付喪神のいる生活

米太郎

第1話

「あれ、ここって先生なんて言ってたっけ?」

「えぇー? 香澄、ここも寝てて聞いてなかったの?」


「ちょっと眠くてさ……。ごめん。ノートに書いてくれた部分、教えて!」


 昼休みに自席でノートを眺めながら授業の復習をする。勉強熱心っていうわけじゃないけど、寝てしまったリカバリーはすぐにしておきたい。後からやろうとすると、私の場合やらなくなることが多いから。

 自席から周りを見渡して、誰もいないことを確認すると独り言のように、ノートに向き合ってボソボソと話す。



「勉強のときだけは、ね。ちょっとだけ話していいから、教えてね!」

「んー……。香澄がそう言うんだったらいいけどさー?」


「ありがとう! やっぱり持つべきものは、だね!」



 私は、友達と授業の復習をしているっていうわけじゃない。一人でノートを広げて話しているのだ。小声で独り言みたいに装って話す。



「なるほど? さっすが、ミイちゃん! こういうことなんだね!」


「せっかく私が筆談しようとしてるっていうのに、そんなに話しかけてこない方がいいって言ってるでしょ!」


「だから、昼休みくらいいいでしょ? 大丈夫、大丈夫!」


「ダメだってばー。私のことが誰かにバレたらどうするの?」



 三色ボールペンが、私の手から離れてひとりでに動いていて、ノートの上に立つ。

 周りから見れば、手品の練習でもしているような、異質な光景だろう。昼休みに一人で三色ボールペンを操って、その上で、三色ボールペンに向かって話しかけているのだ。


 手で触れないペンは、クルクルと回ってぺージをめくっていく。

 目当てのページが出てくると、くるりとこちらを向いて私のことを怒ってくる。



「あらためて認識してよ? 三色ボールペンが話してたらおかしいでしょ? 私の声が他の人に聞こえないって言っても、香澄自身の声は周りに聞こえてるんだからね?」


「はいはい。それはそうだねー」



「もう呑気なんだから! そもそも、私が授業中ノート取ってあげてるからって、さっきの授業ほとんど寝てたでしょ? 勉強には協力してあげるけど、そんな態度だともう協力してあげないよ?」


「そこは、とっても助かってるよー。けどさ、眠気には勝てなくってさー?」



 傍から見たらおかしな光景だろう。私は、三色ボールペンと話しているのだ。


 ペンが意思を持って、動いている。

 ノートに書き写されている板書の内容に対して、追加で吹き出しのメモを付け加えてくれる。これは、私が動かしているわけじゃなくて、ペン自身が動いて筆記してくれているのだ。


 このペンは生きているのだ。



「先生が言ってたのはね。ココとココ。赤い波線引いておくからね? テストに出るってよ?」


「あ、はい! そういう情報、助かります!!」



 そして、私は、文房具と話せるのだ。

 文房具と友達みたいに話せる。


 これが私の家に代々伝わる、『物に宿る魂と意思疎通ができる』という能力。


 どんな物にも、魂は宿っている。全ての物は、付喪神の一種なのだ。私の所有物だと、特にすぐに打ち解けられたりする。それで、私のために働いてくれたりするのだ。



「ミイさん。香澄を甘やかしすぎですよ? 授業中に寝ることが続いたりするようであれば、私が全て切り刻んでおきますからね」


 話しかけてきたのは、ハサミの十六夜いざよいだ。

 彼も私と付き合いが長くて、幼稚園の頃から使っている物だったりする。


 筆箱から出てきて、チョキチョキとノートを切るような動作をしてくる。こちらをちらりと見ると、動きを止める。



「我々は、香澄のためになるように働いていくのが使命なんです。それこそが、私たちの存在意義だと思っていますよ」


「はい。わかってます」



 ちよっと十六夜は、お堅い性格してるんだよね。もっと柔軟になってくれればいいんだけど。


「一回くらいわからせるために、このページは切っておきましょうか?」


「いやいや、ダメダメ!! このページはテストに出るって言ってたじゃん!? 絶対にダメだよ!!」


「いえ、それは、寝ていた方が悪いですよ?」



 今日の十六夜は、本気のようであった。

 チョキチョキと準備運動を済ませると、宣言通りに私のノートの一ページを切り取ってしまった。


「ちょっとーーーっ!! 今日の一番大事なべージーーっ!! テストに出るとこーーーっ!!」


 付喪神の中には、こういう堅い性格の子もいる。過激派だ。物の特性が正確に出ているのかもしれない。

 十六夜はぺージを切り取ると、姿勢正しくノートの上に立った。ドヤ顔をして、こちらに不敵な笑みを向けてきた。


「なんでよ、ケチケチ!! 少しくらいノート見せてくれたっていいでしょ!! 堅すぎでしょ!! 十六夜のバカ!!」


 やられてしまったことの大きさに、溜め息をつく。

 こうなってしまっては、諦めて説教を聞くしかないと思っていると、後ろからトントンと肩を叩かれた。

 誰かと思って振り向くと、そこに立っていたのは、十六夜いざよい隼人はやとくんだった。



「なんか俺のこと叫んでるみたいだけど。ノート取ってないなら、俺のノート写す?」



 少し気崩したワイシャツ姿。

 明るく髪の毛を染めているような陽キャに分類される男子。クラスでも目立つくらいの身長180センチから私のことを見下ろしてくる。

 そして、なんと言っても、誰もが認めるイケメンというような整った顔立ちをしている。


 スクールカースト最上位に位置するような男子が私なんかに……?


「……って、あ、隼人くん……! その、あの、隼人くんのことを言ってたんじゃなくって……」


「あん? 完全に俺の名前言ってたじゃん。『十六夜のバカ』って言ってんの聞こえたんだけど?」

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