフィードが怪我をした翌日から彼の療養のためと、花壇が壊れたためにしばらく魔法の練習を休憩することになった。
アルフィードとは抱きしめられた夜以来、会っていない。
多分、見舞いに行ってもいいだろうが顔を合わせる気になれなくて、部屋を訪ねてはいないのだ。
ラルカディオのことを考えると、後ろめたい気持ちになって顔を合わせづらいというのもある。
とてもアルフィードに話せる会話内容ではない。
それにおそらくユウが傍についているだろうし、リンクスに出来ることは何もない。
結局、薬も渡せなかった。
茫然自失でしばらく立ち尽くしていたせいで自宅に帰る前に暗くなってしまい、ベッドにいなかったリンクスを探しにきたティルクルに連れ帰られたのだ。
そうなると、ますますアルフィードに会いに行く理由がなくなり、二の足を踏んでしまった。
そのまま足が向くことなく、今日に至る。
アルフィードが好きだ。
そんな自覚したばかりの心を持て余すのは、暇だからだとリンクスは思った。
アルフィードが療養に入ってから、日がなすることがなくぼんやりと部屋で過ごしている。
食事は元々一人だったし、療養で練習もない。
そもそもユウは花を咲かせることに成功したのだから、リンクスはお役御免だろう。
テーセズにでも確認すれば、すぐに王城を出るように言われるだろうなと思う。
「アルフィード様のところに行かないの?」
応接室の椅子に座っていると、ティルクルが軽いノックをして部屋に入ってきた。
アルフィードが療養に入ってからもたびたびリンクスを気にかけてくれ、部屋を訪ねて来てくれるのだ。
ティルクルの疑問にどう答えたものかと曖昧に笑うと、彼は肩をすくめて向かいの椅子に腰かけた。
「リンクスは暗いよね、思考がさ。今マイナスになってるんじゃない?」
「そうかも」
「あれはリンクスのせいじゃなくてラルカディオのせいじゃん。アルフィード様のところに堂々と行っていいと思うよ?テーセズやあの救世主様に遠慮せずにさ」
テーブルに頬杖をしてジトリと見やるティルクルだ。
「闇魔法使いだからって気にしすぎだよ」
そう言ってくれるのは、ティルクルやアルフィードくらいなんだけどなとリンクスは口元に笑みを浮かべる。
「まあ、俺もアルフィード様に会って話聞くまでは闇魔法は怖いと思ってたからなあ。リンクスには悪いけど」
少しバツの悪そうな顔のティルクルに、ゆるりとリンクスは首を振った。
「それが普通だよ」
光魔法による攻撃とは闇魔法は威力が桁違いなのだ。
それに生命を脅かすような性質のもの、誰だって怖いし嫌だろうと思う。
子供に石をぶつけられたのを思い出し、ずくりと傷がうずいた気がした。
こめかみの傷は、今は薬を塗って髪で隠している。
出血のわりに傷は浅く小さかったのは幸いだ。
探しにきたティルクルには怪我を知られたけれど、原因は教えていない。
アルフィードにも絶対に言わないように口止めした。
何か言いたげなティルクルに、リンクスは苦笑を浮かべて見せる。
「闇魔法以外にも、僕は人をイラつかせるからさ」
どんくさくて、人とあまり話したことがないからコミュニケーションが上手くない。
ときおり好奇心で話しかけられたりしたときも、上手く対応出来なくて結局相手を不快にさせていた。
納得がいかないのか、むーっと唇を尖らせると、あからさまにティルクルは溜息をしてみせる。
「今イラついてるのはアルフィード様だと思うけどね」
「アルフィードが?怪我の状態、良くなかったりするの?」
心配で眉を下げたが。
「何日アルフィード様と会ってない?」
予想外の言葉にええっと、と脳裏で日数を数え上げた。
「五日かな」
「そのあいだアルフィード様にリンクスの様子を報告してるんだけどさあ……元気がないって言ったら、何で元気がないんだって会いに行けないからストレスでイライラ」
