第8話帰省

それから、それぞれの実家に帰ることになった。

「あー、行きたくない!!」

「子供みたいなこと言わないでくださいよ」

「だって暖房が効いたこの部屋から出たくない」

「ここ、俺の部屋なんですけど」

「それはもう良いじゃない」

「良くないです。それにその調子だと仕事も行きたくなくなりません?」

「それはいつもじゃん」

「まあそうですけど」


俺は思わず、仕事について考えてしまった。楽しみながら働く人もいるけど、誰もが全力で楽しめるわけじゃない。疲れたり嫌になったりするのは自然なことだ。


「あー、ここでずっと好きなアニメ見て漫画読んでだらだらしてたい~」

「そうですね、僕もです。でもこれからは色々お金もかかるし、働かないと」


柚葉さんは一瞬黙った。体育座りをしたまま俯き、しばらくしてから顔を上げ、頬を赤らめながら小さく聞く。

「それってもしかして…」


俺はドキッとして、手に持っていたマグカップの微糖とブラックの珈琲をこぼしそうになった。

「いや、それは…」

「全く、輝、そういうことははっきりしないとだめだよ」

「分かってますけど…でもまだ…」

「そっか、いきなりそう言うからドキッとしちゃった」

「僕もです」


彼女の小さな息遣いが近くに感じられ、胸が熱くなる。

「もう、このドキドキ返してよ」

「それは出来ません」

「分かってますよ~」

「いや、それも違くて、そのドキドキは僕はずっと持ってますから」

「じゃあ本番を楽しみにしながら待つよ、いつまでも」

「はい」


しばらくして彼女は微笑みながら、唐突に言った。

「それからもう一つ思ったんだけど」

「なんですか?」

「輝って意外と社畜思考だよね」

「働いているし会社はホワイトですし、そんなことないです」

「そう?」

「はい」


俺はマグカップを渡すと、彼女は嬉しそうに受け取った。

「ありがとう」

「はい、ちなみに柚葉の地元ってどこなんですか?」

「練馬だよ」

「へー、そうなんだ」

「うん、輝は?」

「僕は吉祥寺です」

「へー、おしゃれだね」

「まあ、学校帰りとか行きたくない時は井の頭公園に居た」

「私も井の頭公園には結構お世話になったよ」

「そうなんですか?」

「うん、高校が吉祥寺にあったから」

「僕も吉祥寺です」

「え!同じ学校?」

「偶然だね」

「もしかしたら校内ですれ違ってたかもね」


その瞬間、彼女の目が少し寂しげに揺れたのを俺は見逃さなかった。

「どうかしました?」

「いや、過去の思い出に更けてただけ」

「なんでアニメみたいな口調に?」

「まあね、私はアニメの主人公だから」

「なんですかその謎理論」

「まあね」


「じゃあ私は明日帰るから準備しないと」

「そうですね、なんなら一緒に行きます?」

「うん、じゃあ明日」

「はい」


そして俺も実家に帰る準備をした。


翌日、ラインで柚葉さんから準備が出来たとの連絡が入る。ドアを開けると、彼女がちょこんと立っていた。

「なんでドアの前で待機してるんですか?」

「いや、なんとなく」


いつもの彼女のよく分からない行動だ。俺は一旦気にせず、

「じゃあ行きますか」

「うん」


電車に乗ると、途中まで一緒だった。

「柚葉さんは毎年帰ったりしてました?」

「さんって…」

「なんとなく呼ぶときは抜けなくて」

「まあ良いけど、そのうちね」

「はい」


彼女は少し照れながら笑う。年始の寒い空気の中で、隣にいるだけで心が少し温かくなる。


それから実家に行くのに三十分くらい電車に乗って、吉祥寺の住宅街に向かい途中で井の頭公園を通ったので、懐かしさを感じながら実家に着いた。

「ただいま」

「お帰り、元気だった?」

「うん」

リビングに向かうと妹がソファーに寝転びながら、ゲームをしていた。

「お帰りなさい」

「ただいまお父さん」

「美咲、学校はどうだ?」

「うーん、まあ楽しいよ」

「そうか」

妹の美咲は現在高校二年生で同じ高校に通っている。

「俺もソファー座りたいからそっちにちょっと寄って」

「えー、お兄座るの?」

「美咲はいつでも座れるからいいだろ」

「良いけどさ~」

「ほれ、足を退けるだけで良いのさ」

「分かったって、もう」

「彼氏できたか?」

「ちょっと静かに」

「なんで?」

小声で耳打ちしてくる。

「この前お父さんに彼氏いるって言ったらショック受けてたから」

「そうなのか」

「うん」

やはり娘に彼氏ができるのは良い気持ちではないのだろう。まあ父は基本的に放任主義なにので気にしないと思っていたが意外とそう言うわけにはいかないらしい。

「父さんは仕事はいつから?」

「明後日からだな」

「そうなんだ」

「輝は?」

「来週」

「そうか」

父は口数も少ないので基本的に会話も少ない。

父はずっとビールを飲んでいながらテレビを見てる。

「お兄はクリスマスどうだったの?」

自分から恋愛話しをしない方が良いと思ったのにそれを言うかと思った。

「まあな…」

「何その意味ありげな言い回し」

「まあ色々あったんだよ」

「え、それってもしかして」

「まあそう言うことだ」

「えー!!」

「そんなに驚くことか?」

「お母さん!!」

「何よ、そんな大声出さなくても聞こえてるわよ」

「お兄に彼女できたって!!」

「えー、そうなのまあ大人だしね」

「心配じゃないの?」

「まあ大人だしね」

「大人って言ってもさ前にあったこともあるし」

「美咲!!」

父と母が大声で何かを止めた。

「あ、ごめんなさい」

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

