第5話

 なんか、急展開なんですけど。

 どうしたらいいの。制服で行ったらいいのかな。隼人くんに家に誘われちゃったんだけど!?



「なんで。そんなに慌ててるの?」


「いや、別になんというか。相手が男子じゃん? しかもイケメンのハヤト君だよ。こんな事ってなくない!?」


「私にとっては気にくわない男子だけど?」



 ミイはそんなことを言っている。その言葉通り、気に食わないって顔をしている。


「何で行くんだろ? 行く必要なくない?」


「けど、行かないとどうなるかわからないよ。さっきのハヤトくんの顔見た。絶対悪いこと考えてたよ」


「確かにそれは一理あるね。もしかしたら私たちのことバラされちゃうかもしれないし」


「本当もどうしたらいいのー……」



「なんか、あの個室の中から話し声が聞こえるんだけど、お化けかな……?」

「あんまり使わないトイレだからって、こんな昼間から現れるわけないでしょう」


 急なこと過ぎて、一番人が来ないようなトイレで緊急会議していたけれども。それでも、すぐにばれちゃうよね……。

 人の声がしなくなるまでじっとした後、教室へと戻った。



 ◇



 下校時間になると、いきなり雨が降ってきたようだった。

 そのころには、私は一旦落ち着くことが出来ていた。


「今日の天気予報、そんなこと言ってたっけ?」

「香澄はさ、天気予報なんて真面目に見てないでしょ」


「そうだけども……。折りたたみ傘のアマネが率先して一緒に来てくれてもいいじゃん」

「アマネに期待しない方が良いよ。あの子、折り畳み傘って言っても、家にいる方がいいんだって」


「働けし……」



 これじゃあ、隼人くんの家に行けないかもしれない。

 さすがに、ずぶ濡れの状態で人の家に上がり込むなんてどうかしてるし。せっかく誘われたんだけれども、これを断るしかないかもしれない。


 どうしようもないなと思い、自席で窓の外を見ながらつぶやいていた。


「これはどうしようもないね」

「こんなに雨降るなんて思ってなかったもんな」


「せっかく、隼人君の家にいけると思ったのに」

「来たらいいじゃん?」


「えっ……?」


 私は文房具と話してると思っていたのだけれども、話していたのは隼人くん張本人だった。


「えぇ!? いつから隣にいたの!?」

「さっきからいただろう。俺に対して話してたんじゃないの?」


「いや、文房具と話してると思ってたんだよ……」

「お前それ好きだな?」


「じゃあ、今聞いてもらった通りだけど、私傘忘れちゃったの……。だから、今日は家にお邪魔するの無理……」


「俺の傘に入れば?」


「えっ、と、えっ?」


 話がまとまったと、隼人くんはニコリと微笑むと、私の手を引いて下駄箱まで連れて行った。下駄箱には傘置き場があり、そこには黒い大きな傘があった。隼人くんは、その傘を握ると先に下駄箱を出て行ってしまった。


「おーい! 早くしろよ」

「え、いや、そんな……。二人で一つの傘なの……?」


「はぁ? 俺に濡れろって言ってんの?」

「いや、そういうわけじゃなくて……」


「この傘、ある程度大きい傘だから、大丈夫だろ?」

「そ、そうかもしれないけど……」


 私には拒否権なんてないようなものだった。言われるがまま隼人くんの傘の中に入った。


 こんなにも男子の近寄るなんて初めての出来事。

 しかも、相手は隼人くんだよ。何かいい香りが変わってきそうな気がした。雨なので、その匂いはかき消されるのだけれども、雰囲気の話。



 なんだか夢見心地で相合傘をしていると、少し怖い声が聞こえた。


「お前、ご主人を濡らすんじゃないぞ」



 声の主はと言うと、今入れてもらっている傘だった。


「濡れないように頑張るけど、一応努力するってだけって言っておくよ。この雨だと、濡れないって難しいし……」


「お前はどうでもいいんだよ。ご主人様を優先に考えろって言ってんの。お前なんて先っぽちょっとだけ入ればいいだろう。肩半分濡れてもいいだろう!」


「はぁ? 性格悪いな。私入れてくれる気ないじゃん」



 傘に向かって言ったつもりが、私の悪態をまたまた隼人くんが拾ってしまった。


「はっ? 入れてやってるのに?」

「あ、ごめんなさい。今のは、この傘くんに言ってました……」


「マジで? この傘、性格が悪いの?」


 隼人くんは、傘のことを強めに傘を睨みつけていた。


「……折るぞ、お前?」


「ご、ご主人様。申し訳ございませんでした!!」


 傘の声は聞こえていないんだろうけど、主従関係がしっかりできているようだった。人間と物との理想の関係をしているのかもしれない。私が理想としている物との関係性。


「これで大丈夫だろう。こいつちゃんと反省した?」

「あ、うん。反省してるみたい。ちゃんと私も入れるように、真っ直ぐになってくれているよ」


「はは、ちゃんと言ってみるもんだな」



 ハヤト君はなんだか嬉しそうだった。


「本当に、物の声が聞こえるっていうんだな」



 私が物と話せるのがそんなに良かったのだろうか。隼人くんは昼からずっと上機嫌でいるようだった。


 その様子が、とびっきり近くで眺められていることに、あらためて気づいた。

 スーパーイケメンの隼人くんだ。


 こんなに近くで見られるなんて、今後一生無いかもしれない。すごい体験ができている。



「なんてじろじろ見てくんだよ。なんか俺の顔に付いている?」

「い、いえ……。なんでもないよ。物を従わせるって、才能です。すごいなーって思って……」


「それ、褒めてる?」

「めちゃめちゃ褒めてます!」


「サンキュー!」


 上機嫌な隼人くんと相合傘をしながら、隼人くん宅を目指した。

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