第3話 遠藤探偵
博士は、前述のように、毎日のルーティンが決まっている。
だから、何かあったとすれば、すぐにその日に分かるようになっている。
「お父さんが帰ってこない」
ということに最初に気づいたのは、やはり奥さんであった。
奥さんとすれば、
「午後八時にはいつも帰ってきていて、それこそ、突貫でもない限りは、どんなに遅くても午後九時には帰ってくるんです。実際に、予備校で遅くなる娘が午後九時半に帰宅するので、それよりも遅くなったことはなかった」
というのがその理由だった。
その日は、
「午後十時になっても帰ってこない」
ということで、実際に、娘の法が早く帰宅してきたのだ。
当然、おかしいと思うのは当たり前のことで、娘のまどかが帰宅してきた時は、すぐに、そのいつもと違う雰囲気に気づいたのだった。
「どうしたの。お母さん」
と聞いても、母親は怯えるだけだった。
「実際に、こんなことはなかった」
ということと、
「このようなパニックに陥った時、まったく冷静さを失う」
という性格から、実際には、
「パニックに陥っていた」
といってもいいだろう。
実際には、まどかもそういう性格に近いと自分でも思っていたのだが、母親が先にパニックになってしまったのだから、自分がパニックになるわけにはいかないという、逆の心理が働いたのだ。
そういう意味では、
「お母さん、ずるいよ」
という気持ちが、まどかにないわけではないのだが、それよりも、
「自分までパニックになってしまっては、どうしようもない」
と思ったのだった。
「警察に連絡した方がいいのかしら?」
と、ただ怯える母を見ていると、まどかの方は、却って早く冷静になれるというものであった。
「いいや、もう少し様子を見た方がいい」
とまどかは言ったが、不安であることには間違いない。
これが、誰かによる誘拐なのか、それとも、何かの事件や事故に巻き込まれてしまったのかということを考えると、
「確かに警察に連絡をしないといけないかも?」
と思ったが、それも微妙な気がしたのだ。
「そういえば、お父さん、何かあった時に、この人に連絡すればいい」
ということで、父親の部屋にある机の上に、その連絡先も一緒に入った、
「連絡帳」
のようなものが置かれていた。
そこには、
「研究所の人がほとんどであるが、それ以外にも、知人や取引先と思えるようなところの責任者と思えるような人の名前があった」
その中に、
「探偵:遠藤氏」
というのがあった。
電話だけではなく、住所も書かれていて、そこにまどかは、連絡してみることにした。
「お父さんの知り合いだったら、大丈夫」
と考えたからだ。
まどかは、
「さすがにこの時間は」
ということで、正直流行る気持ちを抑えて、その日は眠ることにした。
「眠れるかしら?」
と思いながらも、ベッドに入ると、不思議と眠れたのだった。
「お母さんは大丈夫かしら?」
とも思ったが、とりあえず、今日のところは、何もできないと伝えて、母親には、精神安定剤を与えたのだ。
このあたりは、
「高校生とは思えない」
と言えるだけの判断力であったり、頭が働くといってもいいだろう。
それが、まどかという女の子であったが、実際に、その日の夢は、あまりいい夢だったとは思えなかった。
しかし、
「嫌な夢だったり、怖いと感じる夢というのは、意外とハッキリと覚えているものだ」
と感じていたが、この日の夢は、何か得体の知れない感覚があった。
ハッキリとしなぼやけた霧の中をさまよっているような気がしたのだ。
だから、夢の内容はほとんど覚えていない。
どんな内容だったのか、覚えていないというよりも、
「忘れてしまっている」
ということであり、それも、
「どんどん忘れていくということが自分の中で理解できている」
という不思議な夢だったのだ。
目が覚めてみると、
「まったく覚えていない」
というわけではないのに、
「何か曖昧だ」
ということは、
「肝心な部分を覚えていないからではないだろうか?」
と感じたが、その感覚に、
「間違いはない」
といってもいいだろう。
ただ、
「胸騒ぎのする夢」
ということを感じたことで、頭をよぎったのが、
「これが予知夢だったのかも知れない」
という意識だった。
だから、
「覚えられなかったのではないか?」
ということで、夢というのが、何かの都合で動いていると感じていたまどかには、その感覚が分かる気がしたのだ。
「やっぱり、私一人ではどうしようもないことだわ」
ということを自覚していた。
なるほど、
「探偵さんに頼るしかない」
ということで、その探偵がどのような人なのかわからないが、父親がわざわざ残していて、そのことを、まどかに話しているということに注目したのだ。
父親が、探偵のことを話しているのが、本当にまどかだけだといいうことであれば、父嫌とすれば、このことを予知していたのだろうか?
