第9話喧嘩
翌日。
「おはよう」
自分の部屋から降りてリビングに入ると既に父と母が起きていた。
「おはよう」
「うん、美咲は?」
「まだ寝てると思うよ」
「そっか」
時刻は七時半、今日は休みだったしなんか熟睡出来た。
これは所謂実家の安心感と言うやつなのかもしれない。
「美咲はいつもこの時間寝てるの?」
「まさか、いつもは家出てるか遅いときは鏡に向かっているかな」
「化粧か?」
「父さん、このくらいの歳くらいの女の子は化粧くらいしますよ」
母がそう言うと少しだけ表情が強張った。
「父さん、高校出たら働く人もいるんだしその時に急にメイクしちゃだめだった環境から、社会に出てメイクしてくるのが普通な環境に移るんだから練習しとかないとじゃない?」
「それは、そうだが休日にすれば良いんじゃないか?」
「メイクもどんなことだって練習が肝心でしょ?だから筋トレみたいにすればするほど時間の短縮とかメリットの方が多いと俺は思うけど」
「それはそうだが…」
「まあ社会と学生は違うから、いいんじゃない?」
母がそう言うが父は何かを考えながら珈琲を飲む。
「輝も飲む?」
「うん」
キッチンにいる母が珈琲を淹れてくれた。
椅子に座って珈琲を飲む、冬の寒い朝をホットコーヒーで体を起こすこの時間が一番好きだ。
「そろそろ美咲起こしてきてくれる?」
「分かった」
再び二階に上がって隣の部屋にノックして扉を開けると、腹を出して熟睡している美咲がベットに転がっていた。
「どんな寝方したらこんな寝相になるんだよ」
呆れながら美咲をたたき起こす。
「何?」
「母さんが起きろって」
「えー、休みなんだからまだ寝る」
「起きないと寝相が悪い寝方をしている写真を彼氏に送るぞ」
「いや、ちょっとやめてよ」
急に飛び起きたので驚いてしまった。
「起きるからそれだけはやめて」
「分かったなら早くベットから出るんだな」
「もう、ただでさえすっぴんなんだから冗談きついって」
「彼氏作るならすっぴんを許せる男にしろ」
「私の彼氏は大丈夫!!」
「本当か~」
「うん、多分」
「多分ってお前な」
「今は見せてないだけ」
「そうか、まあとりあえず寝相なんとかしろ」
「それは無理でしょ」
そうしてリビングに降りると既にテーブルにはお雑煮が家族分並んでいた。
「あら、今日は珍しく一回で起きたのね」
「お母さん、聞いてよ」
それから椅子に座りながらさっきの出来事を愚痴る美咲…
「そうやって起こせばいつも起きるのね」
「お母さん絶対止めて」
「はいはい」
母は絶対やると確信しながらお雑煮のお餅を食べる。
「美味いな」
「やっぱり母の味ってやつ?」
美咲が聞いてくるので、俺も改めて母の料理は美味いなと深々く感じた。
「ねえ、母さん?」
「ん?」
「今度レシピ教えてよ」
「お雑煮の?」
「いや、母さんの得意料理」
「それは時間かかるね」
母は料理が好きで今までずっと外食以外全部母さんの手作りだった。
母は専業主婦だけど、家事は全てやってたし子育ても殆ど母さんがやってた。
だからご飯は冷凍食品やお惣菜などを使っても誰も文句は言わないのにそれでもいつも朝一番に起きて夜遅くまで起きていた。
勿論、父が何もしてくれなかったわけではないし育て方に文句はない。
欲しいものがあれば説明してなんで欲しいのかのプレゼンをして上手く行けば、買ってもらえた。
誕生日だとプレゼンはなしだった。
行きたいところがあれば車を出すことにためらいはなかったし、学校行事は全て両親で来てくれたし幼稚園から大学まで学費は全て出してくれて、十八になった時には免許を取る為にバイトを始めて貯金していたら高校卒業後直ぐにまとまったお金を出されて、免許とってこいって言われて結局家の中でのことは母が担当でお金などは父が解決してくれた。
一度だけラインで駄目だと言われたことがあった。
それは大学で一人暮らしをした時に仕送りを送ったら、まだ良いからやめろと言われたことだけだった。
考えても父には怒られたことはなかった、母にも本気で怒られたことはなかったからそんな両親だったから反抗期もなかったし良く親戚の集まりでは手のかからない子と言われていた。
だから少し脱線したが母は今でもずっと料理をしているので、得意料理ですらレパートリーがあった。
「じゃあラインで送って」
