第10話浮気

あれから柚葉さんから距離を置かれてしまった。

ラインも既読付かない。

家に行くのも考えたが恐らく出てくれないだろう、物理的な距離は近いはずなのにこんなにも遠く感じてしまうなんて。

物理的に近くても心が遠いとこんなにも寂しいと感じるのは何故なのか?

今まで感じたこともない寂しさと痛さを感じた。

その状態が一週間続いた。

仕事は手に着かないがやるしかない、そうして夜遅くまで残業して週末が来た。

時刻は深夜の十二時、コンビニ弁当を入れたビニール袋を持って玄関を開けて部屋に入った。

風呂に入るよりもご飯を食べるよりも一番最初に、ベランダに出て煙草に火を付けた。

「はー、一本吸ったら寝るか」

「相変わらず、金がない大学生の銘柄選んでるのね」

「え?」

声は隣りからした。

「私もニコチン接種中」

そう言って手にある煙草を見せた。

「連絡も返さないで何してたんですか?」

「仕事が忙しかったの」

「そうですか」

「怒ってる?」

「勿論、この上ない程に」

「そうね、私この一週間仕事もミスばっかでほんと散々な一週間だったわ」

「僕もミスばっかで今日も珍しく残業です」

「私も、もうくたくた」

「じゃあ明日、朝から飲みますか?」

「良いの?」

「はい、ちゃんと話してください」

「分かった」


翌日。

もやもやがなくなった感覚で熟睡出来た。

朝八時にインターホンが鳴った。

「はーい」

出ると柚葉さんがビール缶を二本持って立っていた。

「お邪魔します」

「はい」


それからソファーに隣りに座ってビールを開けた。

「乾杯」

「乾杯」

何も言えない気まずい雰囲気だったが最初に口を開いたのは柚葉さんだった。

「ごめんなさい」

「もう良いですから」

「何処から話せば良いのか」

「あの時の話家族から聞きました、事故で何も覚えて無くて家族のことも覚えてなかったって」

「そうね、あの事故の時一緒に居たの。私」

「え?」

「あの時、交差点で私の後ろからボールを追いかけて道路に飛び込んできた子供が居て、その子と私をかばってトラックに輝は轢かれて、その時に跳ね飛ばされてガードパイプに頭を強くぶつけてそれで…」

「記憶を失った?」

「うん」

「僕からなんで離れたんですか?」

「それは、私から離れたの」

「なんで?」

「記憶を失った輝は別人でとてもじゃないけど、一緒にはいられないと思ったから」

「そうですか」

「酷いよね」

「いえ、全く思ってません」

「気を使わないで良いのよ」

「本気です」

「なんでそこまで?」

「だってずっと持っててくれてたじゃないですか」

「何を?」

「マフラー、その話した時一度だけ付き合った人にもらったって言ったでしょ?」

「うん」

「ぼろぼろにもならなくて、綺麗に手入れされててその人が羨ましいって思ったんです」

「そっか」

「それと同時にこんな人を傷つけたるなんて酷いことをしたんだと怒りました」

「そうなんだ」

「はい、そりゃ恨むくらいに」

「盛り過ぎじゃない?」

「ちょっと盛りました」

二人で笑い合った。

「そっか」

「はい、ずっと持っててくれたんですね」

「うん、一番大事な物だから」

「すいませんでした、何も知らないで」

「ううん、話さなかった私も悪い」

「じゃあお相子ってことで」

「輝が良いなら」

「勿論」

「じゃあ分かった」

「あの時何で渋谷に居たんですか?」

「最近結婚しろってしつこくて、それでそろそろって思ってマッチングアプリで待ち合せしたんだけど私もぶっちされてね」

「仕事で会うのを断ってたってやつですか?」

「うん、大学の時も社会人になってもありがたいことに想いを話してくれる人はいたけどやっぱり輝のことが忘れらなくて、それで全部話したい上で理解してくれてる人だって思ってたんだけど。丁度時間を作れない状態でそのまま連絡だけだったから、それがいけなかったんだね」