「何かあった時、探偵にすがって、解決しなさい」
という暗示のようなものだということであれば、納得がいく部分というものがあるということであった。
実際の胸騒ぎというものがどういうものなのかということは正直分かるわけではなかった。
ただ、
「今朝見た夢というその中に、探偵のような人が出てきた気がする」
ということだった。
会ったこともない人を想像するのは難しいことであり、そのために、目が覚めた時、覚えていないということになったのだろうか。
夢というものが、都合よくできているということであれば、その理屈も分かっているかのように感じるのであった。
実際に、探偵という職業の人を、学生が知っているというのもおかしなもので、それこそ、
「近親者に探偵がいる」
ということでもないと分かるわけもない。
それは、
「数学者にも言えることで、父親が数学者だから、学者という人に対して、それほどの不可思議な感覚というものはない」
ということである。
それにしても、
「数学者と探偵というものの繋がり」
というのは、どういうことであろうか。
何かあった時、連絡するということでの連絡交換だったのだろうか?
すると、父親は、
「何かある」
ということを予知していた可能性があるということで、
「昨日の夢の内容が思い出せない」
ということが、気持ちがやきもきするということに近いのかも知れない。
「そんな父親が今どこにいるというのか?」
まどかはそんなことを考えていると、
「早く、探偵さんに会ってみたい」
という衝動に駆られるのであった。
しかし、会ったところで、何を感じるのかということが分かるわけでもないはずなのに、会ったこともない人に、自分が好印象を抱いているという気持ちがあったのだ。
それを考えると、
「これからどうすればいいのか?」
ということが分かってきた気がするのだ。
翌日、予備校に一人の男性が訪ねてきた。内容はすぐには言わなかったが、
「お父さんのご依頼で」
ということであった。
前日、父親が帰ってこなかったことで、かなりのショックであったが、
「一人で悶々としていても仕方がない」
という思いがあったのか、母親には、
「予備校に行く」
といって、本当に予備校に来ていた。
実際に、父親が帰ってこなかったからといって、いきなり、
「失踪」
であったり、最悪は
「誘拐」
ということまでは考えない。
もっといえば、
「どこかにいく予定があって、家族に連絡を入れるのを忘れていたのかも知れない」
とも思ったが、そもそも、
「そんな父親だったら、こんなに心配はしない」
ということだ。
筒井教授は、
「今まで家族に黙って、どこかにいったり、そもそも、家に帰ってこないということもなかった」
出張であればm母親が把握していることになっているし、母親は何も聞いていないという。母親は、どちらかというとm
「父親の秘書的存在だ」
と言えるだろう。。
研究に明け暮れていて、研究しか頭にない父親のサポートは必ず必要で、それこそ、
「秘書」
であったり、芸能人などの
「マネージャー」
などという存在が必要だったのだ。
そんな父親が、今回に限って、誰にも何も言わずに失踪するというのは、確かにおかしい。
これが失踪ということであれば、まだマシということで、何かの犯罪に巻き込まれたなどということになれば、話は別ということになる。
そういう意味で、本来であれば、警察に通報すべきということであろうが、迷っていると、母親が、
「まだ、その時期ではない」
といって、娘を制した。
母親は、父親の行きそうなところに片っ端から連絡を入れた。
母親は、
「マネーカー兼秘書」
というだけのことはあって、父親の交友関係は、ほとんど把握していた。
実際に、名刺なども必ず交換していて、名刺入れから、重要人物から先に、連絡をしていたのだ。
しかし、ある程度までくると、さすがに疲れたのか、放心状態になっていた。
それとも、
「ここまで連絡を入れれば、もういいのではないか?」
というところまで来たのかも知れない。
それだけに、本当の心配が不安となって襲ってきて、それまでの毅然とした態度が取れなくなっていた。
それこそ、
「もう自分に自信が湧いてこなくなったのかも知れない」
それを考えると、
「母親というのも、精神的には弱い人なのかも知れない」
と、まどかは感じた。
自分も、そんなにハートが強くないということで、母親のことを言える立場ではないと思っていた。
しかし、こんな時こそ、母親を支えなければいけないのだろう。
次の日にはm、母親はせいも痕も尽き果てたように、眠り込んでしまった。そうなると、まどかとすれば、
「自分こそが、普通の生活をするしかない」
ということになる。
だから、この日、普段通り、予備校に通ってきたのであって、他の人から見れば、
「いつものまどかでしかない」
としか思わないだろう。
「人に知られないようにしないといけない」
という思いはあるが、自分の中では、そこまで真剣に考えているわけではなかった。
「普通にしていればいいんだ」
と思うと、不思議と自然になれるというもので、この気持ちの奥には、
「なるようにしかならない」
という気持ちの表れというものがあるのかも知れない。
そんなまどかのところに、現れた探偵、それが、
「遠藤探偵」
だったのだ。
彼は、雰囲気的に探偵という感じではないかも知れない。
しかし、そもそも、探偵というのがどういうものかというのは、昔の小説のドラマ化などで、知っているので、実際には、ドラマの中でも、たくさんの種類の探偵がいるというものである。
もっといえば、最近のドラマなどでは、
「探偵が趣味」
というような、本当は他の職業を持っているのに、なぜか探偵の真似事のようなことをして、しかも、警察に信頼されている探偵というのがいる。
だから、普段は、他の専門職だったりするので、
「これのどこが探偵なのか?」
ということになるのであった。
そういう意味では、
「探偵というのは、実に面白いもので、神出鬼没といってもいいのではないだろうか?」
ということである。
しかし、今現れた探偵というのは、どこか、垢ぬけていて、それこそ、
「ファッションモデル」
ではないか?
