第2話

 ヤバい、やってしまった……。


 スクールカーストトップに位置するイケメン、隼人くんのことを罵ったみたいになってしまった。

 完全に勘違いされちゃったみたい……。


 隼人くんは、じっくりとこちらを眺めている。

 私が喋るのを待つように、首をくいっと傾げているようだ。いつでもキリっとして整っている顔は、私の一言で少しだけ堀りが深くなっている。若干、怒らせてしまったようだ……。


「続きは?」

「えっと……」


 隼人くんは、きつめの口調で私に問い詰めるように聞いてくる。

 話しかけちゃったのも予定外だったけど、それに加えて、かなり上から目線で話しちゃったよ。完全にやってしまったのは、鈍い私にでもわかる。

 後悔先に立たず。


 教室中も私たちに注目しているというのか、私たち以外の話声が聞こえてこないようだった。静まり返った教室で、みんなが私の回答を待っているようだった。

 私はどうしようかと答えあぐねていると、隼人くんはしびれを切らして問いかけてきた。


「普段からそういう感じなんだ?」


「い、いや、そういうわけじゃないんですけど……」


「じゃあ、どういうわけだよ」


 さらに強い口調で問い詰めてくる。私には悪気なんてなかったんだけれども、きっと隼人くんを怒らせちゃったということなんだよね。圧に負けて俯いても、隼人くんのオーラがビシビシと私の肌に突き刺さるようだった。

 俯いた状態から、少し顔をあげて隼人くんの様子を覗き込むと、怒っていてもキラキラと眩しく輝くオーラを纏っているようだった。



「なになに? 俺に突っかかってきてるのに、いまさら緊張してるの?」


「う、う……」



 唐突に、三色ペンのミイが話に割り込んで来る。


「ねぇねぇ、香澄。早く答えてあげなよ? 隼人くん、ずっと答え待ってるよ?」



 くー……、こんな時にあおらないでよー……。

 私は、とりあえず「うん」と頷いておいた。そして、とりあえず睨んでおいた。これ以上話しかけるんじゃないという気持ちを込めて。

 その思いは全く通じていないようで、なおもミイは話しかけてくる。


「そもそもさ、どうしたっていうの、この人? なんで勝手に怒ってるの? 私と香澄の会話に割り込んできてさー? 香澄もさっさと答えちゃってよー。勉強の続きができないじゃん!」


「お前、さっきからペンばっかり見つめて。俺の話聞いてる? 何か答えろよ?」


「そうだそうだ。何か答えろ。早く会話終わらせろー!」


 ……んー。

 ……もう、いちいちいちいち。


 ……ミイまで説教モードだし!



「もう!! うるさいなっ!! あんたと話してなんかないんだから。少し黙ってて!!」



 私の一言に、静かな教室がざわめき出した。

 この瞬間、またやってしまったと思った。



 文房具の声は、誰にも聞こえないのだ。私にだけ聞こえるもの。

 だから私が文房具に話しかけたとしても、それは周りには正しく認識されることはない。この状況であれば、人間に対して話しているのが普通なわけで。私の発言は、隼人くんに話しかけていると捉えられる。


 つまり、私は今、隼人くんに対して「うるさいな!」と言ってしまったことになるのだ。



 恐る恐る顔を上げると、隼人くんの顔の堀は、さらに深くなっていた。ピキピキと脈打つ、こめかみの血管。怒っているときの血管というものを初めて見たかもしれない。



「あ、いや。そういうことじゃなくて。これは……、そう! このペンに対して話しかけてたことなんです!!」


 ザワザワとする教室。


 隼人くんは、何を言われたのか分からないようで、呆気に取られていた。

 私はすぐに言い訳するように早口で伝えた。


「あ、あの隼人くんには何も言ってなくて、その……。このペンが全部悪いです!!」


 誠心誠意謝るように頭を下げる。

 初めて話すような人に、こんなこと言われても、意味不明だろうけれどもこういうしかなかった。


 しばらく頭を下げ続けるのだが、隼人くんからは何の反応も帰ってこなかった。

 これは、私の高校生活終わったかも……。


 カースト最上位の男子にこんな仕打ちをしてしまうなんて……。



 ほんと、お前のせいだよー……。

 なんで、こんな時に話しかけてるんだよ。勉強なんて後でいいでしょ……。


「じろじろ見ないでよ? 私、悪くないでしょ? 悪いとしたら、香澄がずっと寝てたことが悪いもん」


 ミイは謝る気もないらしい。本当に私の付喪神なのかコイツは……。守ってくれる気もさらさらないんじゃないか……?


 なおも頭を下げ続けていると、隼人くんから優しい口調で返事が返ってきた。



「そうなんだ。そういうわけなら、まあいっか」


「……へ?」



 今度は私は呆気に取られてしまった。

 顔をあげてみると、隼人くんの顔はいつも通りのイケメン顔だった。既に怒っていないようで、少し笑顔まで見せてきてくれていた。



「最初に言ってたのも、きっとそいつに話しかけたってことなんだよな。だったら俺の勘違いだ。すまん」


 むしろ、私に謝ってきてくれている……!?



「そ、そんな、滅相もないです。私のペンが出しゃばったばっかりに……!」



 私と隼人くんの様子を見ながら、ミイはどこ吹く風だった。


「この男子、聞き分け良いねぇ。隼人くんって、いい子じゃん。イケメンだし! 許してやろう!」



 ……ちよっ。お前のせいだよーーーー!


 そんな言葉は、さすがに心中に留めておいた。

 仏の顔も三度までというから。次言ってしまったら、アウトだろう。



「お前って、独り言多いのな。いつも思ってたけど、ペンに話しかけてたんだ。独り言じゃなかったんだな。勘違いしてたみたいだ。すまん」


 隼人くんから、再度謝罪の言葉。


 その言葉が嬉しいというよりも、冷静な気分で受け取っていた。

 そして、言っていることを正確にとらえようとすると、私は気付いてしまった。



 ずっと、私のことを見ていたってことなの……?


 それで、私がペンに話しかけてるのが、見られてたってこと!?


 ダメじゃん!! めっちゃバレてるじゃん!!?



 呆然とする私に対して、隼人くんはイケメンスマイルを送ってきてくれていた。

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