「我慢出来なかったんですね、きっと」

「そうね、私が悪いのその気にさせて待たせてその報いが来たのよ」

「考えようによってはそのおかげで、僕達また会えたじゃないですか」

「そうね、貴方を見つけた時は運命だし奇跡だと思ったよ」

「でも、なんで分かったんですか?」

「そんなの一番好きな人の顔、分からないわけないじゃない人生で一番愛した人の顔。どんなに変わっても忘れないわよ」

「そっか」

「でも、やっぱり再開しても覚えてなかったのはショックだったな」

「それは、すいません」

「まあ良いけどさ、でもあんな簡単にホイホイ女の人に着いてっちゃだめよ」

「そうですね、それは反省します」

「それじゃだめ」

「え?」

「猛省」

「はい」

「それはそうとして、初めてだね」

「何がですか?」

「喧嘩」

「そうですね、まあ喧嘩した方が良いって言うしね」

「そうね、しないで本心言わないで無理するよりは」

「本心を言う喧嘩ではなかったですけどね」

「そうね、でも今日は喧嘩記念日ね」

「付き合いたてのイチャイチャカップルみたいなこと言わないでくださいよ」

「あら、私達イチャイチャカップルじゃなかった?」

「冗談いわないでください」

「あら、冗談じゃいわよ。今からでもちゅっちゅする?」

「馬鹿言わないでください」

「ほ~い」


それから珈琲を飲んでテレビを見た。

「実家で何した?」

「普通にご飯食べて両親とビール飲んでそれから妹に彼氏が出来たり色々ありましたね」

「良いね」

「はい、これなら一年に一度でも実家に帰れば良かったです」

「そうね、私も顔見せないから怒ってた」

「やっぱり心配しますよね」

「そりゃ、親だからね」

「それもありますけど、女の子だと余計心配なんじゃないですか?」

「そうかも」

珈琲を片手にぐびっと一口豪快に飲んだ、親の顔が思い浮かんだのか強張った表情に少し笑ってしまった。

「馬鹿にした?」

「え?」

「だって笑ってるから」

「そうじゃなくて」

「じゃあ他に何があるのよ、言って見なさいよ」

「いや~なんか暖かいなと思って」

「暖房効いてるから?」

「そうじゃなくて心が」

「何言ってんの、おセンチになっちゃって」

「良いじゃないですか」

「なんか恋愛してるって感じ」

「絶賛恋愛中じゃないですか」

「そうね」

「話変わりますけど、炬燵買います?」

「え、此処に?」

「はい」

「何処置くのよ」

「テレビとこのソファーの間に」

「まあ、置けなくはないけどなんで急に?」

「実家にあるんですよ、それで炬燵に入りながら朝に飲んだ珈琲が良かったので」

「なるほど、名案ね」

「ですよね!!」

「うん、でも夏になったら置き場困らない?」

「テーブルはそのままでその他の物は、クローゼットにぶち込みます」

「私の荷物どうするの?」

「え?」

「此処の部屋に二人も悪くないかなって」

「此処に住むんですか?」

「まあ」

「同棲か~」

「何、嫌なの?」

「いや、賛成ですけどもし何かあった時にとか」

「なんかあるってどんな時よ」

「そりゃ一人になりたい時とか」

「まあそれはあるけど」

「そうでしょ?」

「そこは一人より僕が居るから、一緒に僕が寄り添いますよくらいの度胸はないの?」

「まあ、どんなに好きでも、愛してても一人の時間もないときつくないですか?」

「それは輝も、一人でいる時間も必要ってこと?」

「はい」

「同棲とか結婚向いてないね」

「結婚しても同棲しない人もいるでしょ?」

「あー、もういい輝が彼女出来なかった理由が分かった」

「何ですか急に」

「だって男らさないもん」

「女々しいってことですか?」

「そうじゃない」

「じゃあなんですか?」

「相手のこと気にしすぎッてこと」

「良いことじゃないですか」

「それが嫌なの、そんなんだと一人で死ぬことになるよ」

「それはないです」

「なんで言い切れるのよ」

「だって柚葉さんがいるから」

「馬鹿ね~」

「なんですかもう、とりあえず行きたい時、会いたい時に一緒に居られれば良いじゃないですか」

「もういい!!」

どうやら柚葉さんを怒らせてしまったみたいだ、でも男らしさってなんだろう?

