第3話 特任教授
――翌朝、クロイツ教会の治癒室
「知らない天井だ……」
目を覚ましたアルデルトは、ぼんやりとした頭でそんなことを考えていた。
「外は明るいな、もう朝なのか……はっ!」
バッと布団から起き上がり、周囲を見渡す。
一気に頭が冴え、状況を整理する。
私は、あのまま教会の中で倒れたのか?そして教会の治癒室に運ばれて、気が付けば朝になっていたと。
「まずい……早く学院へ行かないと」
今日の朝には学院長室に行かなければいけないことを思い出し、焦るアルデルト。急いで寝台から足を下ろしたところで声をかけられた。
「ほほ、学院には行かんでよいぞ。わしならここにおるからな」
アルデルトは声がした方を見て固まってしまった。
「な、え?学院長!?」
「いかにも……さて、アルデルト君。聞きたい事は山ほどあるんじゃが、まず、体調は問題ないかね?昨日は無茶をしたと聞いておるぞ」
昨日の事は既に学院長の耳にも入っているのか……まぁ、教会に来てる時点で知らないはずがないか。
「はい、体調の方は問題なさそうです。お気遣い、ありがとうございます」
「なに、君は孫の命の恩人じゃからな……わしの方こそ、感謝しておる。本当に、ありがとう」
「孫……え?昨日、教会に運ばれて来た女の子が!?」
「そうじゃ、薬師にも匙を投げられ、もう手の施しようが無い状況だったと聞いておる」
「はい、誰もあの娘を助けようとしなくて、私は……無我夢中で、治癒術を……」
そうだ、治癒術を使ったんだ。
「あの、私は……治癒術を使ったん、ですよね?」
「アルデルト君、その事だが……ちと真剣な話をせねばならん」
学院長の表情から笑顔が消え、雰囲気が変わる。
「君が使った魔法は、治癒術という認識で間違い無いじゃろう。じゃが、治癒術とは傷を治す力であり……身体の中に入った毒素や、それによって引き起こされる症状を治すことなど出来ぬのじゃ」
「それは……」
そう、私がやったことは治癒術の概念ではあり得ないことだ。
それは学院で学んでいる誰もが、いや、この世界の人々の共通認識でもある。
「いや、出来ぬはずだった。と言わねばならんの……君は治癒術の新しい可能性を見つけてくれたことになる」
「新しい可能性、ですか」
「そう、治癒術が病を治せるとなれば……わしの孫のように、助けられる命が増えるのじゃ」
それは、凄いことなんじゃないだろうか。
治癒術の新しい可能性を広げ、世界の人々の命を救うことができる……
「私にも、誰かを、助けることができる」
「そうじゃ。そこで、わしから君に提案があるのじゃが……学院の特任教授として雇われる気はないかの?」
「特任、教授ですか?」
「左様。治癒術の新たな分野の確立に向けた研究、指導を君に頼みたいのじゃ。無論、給金も出すし、今後の生活も今より充実するじゃろう」
「それは、ありがたい申し出ですが……期待に応える自信は……」
「分かっておる。初めから全てうまくいくとは考えておらんよ……して、わしの頼みは聞き入れてもらえるかの?」
治癒術の新しい分野の確立……私にできるだろうか?これまで誰もなし得なかった、病の治癒術を世界に広めていくなんてことが……でも
「是非、やらせてください!」
落第治癒師の私が、世界の人々を病の苦しみから救えるなら、やれるだけ挑戦してみたい。
「そうか、引き受けてくれるか!」
学院長は瞳を輝かせて笑顔を見せる。
「それでは、さっそく準備をせねばならんの。アルデルト君、今日はゆっくり休んで、明日改めてわしの部屋に来てくれるか?」
「はい、分かりました」
「ほほ、忙しくなるの〜っと、そうじゃ、わしの孫がお礼を言いたいと言っておっての、後で隣の治癒室に寄ってくれぬか?」
「え……私にですか?」
「他に誰がおる。モニカを救ったのはおぬしじゃぞ?」
「何だかまだ実感が湧かないと言うか、あぁ、いえ……後で必ず伺います」
