第6話クリスマスの夜
俺と喜多川さんはマンションに帰ってきた。
「今日は私の部屋に来てほしいんだけど、部屋着に着替えてきてね」
その言葉に胸が高鳴る。俺は一旦自分の部屋に戻り、カジュアルだけど少しお洒落な部屋着に着替えた。
「ただいま」
カバンをソファーに投げ、軽く身体を伸ばす。初めての恋人ができた喜びが全身に満ち、胸の奥が熱くなった。
缶ビールを二本手に持ち、喜多川さんの部屋へ向かう。インターホンを押すと、
「はーい」
「橘です」
「了解」
玄関を開けた喜多川さんは、柔らかそうな部屋着に身を包んでいた。
「これ」
「ありがとう、でも酒は十分あるから。早く上がって」
「はい」
部屋に入ると、いつもの黒いソファーが迎えてくれる。ソファーに腰を下ろすと、キッチンから香ばしい匂いが漂ってきた。
「はーい、鍋通りまーす」
恒例のキムチ鍋を運ぶ喜多川さんの姿に、自然と笑みがこぼれる。
「部屋着可愛いですね」
「そうでしょ、これジェラピケなの」
「ピンク、似合ってます。それに眼鏡も新鮮ですし」
「いつもはコンタクトだからね」
眼鏡越しに彼女を見ると、普段より少し柔らかい印象で、心が軽くなる。
「コンタクトどうですか?」
「楽だよ。輝は眼鏡のまま?」
「先端恐怖症なのでコンタクト出来ないんですよ」
「わぁ、可愛いところあるのね」
「可愛いんですか、それ?」
「さあ?」
笑い合う二人の空気に、部屋の温度以上に温かさが広がる。
鍋以外にも、ローストビーフやチキン、ポトフにポテトサラダと、喜多川さんは昨日から準備してくれていたらしい。
「滅茶苦茶楽しんでますね」
「まだあるよ」
彼女が頬を膨らませ、指を揺らしながら「ちっちっち」と小さく笑う仕草に、思わず笑ってしまった。
食べながら映画を観る。ラブコメだ。
「食べ過ぎた~」
「だから言ったでしょ、用意しすぎだって」
「でも楽しいんだから良いじゃん」
時間がゆっくり流れる。互いの笑い声、手の届く距離の温もり、彼女の柔らかい香り。
「じゃあ、ケーキ食べよ」
「まだ食うんですか?」
「冷蔵庫にあるから持ってきて」
冷凍庫を開けると、真っ赤なイチゴが美しいケーキがあった。シャンパンと一緒にテーブルに置き、乾杯する。
数分後、喜多川さんの頬は赤く染まり、少し酔った様子。
「輝く~ん」
「なんですか?」
「目閉じて」
少し戸惑いながらも目を閉じると、彼女の声が耳元で柔らかく響いた。
「はい、プレゼン~ト」
目を開けると、ハート柄のマグカップが二つ置かれていた。
「嬉しいですけど、ハートですか」
「文句あるの?」
「いえ、嬉しいです」
彼女の甘えた声に胸がキュンとする。
「橘君は何もないの?」
俺はバックから小さな箱を取り出す。
「はい、これ」
「手袋?」
「はい、どんなものあげれば良いのか分からなくて、とりあえず」
「嬉しい、ありがとう」
末端冷え性だと知らなかったから、実用的で嬉しいと言ってくれる喜多川さんに、心がほっこりする。
「こういうこと、ずっとやってみたかったんですよ」
「良いね、これからもっと思い出作ろう」
少し勇気を出して聞いてみる。
「あの、喜多川さん……彼氏って今までどれくらいいたんですか?」
「気になる~?」
「まあ」
「一人だけ」
「一人ですか?」
「うん、高校生の時に後輩に告白されて……その子にマフラーももらったの」
彼女の大事な思い出に、自分が少しでも寄り添えることが嬉しい。
「そんなんで俺と付き合ってくれたんですか?」
「うーん、じゃあ一つだけ問題」
「なんですか?」
「私が輝君と付き合った理由、分かる?」
「昔の恋人に似てるからとか?」
「ぶっぶー」
彼女の真剣な表情に、胸が高鳴る。
「ねえ?」
「なに?」
「したい?」
「えっ……冗談きついっすよ」
「そう、ならいいけど」
「拒否はしてません」
「じゃあ……」
手を重ねると、二人の間に静かであたたかい空気が流れた。
初めて恋人として過ごすクリスマスの夜。
時間も場所も、まるで二人だけの世界に閉じ込められたかのようだった。
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