第3話 影の連鎖



朝のオフィスはいつも通りの喧騒に包まれていた。

社員たちはコーヒーを片手にデスクに座り、パソコンの画面を叩く。

しかし、浩司にとってそれはただの背景に過ぎない。

彼の視界には、昨日隔離した佐藤の姿はもう映らない。眠らされた彼は、まだ気づかれていない。


電話のベルが鳴るたび、浩司は冷静に対応する。

上司からの叱責、同僚の雑談、すべてを聞き流す。

頭の中では次の標的の行動パターンを計算し、夜の暗殺プランを微調整する。


昼休み、カフェテリアで社員たちが笑う。

浩司は彼らの会話を傍観するだけで、自らは口を開かない。

「こいつ、毎回ハイわかりましたって言ってるけど、頭の中で何考えてんだ?」

同僚の視線は彼に向かうが、浩司は表情を変えず、ただ机の書類に目を落とす。


夜になると、オフィスは再び静寂に包まれる。

廊下の蛍光灯の明かりだけが、彼の影を壁に映す。

浩司はスナイパーライフルを慎重に組み立て、透明化薬を腕に塗る。

まるで世界から存在を消す魔法のように、彼の輪郭が薄れていく。


今回の標的は経営企画部の室田。

社内でも影響力が強く、社員たちを縛る存在だ。

浩司は夜のオフィスを影のように移動し、室田のオフィス前に到着する。

モニターで外の巡回警備を確認し、死角に入り込む。


一瞬の静寂。

透明化した浩司がドアノブに触れる。

室田はデスクに向かい、資料に目を通している。

注射器では間に合わない。

ここは、遠距離からのスナイパーライフルが必要だ。


「これで……」

浩司は呼吸を整え、狙いを定める。

トリガーを引く前に、彼の頭に一瞬の迷いがよぎる。

「…いや、ためらいは不要だ」

暗殺は、彼にとって秩序を作る作業。感情は介入しない。


一発の銃声。

室田は驚き、椅子から崩れ落ちる。

モニターには警備員が駆け寄る姿が映るが、浩司は透明化薬で影のように消え去る。

誰も見えず、誰も気づかない。


翌日、オフィスは騒然となる。

室田の不在に加え、佐藤もまだ戻らない。

社員たちは不安を抱きつつも、浩司は冷静に振る舞う。

「ハイ、わかりました」とだけ答え、表情は微動だにしない。


警察も動き出す。

防犯カメラ、目撃情報、社内メール。

だが、浩司の計画はすべて計算済み。痕跡は残らず、証拠も見つからない。

社内の誰もが、彼の正体に気づかないまま、日常を続ける。


夜が更ける。

浩司は倉庫に戻り、隔離された社員たちの安全確認を行う。

注射で眠らされた者たちは無傷だが、いつかの爆破のために全員を揃えておく必要がある。


「ここまで来たか…」

彼は独り言をつぶやく。

計画は順調に進み、オフィスは彼の手中にある。

しかし、最後の仕上げ――TNTによる爆破――までは油断できない。


外の風が吹き、街灯が揺れる。

廊下の蛍光灯の明かりが、長い影を壁に落とす。

浩司はその影を見つめ、冷たい微笑を浮かべる。

「この会社を、俺の理想の秩序に作り変える」

その決意だけが、夜の静寂を貫く。

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