「時間かかるからゆっくりね」
「了解」
「因みにお兄の好きなお母さんの料理は?」
「から揚げ」
「やっぱりそうだよね、うちも」
「あんなの時間かかるけど、脂身を取って作ったタレに一日つかすだけ」
「手間かかってるんだね」
「そうでもないよ」
そんなから揚げを運動会や高校の時は弁当には必ず入れてたのかと、思うと同時に母の偉大さを感じた。
「じゃあ先ずはから揚げから送ろうか」
「うん」
「分かった」
そんな話をすると自然と昔の話をしていた。
それからお雑煮を食べて炬燵に入って珈琲を飲んだ。
美咲と母も炬燵に入って皆で珈琲飲んでゆっくりする、こんなに楽しいのならもっと前から一年に一回くらい帰れば良かったと思った。
母はラインで今年は帰ってくるのかと連絡が来ていたが、素っ気なく帰らないと連絡していたのを悔やんだ、父には家を出る時に一度前の日に酔っぱらって普段口下手で会話も少なく相談すらしたこともなかったのに一度だけたまには帰ってこいと言われたことがあった。
その時は思わなかったが今考えると心配してくれてたんだと思う。
「ねえ、お兄?」
「なに?」
「彼女できたって本当?」
テレビに集中していたので視線は思考はテレビに向かっていたので、何気なく返した。
「出来たけど」
「もしかしてキャバ嬢とか?」
その言葉を聞いて珈琲が口から出てむせてしまった。
「何言ってんだよ」
「だってお兄が彼女できるとは思わなかたし、それにキャバ嬢のことを彼女だと思ってお昼は外で会って夜はお店とか…」
「馬鹿かお前は、普通の会社で務めてる一つ上に女性」
「本当?」
「うん」
「もしかしてあんたマッチングアプリとかで知り合ったとか?」
母が急に言った。
「マッチングアプリと言うか自然と?」
「なんで疑問形なのよ」
そう言うと母はテレビを消してしまった。
「あ、まだ見てたのに」
「輝の話優先!!」
「そうだよお兄」
なんでこんなに心配しているのかは分からなかった。
「まあ出会いはマッチングアプリで待ち合せしてる時だったけど…」
「ほらやっぱり、お兄騙されてるって」
「なんで騙されてる前提なんだよ、それに全部話聞けって」
「分かったよ」
「それで、結局相手は来なかったから帰ろうとしたら声かけられたんだよ」
「そんなことある~?」
「本当だって」
「お母さんどう思う?」
「うーん、怪しい」
「母さんまでそんなこと言って、その人もマッチングアプリで待ち合せしてたけど会えなくてそれで俺のことを見て同じ状況だからってその後に飲みに行ってそれが出会い」
「美人局とかじゃないでしょうね?」
「母さんそんなわけないから」
「でも、急に話かけられるって怪しいよね」
そう考えるとなんで声かけてくれたのかは分からないし、柚葉さんは傷のなめ合いだって言ってたけど俺は顔が良いわけでもないし取り柄もないのでなんでこんな俺に話けてくれたのかは分からなかった。
「お金とか要求されてない?」
「されてない」
「じゃあ束縛とかは?」
「ないな」
「そっか、それで?」
「その後?」
「うん」
「良く仕事終わりに飲んだりすたりして、一度俺の家に来た時に朝まで一緒に居てその後普通に会社に行ったら喜多川さんの会社が俺の家からの方が近いってことになって隣に引っ越して来たことをきっかけに、毎週お互いの家で週末飲んだりしてみたいな」
「隣りに引っ越してくる普通?」
「空いてる部屋がないって言ってた」
「本当に?」
「そうなんじゃない?」
「なんか怪しい」
「そうか?」
「うん」
「ねえ、輝?」
「なに?」
母が徐で真剣に聞いてきた。
「もしかして、その喜多川さんって喜多川柚葉さん?」
「なんで知ってんの?」
「それは…」
母は黙ってしまった。
「なんだよ母さん」
「その喜多川さんは同じ高校だったんだ」
父が一言言った。
「知ってるけど」
「じゃあなんで付き合ったのよ?」
美咲が言った。
「なんでって今一番距離が近いし好きだから」
「あの人は駄目」
「え、なんで?」
「駄目なのは駄目」
「なんでだよ」
「良いから!!」
「美咲…」
母が美咲をなだめる。
「もしかしてなんかあったのか?」
「お前は知らなくていい」
父がそう言うのでより気になった。
「なんなんだよ」
「記憶がなくなる前に少し交流があっただけだ」
「それだけ?」
「ああ、それだけだ」