柚葉さんは後ろを向いてしまった。

「もう機嫌直してくださいよ」

「…」

「え?」

手を出して小声で何かを言うが聞き取れなかった。

「私のこと離さないでね」

俺は柚葉さんの手を取った。

「はい、ずっと傍にいます」

「もう離れるのだけは嫌」

「僕もです」

「ケーキ食べたら機嫌治るかも」

「え~、そんな急な」

「良いからコンビニのケーキで良いから買いに行こ」

「それで良いなら」

「はい、じゃあ行こ」

「はい」


そうして家を出た後、自然と柚葉さんの手を取った。

今度は自然に顔が赤くなることはなかったけど、ドキドキはあった。


家に戻りショートケーキを頬張る柚葉さんが可愛くて写真を撮った。

「勝手に撮らないで」

「良いじゃないですか、これからもっと撮りますよ」

「じゃあ無許可で私も撮る」

「はい」

「でも、ケーキにビールは合わないんじゃ?」

「そう?」

「はい、普通珈琲では?」

「まあ良いじゃん」

「柚葉さんがそれで良いなら」

「酒豪なめんじゃないよ」

いつも先に寝ちゃう側がそれを言うかと思ったけど口には出さなかった。

「今いや~なこと考えたでしょ?」

「え?」

「顔に出てるよ」

「そんな馬鹿な」

「本当」

「すいません」

「うん、輝の良い所は素直に謝る所だね、って違う何考えたか言ってごらん」

「それより、娘に彼氏が出来るって父親にとってショックなんでしょうか?」

「話逸らすなや」

「いえいえ、そんなことはございやせん」

「もいいわ、でなに?彼氏?」

「はい」

「そりゃ手に塩かけて育てた娘をどこの馬の骨か分からない奴に持ってかれるのはショックなんじゃない?」

「やっぱりそうですか?」

「まあ、分かんないけどさ、妹さんに彼氏って話?」

「はい、妹が彼氏がいるって父に話したらショックだったらしくて」

「そっか~、美咲ちゃんだっけ?」

「はい、普段口下手で会話はないんですがそんな父がショックを受けるとは思わなかったので」

「なるほどね、まあさっき言ったのが答えでしょう」

「そうですよね」

「まあ、父親の最後の子育てって言うゴールは結婚式で旦那の所まで送ってあげるのがゴールだと思うから結婚までは受け止めることは難しいんじゃないかな?」

「かっこいいですね」

「そうだね、今美咲ちゃんは幾つ?」

「十七です」

「あんなに小さかったのにもう高校二年生か」

「そうですね、面識はあるんですね」

「そうね、輝が記憶を無くすまではよく家にお邪魔してたし。宿題とか一緒にやってたよ」

その時までは仲が良かったのかと思った。

「今思うと、お姉ちゃんみたいに接してくれてたけど、あの後直ぐに泣きながら私の頬をビンタされたね」

「あいつそんなこと」

「まあ私が輝の過去を奪ったんだもん、しょうがないよ。ましてやまだ小さかったから尚更」

「そうですか…」

「うん」

「記憶を無くす前の俺ってどんなでした?」

「変わらないよ、今と」

「え?」

「初心で素直で一つしか変わらないのにこんなに、年下感あるし」

「そうなんですね」

「うん、最初は可愛い後輩って感じだったんだけどね。段々アプローチが増えていって」

「もしかしてそれに根負けとか?」

「まあ最初はそうだったかも、でも高校入ってから告白してくれる人は先輩とか同級生とか色々いたんだけど、皆私のことをちゃんと見てくれてる気がしなくてね」

「僕は見抜けてたってことですか?」

「うーん、と言うかラブが強くてこんなに好かれてるって今しかないんじゃないかって思ってね」

「そんなに」

「うん、でも当時は結構色々あってね」

「色々?」

「うん、輝は自分ではあんまり分かってなかったけど結構女子からモテてたんだよ」

「そうなんですか?」

「うん、私みたいに同級生とか先輩からも結構好感あったみたい」

「覚えてる限りではそんなことなかったけど」

「先輩からも告白されたりしてたよ」

「え?まじですか?」

「うん、でも断ってたしそれにサッカー部でマネージャーからもプッシュあったって聞いたけど」

「えー、そんなことが」

「うん、多分そこでモテ期は終わったみたいだけど」

「そうかも知らないですね」

今考えると友達も多くはない印象だったし、俺が皆のこと忘れちゃってそれに記憶がなくて引っ込み思案でそこで柚葉さんは変わらないって言ってくれたけど、少しだけ性格も変わったのかもしれない、確かにいきなり貴方との思い出はありませんって現状を突き付けられるれて性格も変わって戻って来たらなんか違ったかもとか思うのかもしれない。