「なんだよ、気になるじゃん」

父が冷蔵庫から酒を出して俺に渡す。

「輝」

「何?」

「ベランダに出ろ」

「分かった」

実家は一軒家で狭いが庭があってそこに縁側がある、そこに父が座って隣をポンポンと叩いた。

恐らく隣に座れと言うことだろう。

そのままビールを持ちながら隣に座った。

「急にどうしたの?」

「まあ飲め」

「うん、乾杯」

缶を開けて一口飲んだ。

「酒が飲める時にはもう一人暮らししてたな」

「そうだね、大学の時には一人暮らしだったし」

「そうか、美咲も大学に行ったら一人暮らしをするそうだ」

「そうなんだ、もしかして寂しい?」

「まあな」

父も親なのだと思った。

振り返ると母がキッチンで美咲も皿洗いを手伝っていた、その様子を見ながら母の背中を見た。

「どうした?」

「なんかお母さんの背中ってあんなに小さかったっけって思って」

「それだけ大人になったってことだ」

「そっか」

あの背中におんぶされてあの手で育ててもらったんだと改めて思った。

縁側に行くときに父の背中も見えて、同じことを思った。

「それで話したいことあるんでしょ?」

「ああ、おあれは八年前のことだったか」

八年前と言えば俺が高校二年生の時だった。

実は高校二年生の以前の記憶が薄っすらとしか覚えてない。

大人になれば自然と記憶もなくなると思うので、あんまり気にしてはなかった。

「それがどうしたの?」

「事故に遭ったことは覚えてるか?」

「事故?」

「ああ、交通事故で車に引かれたんだ」

そんなことは知らない。

「そんなことあったっけ?」

「やっぱり覚えてないか」

「うん」

「事故に遭ってその時にその時に頭を強く打って、記憶が朧げだと医者に言われた」

そんなことがあったなんて知らなかった。

その後、三年生になった辺りは良く覚えてる。

この前高校の友達と飲みに行くことがあったが、そんなことは言ってなかった。

今考えれば恐らく気を使ってくれてたのだろう。

「そっか、だからそんなに覚えてなかったんだ」

「ああ、医者にもあまり事故のことは言わないようにと言われてたがもう、輝も大人だだからそろそろ伝えようと思っていたが言うのが遅くなってすまない」

「謝らないでよ、確かにあんまり覚えてないけどさもう子供じゃないんだ」

「そうか」

そう言うと父はリビングに戻って行った。

母と美咲はその話を悟ったかのだろう。

「聞いた?」

「うん」

「そう、時間がかかってごめんなさい」

「もういいから」

「私もごめん、何も気にしないで」

「美咲は悪くない、美咲がああ言わなかったら事故のことは知らなかったし」

「うん」

美咲は黙って下を向いてしまった。

そんな美咲の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「もうやめてよ、髪崩れる」

「家にいるんだから髪を気にする必要ないだろ」

「そう言うことじゃなくてもう子供じゃないの」

「まだ十代だろ」

「子供扱いしなで」

「これは…反抗期と言うやつか」

「そんなこと言うから反抗できない」

美咲は小さいことから俺の後ろをちょろちょろと着いてくる可愛い妹だった。

父は何も言わないが母にはちょくちょく反抗期か?

と言われるらしく上手く反抗できないと言った様子だったことを母から連絡がちょくちょく来ていた。

「卒アル見る?」

「美咲の?」

「なんで私なのよ、普通お兄のでしょ」

「そうか、見たいな」

「お母さんお兄の卒アル何処?」

「輝の部屋にあると思うよ」

「じゃあ取りにいくか」

「私も行く」

それから階段を上がって部屋に入った。

中には俺が一人暮らしをする前と同じだった。

「掃除してくれてたんだ」

「あんまり変わんない?」

「うん」

「確かこのクローゼットにあるってお母さんが言ってた」

「ほーい」

クローゼットを探しながら美咲が話しを始めた。

「お兄さ何も覚えてないんだよね?」

「うん、全く」

「そっか」

「その時どんな感じだった?」

「怖かった」

「え?」

意外な反応だった。

「それはどう言う意味で?」

「なんか事故に遭って病院に行くと管に繋がれてて、その後に意識が戻っても何も覚えてんないんだもん」

「何も?」

「うん、家族のことも友達のことも」

「そんなに重症だったのか」

「そうだよ、もう戻らないのかと思ったし」

「そっか、なんかごめんな」

「しょうがないことだし」

でも歳離れるから子供からしたら朝まで自分のことを覚えてたのに、忘れてしまってるのは怖いことだろう。

「ほれ、あったぞ」

アルバムを引っ張り出した。

「じゃあ下行こうか」

「うん」

階段を下りてリビングに向かうと母はビールを飲みながら、テレビを見ていた。

「持って来たよ」

「見るのは久しぶりね、輝ちょっと冷蔵庫からお茶取って」

「分かった」

冷蔵庫に行きながらリビングを見ると母と美咲が、ひっそりと話しているのを聞いてしまった。

「あの話ししてないよね?」

「うん、流石にできないよ」

なんの話しなのか分からないがそこは突っ込むと、話してはくれないだろうと思いそっとしといた。このタイミングでお茶と言うのも母は隠し事が苦手だと感じた。

「はいお茶」

「ありがとう」

それからアルバムを見て記憶がない時のことは、教えてくれて。

夜にはお寿司を食べてケーキも食べた。

因みに初詣の時は美咲は彼氏と行ったらしく父はそれでショックを受けたらしい。

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