「俺の顔見て言える?」
「ああ」
話しはそれで終わった。
俺は何か地雷を踏んでしまったのか、それにその後を聞いても話してはくれないだろうと思って帰ったら柚葉さんに聞こうと思った。
それからお昼になってお昼ご飯を食べて、俺は帰宅の準備をしてリビングに向かった。
「美咲は?」
「彼氏の家だって」
「そっか」
「うん」
「じゃあ俺そろそろ帰るよ」
「もう帰るの?」
「うん、元々一日で帰る予定だったから」
「そう」
そう言う母は少し寂しそうだった。
「じゃあ」
「ちょっと待ってて」
そう言うと母はキッチンに行った。
「これ持って行って」
渡されたのはタッパーに入ったから揚げだった。
「え、一日じゃできないって」
「実は昨日のうちに準備してたの、だからこれくらいはね」
「分かった」
俺はタッパーをカバンに入れて、玄関に立った。
「輝」
振り返ると父が立っていた。
「なに?」
「たまには家帰ってこい」
「うん」
「それから母さんに月一くらいには現状くらい連絡しろ」
「分かった」
父がこんなことを言うのは初めてだったので少しびっくりした。
「ねえ?」
「なんだ?」
「いや、なんでもない」
「そうか」
「じゃあ行くね」
「ああ」
「行ってらっしゃい」
「行って来ます」
そうして俺は家を出た。
帰りの電車の中で考えた。
記憶をなくす前の俺は柚葉さんとはどんな関係だったのか?
本当は玄関で父に聞こうとした、でも顔を見て本当か聞いた時に父の目は俺を見ていないようだったからあそこで聞いてみることにしたけど、やっぱりはぐらかされるかもしれない、口下手な父は嘘は言えないでも隠したいことは絶対話してはくれないことも知っている、なので聞けなかった。
本当のことは柚葉さんから聞けば良いと思っていた。
そう思ってると母からラインが入っていた、それはから揚げの作り方だった。
隠し味にカレー粉を入れると書いてあった。
家に着いて、先ずはシャワーを浴びて部屋着に着替えてタッパーテーブルに置いた。
から揚げを何個か出して皿に移して、タッパーを冷蔵庫に入れた時にラインが入った。
【今、帰ってる?】
【はい】
【じゃあ行くね】
【分かりました】
それから程なくしてチャイムが鳴った。
「はーい」
玄関を開けると部屋着の柚葉さんが立っていた。
「入って良い?」
「はい」
柚葉さんは部屋に入ってソファーに座った。
「やっぱりこの時期は、少しでも外に出ると寒いね~」
「そうですね、暖房今入れたからそんなに暖かくないですけど」
「良いよ、今は一人でいたくないの」
「もしかして実家でなにかありました?」
「まあね」
「喧嘩でもしましたか?」
「早く結婚しろってうるさくて」
「もしかして縁談とか?」
「まあね」
「そうですか~」
片手を頭に付けて上を向いてしまった。
「大丈夫だって、輝のことは説明したから」
「今の俺では駄目だから喧嘩したんでしょ?」
「でも、大丈夫。ちゃんと説明するから」
「それなら俺も今度挨拶に行こかな」
「結婚の挨拶?」
「はい」
そう言うと柚葉さんは俺の前に立って指で俺のおでこをデコピンした。
「痛て」
「まだ早いっつうの」
「え~、だめですか?」
「うん、ちゃんと親には説明して黙らせるからそれが済んでから」
「電話だけでも」
「顔見て挨拶しない馬鹿が何処に居るのよ」
「それもそうか」
「はい、この話はもう終わりってこのから揚げ美味しそうだね」
「そうなんですよ」
「一つ食べても良い?」
「はい、どうぞ」
「いただきます」
そう言うと一口食べた。
「美味しい」
「良かったです」
「懐かしい味ね」
「え?」
「ん?」
「なんで懐かしいんですか?」
「え?」
「これ懐かしいんですか?」
「うん、輝のお母さんが作ったんでしょ?」
「なんで分かるんですか?」
「カレーの風味がする」
「食べたことあるんですね?」
「うん、何度も…」
「俺が記憶を失う前ですか?」
「うん、聞いたんだね」
「はい」
「そっか」
「なんで何も言ってくれなかったんですか?」
「言いたかったしもっと一緒に居たかった」
「じゃあ尚更なんで…」
「ごめんなさい」
柚葉さんは黙ってしまった、本当はごめんなさいの先を知りたいのに…
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