「うむ。では、また明日の」
学院長は優しく笑みを浮かべながら部屋を出て行った。
アルデルトは、窓の外を眺めながらオルディン学院長との話を思い返す。
特任教授として、新しい治癒術の研究をする。そんな大役を私が担うことになるとは……
「昨日まで落第治癒師だった私が教授だなんて、大出世じゃないか」
これまで治癒術が使えるように、ひたすら学院の書物を読み漁り、生物学や人体構造に関する書物だって頭に叩き込んだ。
そこまで努力しても治癒術が使えず、教官からも二年続けて落第を言い渡されて、自分には才能が無いんだと諦めかけていた。
「ようやく……私にも、治癒術が使えた」
ずっと出口の見つからない迷路の中を彷徨い、手探りで進み続け、ようやく目の前に光が差し込んだんだ……
アルデルトは窓から差し込む優しい日差しに、手を翳す。
「だけど、まだ傷の治癒が出来たわけじゃない。あの娘の治癒で私がしたことをしっかり考察して検証しないと……あ、その前に様子を見に行こう」
学院長からも言われたが、あの娘があれからどうなったのか経過も気になるしな。
簡単に身だしなみを整えて部屋を出る。そして隣の部屋の扉を軽く叩く。
コンコン……と木を叩く音が響き、中から声が返ってくる。
「あ、はい……どうぞ」
その返事を確認してから、ゆっくりと扉を開く。
「……失礼します」
部屋の中へ入ると、寝台の端から足を下ろして座っている娘がいた。
彼女は少し不安そうな顔で話かける。
「あの、どなたですか?」
「あ、えっと……アルデルトと言います。昨日、この教会で君の治癒をした者で、その、様子を見に来たんだ」
少し怖がらせてしまったか、彼女が教会に来た時には意識もほとんど無かったし、私のことは覚えてないんだろう。
「あ、あなたがアルデルト、さん……あのっ、助けて頂いてありがとう、ございました」
「いや、そんなお礼を言われるようなことじゃ……でも、元気そうで良かった」
「いえ!アルデルトさんがいなかったら、わたしは助からなかったと神官様やお母さんから聞きました。だから、本当にありがとうございます」
「あ……うん、助けることが出来て本当に良かった。そう言えば、君のお母さんはどこに?」
あれだけ娘を心配していた母親が側にいないのが不思議で、彼女に尋ねた。
「母さんは、神官の方と話があるからって礼拝堂の方にに行ってるんです」
「そうなんだ。あ、そう言えば君は学院長のお孫さんなんだってね」
「はい……申し遅れました。わたしはモニカと言います。去年から学院に通い始めたので、アルデルトさんの後輩でもあります」
「そうなの?いや、学院長のお孫さんなら治癒師の適正があっても不思議じゃないか……」
カチャッ
後ろから扉の開く音が聞こえて振り向くと、モニカの母親の姿があった。
「あら、あなたは!目を覚ましたのね、よかった!」
こちらの顔を見るや否や、アルデルトの両手を掴みブンブンと上下に振り回す。
「は、はい」
その勢いに戸惑いながらも返事を返すアルデルト。
なんて言うか、昨日の娘を心配して鬼気迫る感じと違って、明るいと言うか、元気だ。
「そうそう!父とは会えた?え〜と、そう、学院長の」
「え、ええ、会えました。目を覚ました時にいらっしゃっていたので」
「ふふ、お爺ちゃんたら、孫の恩人に大事な話があるんじゃって言って、朝早くにアルデルトさんの部屋に行ってましたから」
「モニカの話を聞いた途端に急に興奮して、部屋を出て行ったからびっくりしちゃったわ。そんなことより、アルデルト君だったわね?娘を助けてくれて、本当にありがとうございました」
さっきまでの明るい雰囲気から、急に真剣な表情に変わり、深々と頭を下げるモニカの母。
「いやいや、頭を上げてください!私は……無我夢中で治癒術を使っただけなので」
「だとしても、親として娘の命の恩人にお礼は言わせてください。あなたがあの場に居なければ、間違いなく娘は助からなかった……それぐらいのことは私だって理解しているのよ?」
