第4話
「おはよ」
「おはようございます……」
教室では、隼人くんが話しかけてくるようになった。
窓際後方にある私の席は、ほぼ誰からも見られないような場所に位置する。みんな黒板を見るだろうから、窓際の私のことなんて誰も見ないだろう。
ただ、例外が一人だけいたということだ。
私の後ろにある席、そこに座っているのが隼人くんであった。そこからは、唯一私のことが視界に入る席だ。
なんで私は、もっと注意しておかなかったんだー……。
隼人くんは、興味津々で話しかけて来た。
「なぁなぁ。十六夜ってどいつ? 俺と同じ名前のヤツ気になるんだけど」
「で、できれば、このことは内密に……。私が文房具と話していたっていうこと、誰にも言わないで欲しいです……」
そう言うと、不思議そうな顔をして首を捻った。
「いやいや、みんな知ってると思うけど? 明らかに話してるじゃん?」
「あ、うん、そうなんだけどね……」
私が思っているよりも、みんな私のことを気にしているのかもしれない。誰にも気付かれていないと思ったのに。
「私のことは、そっとしておいてもらえると、助かりますので……」
「いや、気になるっしょ。文房具と話せるなんて、すげーじゃん」
興味津々な顔をして見てくる。
おざなりに対処しても、あとから言われるかもしれない。
学校での順列に、天と地ほどの差があるというのに、私なんかに。うぅ……。
「それに、もし嘘だとしたら、俺に対してなんか恨みあるのか、聞きてーし」
隼人くんは、ニヤリと片側の口角をあげた。黒く光る笑顔は、なにか悪いことを考えている顔だ。
昨日のこと、根に持ってるんだね。きっと……。
「ちょっと、話して見せてよ」
「は、はい!?」
黒く光る笑顔は、いじめっ子の顔に見えてくる。悪気はそこまで無いのだろうけれども、いたずらっ子だったのかもしれない。
誰にもバレないようにしたいって言ってるのにー……。
ここで引き下がると、何をされるかわからないので、極力声のトーンを抑えて話しかける。
「ミイ、出てきてー……」
私の声に反応して、筆箱から三色ボールペンのミイが顔を出す。
「私、出ちゃっていいんです? バレちゃいますよ……?」
「もうバレてるから、いいの。むしろ、皆が生きてることを証明してあげる必要があってね……」
「香澄がそういうなら、出てくるけど……」
顔だけ出したミイは、ひょいと身体全体を筆箱から出す。
そして、コロっと一回転して、机の上に身体全体をさらけ出した。
「どうですか? この子、ミイって言います」
「へぇー。手品が上手いんだ?」
私への疑いは、これだけじゃ晴れないらしかった。隼人くんは、なおも私のことをいじわるな顔で見つめてくる。
ミイの動きを手品扱いされちゃうとどうしようもないな。疑いを晴らすには、どうすればいいんだろう……。
「じゃ、じゃあ……、隼人くんの持ち物と会話してみます……!」
「へぇー、そんなこともできるんだ?」
私は、隼人くんの机の上に着目する。どれにしようか、一番効果があるのは、大きいものだと思うけれども……。
じろじろと眺めていると、ふいに赤ペンと目が合った。
「こんにちわ」
「あ、はい。こんにちわ」
初めて話しかけられたようで、赤ペンは緊張しているようだった。おろおろと左右に動いて、どう接しようか迷っているようだった。
人の物と話すのって、あんまり機会が無いから私の方も緊張するんだよね。
「あのー……、話せてること証明したくって、少し立ってもらってもいいかな?」
「あ、はい」
赤ペンは、私の言うことを聞いてくれそう。
物によって性格も色々だから、一発目から無事に素直な子に当たってくれたのかもしれない。
長い間使っているようなものだと、段々個性が強くなったりするからね。きっと、この赤ペンを使い初めてからまだ間もないのだろう。ちょうど目が合ってよかった。
赤ペンが立ち上がろうとしているところで、どこからか声が聞こえた。
「……おい、そいつの言うこと聞いていいのか?」
「……ひい。」
赤ペンに対して強く言ってきたのは、三色ペンだった。私が使っているミイと、ちょうど同じようなペンだ。とりあえず、その子に対しても話しかけてみる。
「お前、あんまりご主人に絡んで来るなよ?」
なんだか絡みにくい子だ。
どことなく、隼人くんに似ている気がするし。やっぱり、使い込んだものって持ち主に似てくるのかな……?
「それで、こいつら何て言ってる?」
興味津々に聞いてくるので、ありのままを答える。
「隼人くんと同じようなこと言ってますよ」
「へぇー、そっか。物も主人に似てくるのかな?」
隼人くんはペンを持ち上げて、首を捻って見ていた。そして、私に目線を移すと聞いてきた。
「俺も、コイツらの話が聞けるようになりたいな。どうやってなるの?」
「えっと、それは難しいと思います。この能力は、私の家系のおかげなんです」
「そっか、なれないのか……」
隼人くんは、残念そうに肩を落としてしまった。
けど、すぐに表情を戻して、提案してきた。
「じゃあ、俺んちに来て欲しい。ちなみに、今日!」
「はぁ……?」
何を言っているのか、意味が分からなくて曖昧な返事を返す。もしかして今、隼人くんの家に遊びに誘われたってこと……?
「じゃあ、どうやったら、来てくれる?……って、お前に聞いても意味無いか」
隼人くんは少し悩んだ後、何か閃いたようで、急に明るい顔になった。
「そっか、皆に宣言したらいっか」
隼人くんは、思いついてから行動が早かった。教室中に聞こえるような声量で宣言し始めた。
「今日、コイツ、俺んちに来るからー!!」
その声に、教室中の人達が私と隼人くんに注目した。
「えっ、なにそれ?! 何言ってるの?!」
「これで、断れないよな。はは」
隼人くんはいたずらっぽく笑っていた。
「俺んち来てよ、お願いしたいことがあるんだよ」
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