自分の知らないところで報告なんてものをされていたのにも吃驚だけれど、アルフィードの様子にも吃驚だった。
リンクスはアルフィードがイラついているところなんて、見た事がない。
しかも、自分に会えないからだなんて。
とまどう表情のリンクスに。
「ほら、今から会いに行ってきなよ」
「え、でも」
迷っているリンクスを放ってティルクルはパッと椅子から立ち上がると、タタッと軽やかに扉まで行き。
「テーセズなら足止めしといてあげるよ」
パチンとウインクして部屋を出ていった。
止める間もなく出ていってしまったと、唖然としたリンクスはそっと視線をテーブルに落とした。
アルフィードに会いたいかと言われると、会いたい。
怪我の様子だって知りたい。
けれど、とユウの顔を思い出す。
アルフィードを好きだと言った瞳は真剣だった。
二人のあいだに割って入る気は、リンクスには毛頭なかった。
「顔見るだけなら、いいかな」
元気な姿を見たい。
ちょっとだけ、様子を見るだけだから。
自分に言い訳をしながら、リンクスはアルフィードの与えられている部屋へと向かった。
アルフィードのあてがわれている部屋の前まで来ると、ノックをしようか迷う。
テーセズはティルクルが足止めしてくれると言っていたが、ユウがいるかもしれない。
もしいたら、邪魔はしたくない。
少し考えたのち、ユウがいるか確認して、いたら会わずに戻ろうと扉を細く開いた。
「怪我が治ってきてよかった、もう包帯とれるなんて魔法薬って凄いですね」
聞こえたのはユウの声。
内容的にアルフィードはいい魔法薬を貰ったようで、包帯がいらないならもう心配はないだろう。
後遺症なんかがなくてよかったとホッとする。
とりあえず怪我の具合が知れてよかったけれど、ユウがいるなら出直そうと扉を閉めようとしたら。
「でも闇魔法って酷いですね、植物もあんなに枯らすなんて」
聞こえたユウの言葉に、ぴくりと扉に添えた指が動いた。
「リンクスさんもあんなふうになるなんて、吃驚しました。ちょっとラルカディオと同じなんだって怖かったし……」
ズキリと胸のなかを切りつけられた気分だった。
でも、あんな姿を見たら仕方ないのかなと諦めの気持ちが強い。
(同じ……)
路地裏でのラルカディオの言葉と差し出された手を思い出す。
あれを取れば、いちいちもう傷ついたりしないだろうかと思う反面、馬鹿なことを考えるなと思う。
(どうしよう)
とにかくここは離れた方がいい。
足を動かそうとして、震えていることに気が付いた。
体を叱咤して、半歩足を引く。
「ユウ様……」
それまで黙っていたアルフィードの声が聞こえて、ぎくりと体が強張った。
その声とは対照的に、ユウの明るい声が響く。
「でも!アルフィードさんが守ってくれたから……俺、アルフィードさんが好きです。だから、元の世界に戻らずに傍にいたい」
ユウの決意のこもった声が聞こえた。
「ッ」
ヒュッと息を吸い込み、扉を小さく開けたまま後ずさると、リンクスは走ってその場を後にした。
人気のない廊下まで走ると、酷く息が乱れていた。
胸の心臓がドクドクと脈打つが、それが走ったことだけではなく動揺のためでもあると、リンクスは自覚していた。
そうか、彼がここに残るという言葉は本気だったのか。
はあと大きく息をつき、その場にしゃがみ込む。
「祝福しなくちゃ」
膝に顔を埋めて、小さく呟く。
祝福しなくては。
大事な幼馴染が、幸せになるのだから。
じわじわと涙が滲むのを、ぎゅっと目を閉じることでこらえた。
それでも溢れそうになるのを、ぐしぐしと手の甲で強くこする。
「アルフィード……」
ポツリと口にした。
瞬間、後ろからふいに首へ衝撃が走りクラリと視界が回った。
ドサリと地面に体が倒れる感覚。
何が起きたのかわからずに、そのままリンクスは意識を失った。
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