とも言えるだろう。
または、昔でいえば、
「男性アイドルのような感じ」
といってもいい、ファッションセンスからすれば、かなりのものなのだろう。
しかし、まどかは、ファッションに関しては、まったく疎かった。
自分の服を買うのでも、友達に見てもらったり、母親に見てもらったりするくらいで、それこそ、
「無頓着」
といってもいい。
まったく、服には関心がないと言ったところであろうか?
それが、
「まどかは、父親に似たんだ」
ということであった。
父親も、
「研究に関しては、寝るのを惜しんで研究するが、それ以外のことになると、まったくの頓着だ」
と言われていた。
そんな父親を尊敬することで、娘にもそんな性格が移ったのだろうか?
そもそも、まどかとすれば、自分のこんな性格を、
「格好いい」
と思っていた。
その性格としては、
「自分が好きな性格」
ということで、小学生の頃は、まわりにもさせようとしたくらいだった。
しかし、そんなことをすれば嫌われて、虐めの対象になってしまう。
実際に、そんな風になったまどかは、それから、あまり友達とつるむことがなくなった。
「私は皆とは違うんだ」
という思いがあるからだ。
そして、
「皆と違う自分がいい」
という性格も、
「父親からの伝染」
だと思っていた。
ただその性格をまどかは、
「遺伝だ」
とは思っていない。
遺伝というと
「生まれつき」
ということになるが、どうではない。
なぞそう思ったのかというと、
「自分がこんな正確になったその瞬間というものを覚えているからだ」
と感じていたからだ。
だからなのか、まわりからは、
「まどかを見れば父親が分かる」
と言われていたし、筒井教授も、
「先生を見ていれば、娘さんが分かる」
とも言われていた。
実際に、
「二人ともに会った」
というわけではないのに、まるで断定するかのように、言われるのだから、実におもしろいと言えるだろう。
そんなまどかだったので、探偵を見た時に感じた思いというのは、
「こんなシャバい人で大丈夫なのか?」
という思いに駆られたのだ。
最初から、信用していないという思いを、まどかはオーラとしてはなっていた。相手はそれを分かっていると思われるのに、あっけらかんとして、
「我関せず」
という雰囲気だったのだ。
ある意味、まどかと遠藤探偵は、
「似たもの同士」
ということなのかも知れない。
「筒井まどかさんですか?」
と遠藤盾居がいうので、
「ええ、そうですが?」
と、まどかは少し暗くいった。
「この人が本当にお父さんが信じている人なのかしら?」
ということであったが、実際に、
「私に何かあったら、遠藤探偵を頼りなさい」
といってくれた連絡先と、今遠藤氏が渡した名刺の住所や会社名がまったく同じだったということだから、疑いようはないということである。
そもそも、まどかは、探偵という職業をうさん臭いと思っていた。確かにミステリー小説として、架空のものと考えれば面白いのだろうが、リアルになれば、そこまで面白いとは思えない。つまりは、
「それだけ、人の不幸は蜜の味ということであろうか?」
ということであった。
実際に探偵を雇うということは、こちらが何か困ったことがあるわけで、それこそが不幸なことだとすれば、探偵は、その不幸で飯を食っているということであり、そう考えると、うさん臭く感じても無理もないことだろう。
しかし、実際の不幸というのは、こちらから望んで起こるものではない。要するに、不可抗力というものであり、それを思えば、いくらうさん臭くても、頼らなければいけないことだってあるはずだ。
それを思えば、
「この人に頼りたくなるようなところが、あるんだろう」
と考えるのであった。
少しでも、頼りになる人だと考えることで、今の自分の立場や苦しみが、少しでも紛れるといいと考えるのであった。
「お父さんが行方不明になったとか?」
と、さっそく、遠藤探偵は切り出した。
「よくご存じで」
と、少しいじけたようにいうと、相手も、
「餅は餅屋と言いますからね」
と言ってのけるのであった。
まどかの方は、いじけるように言ったが、遠藤の方は、逆に茶化すような言い方をした。今のところ、
「どっこいどっこい」
というところであろう。
まどかとすれば、この状況を何とか打破したい。
といっても、その打破というのは、自分が優位に立ちたいということであり、それこそ、マウントを取るということになるのだろう。
しかし、相手は、そんな気はまったくないようだ。その様子を見ていると、明らかに、
「大人と子供」
という感じで、それこそ、
「お釈迦様の手のひらで泳がされる孫悟空」
のようではないだろうか?