「それは……本当に、運が良かっただけのことで……」
アルデルトは、そこから言葉に詰まってしまった。そして、モニカの母親がゆっくりと、優しく微笑みながら言葉を投げかける。
「自分のしたことを、そんなに否定しようとしてはダメよ。あなたが使った治癒術がこの子を救ったことは本当のことなんだから……もっと自信を持って、素直に感謝の気持ちを受け取ってちょうだい」
「……ぁ…はい、ありがとう、ござい、ます」
モニカの母親の言葉に、目の奥から涙が溢れてしまう。
「あらあら、お礼を言っているのは私なのよ?」
その通りだ……でも、胸の奥から込み上がってくる感情を止めることは出来なかった。
自分のしたことを自分で認めてやらなくてどうする。
「すみません……お見苦しいところを」
「いいのよ、気にしないで。でも、そうね。あの場であなたに出会えたことは、本当に運が良かったわ」
「ええ、助けられて良かった。でも、どうしてあんなことに?」
「それは、その……薬草学の勉強のために、近くの森へ薬草を採りに行ってたんです」
「薬草採取のためか、それで森の中で毒を持った生き物に襲われたと……まさか一人で行ったのかい?」
アルデルトの問いに、叱られた子供の様にしゅんとなるモニカ。
「はい、ごめんなさい。前にも行ったことがあったし、薬草を見つけたらすぐ帰るつもりだったんです」
やれやれ、一年目の子たちはその辺りの危機意識が低いみたいだな……
「森は危険だから一人で行かないよう、学院でも教わっているだろうに」
「はい……反省しています。あんな見たことがない生き物に襲われるなんて、思ってもなかったですし」
「見たことがない?あの森にそんな珍しい生物がいたかな?」
「いえ、なんて言ったらいいでしょうか……生き物同士が混ざり合ったと言うか、不自然な生き物だったんです」
「混ざり合った……その事は、他の人たちには伝えたのかい?」
「はい、お爺ちゃんにも神官の方にも伝えてます」
「それなら、調査依頼もすぐに出されるか……」
……ぐぅ〜
真面目な雰囲気で話している時になんとも気の抜けたお腹の音が響き渡る。アルデルトはお腹に手を当てながら恥ずかしそうに口を開く。
「そう言えば、昨日の夜から何も食べてないんだった」
「ふふ、それじゃ何かご馳走様してあげようかしら?」
モニカの母が笑顔で食事をすすめてくれるが……
「ああ、いえ、お気持ちだけ頂きます。寮で食事も用意してくれるので」
「あら、残念だわ。でも、遠慮せずにいつでも言ってね?助けてくれたお礼にもならないけど」
「ありがとうございます。機会があれば是非……それでは、私はこれで失礼します。モニカさんも、しっかり休んでね」
「はい、ありがとうございます。また、学院でお会いしましょう」
「またね、アルデルト君」
――クロイツ教会附属治癒師養成学院
モニカ達と別れ、学院で食事を済ませたアルデルトは寮の自室で筆を走らせていた。
「明日から教授として新たな治癒術の研究をしていく。そのために、まずは昨日の治癒術についてまとめておかないと」
モニカの毒を取り除き、敗血症を治癒できた事例として、自分が行ったことを書き留めていく。
「本来、治癒術は傷に対して局所的に魔力を流すものだが、私は対象の身体全体に魔力を流した。そして、対象の身体に何が起きているのか調べようとしたら、対象の血液循環の流れや臓器の可視化ができるようになっていた。この現象は……」
ぶつぶつと呟きながら自分の考察をまとめていき、気が付けば外は真っ暗になっていた。
「もうこんな時間か……よし、だいたいまとめられたし、明日に備えて休むか」
それから寮の浴場で身体を流し、食事を済ませて床に入る。
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