「なんか悪いことしちゃったのかもしれないですね」

「そう?」

「はい、多分覚えてる限りだと友達もあんまり多くない印象だし性格も変わってそれでまた新しく関係性築いてくださいって言われたら考えてしますもん」

「そうかな?」

「え?」

「だって好きならどんなにその人が変わっても、気持ちまでは変わらないものでしょ?」

「そう思える程、人間は強くないのかもしれないですよ」

「そうかな?」

「はい、多分気持ちが変わらなかったのは柚葉さんだけだと思います」

「うーん…」

「変わったのはそう言う人だけじゃなくて、俺自身ですもん」

「そうかな?」

「はい、だってモテ期が終わったのもそうですけど、大学では全く相手にされなかったですもん」

「大学か~」

「はい」

「大学生は大人になって価値観とかも関わってくるから、高校生のままの直球が多い恋愛とは違うからね」

「そうですよね、僕も同じサークルでも女の子は居ましたけど大体先輩と付き合ってたし、大人の男の人に惹かれるのでは?」

「私はそうでもなかったな」

「周りは?」

「まあ入学して先輩と付き合っている子は多かったけど」

「やっぱり」

「まあ入学時は、ブーストみたいのが掛かるからね」

「ブーストですか?」

「うん、恋は盲目って言うでしょ?」

「はい」

「それと一緒で大人の男の人は色々経験してるから男は男で年下の女の子が入ってくると、そっちに行くのよ」

「なるほど」

「まあ、直ぐに後輩も出来ると話は変わってくるけどね」

「そうなんですか?」

「うん、年上が好きな人もいれば輝みたいな年下純粋ボーイが好きな人もいるし、って言うかなんならその方が浮気とかしなそうで良いんじゃない?」

「浮気が出てくると話は変わりますね」

「そうでしょ?」

「はい、でも純粋過ぎるが故にそっちに染まったりしちゃうとかは?」

「うーん、その方が自分色に染められるじゃん?」

「なるほど」

「一回染めちゃえばこっちものだし」

「なんかその考えかた怖いです」

「その歳でそんなこというかね?」

「まあ純粋ボーイなので」

「今から私色に染めてやる」

「怖!!」

「へっへっへ、年上なめんじゃないよ」

「まあ、それで良いですけど」

「良いでしょ?育成し甲斐があるわ」

「もし僕が浮気したら?」

「うーん、切り捨てられる前に殺す」

「あ、はい」

「言っとくけど本気だから」

柚葉さんの目を見れば本気で殺されるだろうと思った。

「浮気はしないですけど、柚葉さんは俺が他の女性の連絡先があるの駄目ですか?」

「そこまで束縛はしなよ、だって仕事の連絡もあるでしょ?」

「そうですね」

「それはしょうがないよ」

「そうですか、なら柚葉さんの浮気のラインは?」

「うーん、仕事の関係でも二人でご飯は嫌かも」

「なるほど」

「でもランチとかそう言うのは別に良いけど、夜に二人は危険だなって感じ」

「夜は駄目と」

「うん、まあ仕事終わりに飲みに行くのは良いけど連絡が来なしないで飲みに行くと完全にアウトだね」

「連絡はするでしょ、普通」

「いやー、男の八割は浮気するって聞いたことあるし少しでも目移りするかもってなると連絡しないか友達とご飯言ってくるって言いだすのよ男って」

「へー」

「貴方も例外じゃないからね」

「いや、僕は浮気どころか目移り一つしません」

「本当か~」

「はい」

「じゃあ滅茶苦茶可愛い子に酔った勢いで、この後二人で飲みませんかとか言われたら?」

「それはいくら酔っても彼女いるのでって言います」

「そう言う女は彼女いても寝取ればこっちのもんだと思うのよ」

「なんか怖いです」

「あ~、今ちょっと考えたでしょ?」

「いや、そっちじゃなくてそう言うこと考える人がいるんだなって」

「じゃあ輝が定める浮気ラインは?」

「僕も連絡なしとかですかね?」

「ふーん」

「あと、どんな状況になっても手を繋ぐのが浮気の始まりだと思います」

「なるほどね、でもそんなこと言っといて浮気したら?」

「殺されます」

「うん、正解。分かればよろしい」

「浮気したら殺されるだけで済みますかね?」

「そうだね、とりあえず殺して肉とか色々溶かして骨を東京湾に撒く」

「あ、はい」

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