「お父さんは、数学研究者である、筒井先生ですよね?」
と、当たり前のことを聞いてくるので、ただ言葉には出さずに頷いた。
相手は。それを見ながら、何かを掴んだかのような顔をしたが、その顔が、またしても、憎らしさを呼ぶのだ。
実際には、完全に、自分が後手に回っていると、まどかは感じた。それが癪に障るというわけで、
「お父さんは、こんな男のどこを見ていたんだろう?」
と思ったが、まだ会ったばかりなので、まどかの分からないところに、お父さんが惚れたということなのだろう。
だからといって、まどかは最初から自分を前面に出すというようなことをする女の子ではない。
自分をしっかり持っていて、その自分をいかに表現するかということにかけては、
「父親譲りだ」
と思っていた。
実は、筒井はまわりの人に対しての態度は、明らかに相手によって変える。
初めての相手に対しては、まさに、
「今の遠藤探偵のようだ」
といってもいいだろう。
相手を煙に巻くかのような態度を取り、相手が油断している隙に、相手の心の中に飛び込むというやり方だった。
まどかは、そんな父を好きにはなれなかった。ただ、
「数学の先生というのは、そんなものなんだろうな」
と思っていたので納得していたのだ。
しかし、目の前にいる遠藤探偵というのは、そういうわけではない。
「どこをどう見ても、インテリなどという雰囲気ではない。どちらかというと、風来坊のような雰囲気だ」
と感じた。
そして、
「あれ?」
とも思った。
というのは、遠藤に対して、センスのいいファッションモデルのような垢ぬけた男だと感じたではないか。
それなのに、一瞬にして、風来坊というのもおかしな感覚になってきた。
もし、彼が、相手によって態度を変えるということであれば、最初にマウントを取ろうと考えるなら、相手が創造していたのとまったく違うイメージで現れることで、ペースを引っ掻き回すというのであれば、作戦としては、一応の成功ということで、ワンポイント遠藤探偵がリードと言ったところだろうか。
しかし、まどかという女の子は、
「リードされた」
ということに、プライドが傷つけられるような女の子だった。
このまま引き下がるというわけにはいかないだろう。
だから、遠藤に対して、睨みを利かせているのだが、遠藤は、それを笑顔でかわそうともくろんでいるようだ。
まどかは、
「自分が、いかに相手に優位に立てるか?」
というのを考えたことはあまりない。
今までは、そんなことを考えるまでもなく、相手に優位に立っていたのだ。
だから、今回のようなことは初めてだった。
実際に、親であったり、学校の先生でもないと、大人と接するということなどないまどかなのだから、
「大人の男性」
という雰囲気やオーラを発散させる男性に、本当は惹かれてもいいはずなのに、それがないということは、それだけ、
「遠藤探偵という男は奥が深い男で、その分、最初から手の内というものを見せることのない人間だ」
ということが言えるだろう。
「遠藤さんは、探偵でいらっしゃるということは、数々の事件を解決された?」
と、当たり前のことを、当たり前のように聞くと、
「まあ、まどかちゃんがどれほどの事件の数を、数々という表現になっているのかというのは分からないけど、私の感覚からいえば、それなりということだね」
というのだった。
それを聞いて、まどかは少し憤慨した。
まずは、
「まどかちゃん」
と呼ばれたことだ。
親からも、ちゃん付けされたことはない。それを思えば、馴れ馴れしさだけが印象に残り、実際には、冷めた気持ちになっているのであった。
そして、もう一つは、
「それなり」
という言葉だ。
まどかとしてみれば、この、
「それなり」
という言葉は、言い訳のようなものにしか聞こえない。
しかも、その曖昧さというものが、相手をして、何を信じろというのか?
このような曖昧な言葉を吐く人間を父親が、なぜ娘に頼りなさいと言い含めることになったのだろう?
と考える。
ただ、これも、
「遠藤探偵の人たらしとしての一つの技だ」
ということであれば、さらに癪に障るというものだ。
本来なら、
「もう一時もあなたと一緒にいたくない」
といって、中座するのだろうが、問題は、
「父親が行方不明」
ということで、さらには、その父親が、
「頼りなさい」
と言った相手ではないか。
それを考えると、またしても、
「お父さんはなんで?」
と勘がるに至るのであった。
そもそも、父親は、数学の先生ではないか?
ということで、
「このような曖昧で、いい加減に見える男を、答えは一つしかないという数学の先生が信用するなんて」
と思えてならないのだ。
それこそ、
「お父さんは、数学というものを、もっと曖昧なものだ」
と考えているのではないかと感じていた。
この思いは、実は最近になってのものではなく、それこそ、まどかが、まだ中学時代くらいからではないかと感じたのだ。
「それにしても、お父さんは、どこに行ったのだろう?」
とまどかが考えたその瞬間、
「そうだね。お父さんが心配だよね」
と言われて、まどかはドキッとした。
「いったい、私のどこから、私の考えていることが分かったのだろう?」
とまどかは考えた。
「お父さんが心配とは?」
と聞くと、別に驚くこともなく、普通に、
「お父さんが帰ってこないんでしょう?」
というのだ。
家族も、何が起こったか分かっていない状態で、父がいなくなったのを、まるで判を押したようにタイミングよく表れた遠藤探偵なので、それこそ、
「何か知っているのでは?」
と疑いたくなるのも無理もないことだろう。
そして、それでも自分の前に現れるのだから、それなりの度胸と覚悟を持ってのことであろう。
もし何かを知っているのであれば、そう簡単には白状しないに違いない。
そんなことを考えていると、
「この男は海千山千で、油断のならない人だ。あまり深入りしたり、必要以上に信用したりしないようにしないといけない」
と、まどかは感じた。
ただ、探偵というものをしているだけあって、これまでにも、幾多の山のようなものを乗り越えてきたのかも知れない。そんな相手に余計なことを話したりすれば、それこそこっちの手の内がすべて分かってしまうということになる。
「どうして、お父さんがいなくなったということを知っているの?」
とわざと聞くと、相手は、にんまりとして、それ以上は答えなかった。
それを見て、
「この人、気持ち悪い」
とまどかは思った。
最初こそ、自分の手に負えるくらいの人だということを感じていたが、時間が経てば経つほど、この人の行動パターンがまったく読めないと感じたのだ。
それこそ、
「敵か味方か?」
ということで、簡単には信用できないということに変わりはないだろう。
そんな遠藤探偵が、口を開いた時、話題が急に変わってしまった。
「私がね。筒井先生と初めて会ったのが、とある場末のバーだったんですよ」
という。
そもそも。
「場末のバー」
と言われても、なんとなく想像はつくが、まだ高校生のまどかに分かるわけはない。
それでも、遠藤探偵は、お構いなしにわが道を行くという感じで話してくるのであった。
探偵は話を続ける。
「お父さんは、同僚と来ていたようで、その話が、探偵である私にも興味が持てるような話だったんですがね。なんといっても数学者の話でしょう? バーのようなところでも、なかなか踏み込める話題ではない。だから、先生は仲間の人と、隅の方でこそこそと話をしていたということだったんだよ」
という。
「お父さんが、仲間の人といたんですね?」
とまどかがいうと、
「ええ、お父さんは結構饒舌でしたよ。確かにアルコールが入ると、饒舌になるという人も結構いるけど、先生は、そもそもが饒舌なんじゃないかな? 娘さんから見て、どうだったんですか?」
と次第に話がそれてくるのは分かったが、とりあえず、様子を見ることにした。
「私の知っている父は、飲みに行くとしても、いつも一人で行くようなタイプの人間だと思っていました。でも、そんなこともあるんだと意外ですね」
というと、
「やはり、その場所というのも大きな影響があったのかも知れないですね。二人きりで話ができるというところは、先生は好きなんじゃないかな?」
というので、
「じゃあ、遠藤さんはお父さんとは、いつもそのお店で会っていたんですか?」
と聞くと、
「ええ、そうですね。プライベートでは、その店が多かったですね。でも、プライベートではない時も、その店を使うこともありました。先生はその店を気に入っているようで、私もそうなんですよ」
というではないか。
その店に、まどかは興味を持つのだった。
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