1冊目:5年1組の転校生
「よーしみんなぁー、席ついたかー?」
5年1組の担任、佐々木
あの……先生。ただでさえここに入ってきてから注目されてるから、これ以上あんまり注目されたくないんですけど。
そんなわたしの小さくてかわいい
体育会系すぎるから、運動会とか絶対燃えるんだろうなって感じ。体育、あんまり得意じゃないから正直しんどいな。そのへんうまくやってくれる先生だったらわたしの中で神って呼びたい。
「先生、
窓際の前から3番目に座っている男子が、落ち着いた様子で手を挙げる。
「
大きくうなずいた佐々木先生は、わたしのななめ前に立った。
「
「はい」
佐々木先生にうながされるまま一歩前に出て、大げさにならないように息を吸う。
「
息と一緒に声も吐き出してから深く礼をすると、伸ばしてる前髪がぱさりと目の前にかかった。すこし遅れて、ぱちぱちと拍手が聞こえてくる。わたしは安心して顔を上げた。
「ゆずりは?」
「珍しい苗字!」
「なんかカッコよくね?」
教室中がざわざわしている。転校するのは初めてじゃないけど、この感じ、やっぱりまだちょっとドキドキして慣れない。
佐々木先生が、パン! と大きな音を出して手を合わせた。
「困ったことがあったら、なんでも先生に……もちろんクラスの誰かにでもいいぞ。
「はい」
「じゃあ
「はい、ありがとうございます」
「こっちだよ」
どこだろうと視線を
小さくうなずいて、そこに歩き出す。
「うちのクラスは調子がいいヤツが多いけど、
わはは、と笑う佐々木先生の声が後ろから聞こえて、さっき言われたことが重なった。
『困ったことがあったら、なんでも
先生。実は今、どうしようもなく困ってるんです。
昨日、わたしの前にいきなり現れたおじいちゃんのオバケ。
いったいどうしたらいいですか?
*
わたし、
わりと珍しい
あーでも、名前はけっこう好きに寄ってるかもしれないな。「
音楽の仕事をしてるお母さんと、SE……システムエンジニア?のお父さん。お母さんはもうずっと海外で暮らしてる。一緒の家に住んでたのは、えーっと……幼稚園の年長さんくらいが最後かな。
あまりに世界を
お父さんとふたり暮らしでお母さんだけ別に暮らしてるってわかるとビックリされることが多いけど、特別困ることはない。お母さんとはいつだって動画通話で顔を見て話すことはできるから、さみしいってのもあんまりないかな。時差があるしお母さんは忙しいから毎日ってわけにはいかないけどね。
ひとりっこの10才。5年生。今日から5年1組の生徒になった。
6月のはじめ頃、ここ──新しい街に引っ越してきたばっかりで、今は6月の真ん中くらい。季節外れの転校生もいいところだよね。
今までと違うのは、住む家のことだ。これまでは当たり前のように
見た目はいかにも古いお
引っ越しの日はお父さんが仕事を休んでくれて、家中一緒に回った。そして、ひとつの部屋の前で立ち止まると、わたしを見て言った。
『ここはお母さんが使ってた部屋だよ』
『あ!この前聞いたよ。わたしの部屋にしていいんでしょ?』
『それももちろんだけど、とびきりの場所については聞いたか?』
『え?なに?』
『
『屋根裏……って、あの屋根裏?上にのぼったとこにあるやつ?』
『そうだよ。そこには古い本がたくさんあるらしい。見てみるといい』
『んー……うん。気が向いたらね』
『うん。そうして』
お父さんは少しだけ困ったように笑ってから、『今日はちょっと時間ないし、夕飯買ってくるよ』とスーパーに出かけた。
その間にわたしは自分の部屋をぐるぐる歩いて、どこに勉強机を置こうとか、ベッドはどっち向きにしようかとか考えていた。
それが終わってもまだお父さんは帰ってこなかったから、仕方なく屋根裏にのぼってみたんだ。そしたら、ヒモで結ばれてる古い本がたくさんあった。夏目漱石とか芥川龍之介とか、文豪って呼ばれてる人たちの本や伝記みたいなのもいっぱいあって。
この家に住んでいたお母さんの親──つまり、おじいちゃんとおばあちゃんは今はいない。おばあちゃんはお母さんたちが結婚してすぐに、おじいちゃんは2年前に死んじゃった。外国とか遠くに住んでたから、生きてる時にもほとんど実際は会えてなかったのに。
家族そろっておじいちゃんのお葬式に行く予定だったけど、よりによってわたしが熱をだして行けなくて、実の娘であるお母さんだけが参加した。お父さんはわたしの看病があったから仕方ないって言ってた。だから何が言いたいって、正直、わたしはおじいちゃんもおばあちゃんも顔すらあんまり覚えてないってこと。
それからは時々、お父さんが家を掃除しに来てたらしい。引っ越し前に、お母さんが教えてくれた。だからかもしれないくらい、とにかく思ったよりずっときれいな屋根裏部屋で、わたしは夢中になってヒモをほどいた。読んだことのない、難しい本がたくさんだったから。
そして最後のヒモをほどき終わって、よーしって立ちあがったら……
白いモヤモヤからの、おじいちゃんが現れたってわけ。
どうしていいかわからなくて、わあってなって屋根裏から降りた。ほどいたヒモも散らかした本も全部そのままにして、屋根裏に続くドアの鍵も閉めて、知らんふりして寝ちゃったんだ。
でも、今日の朝。おはようって言ってきたお父さんに返事をしようとしたら──
『どうしたつむぎ?』
(おはよう、つむちゃん)
お父さんの隣に、おじいちゃんがいた。しかも、ものすっごいニコニコしてた。
ていうか「つむちゃん」ってなに?ニックネームなの?
あと、なんでここにいるの?鍵かけたのにどうして出てきたの?
あ!オバケだから意味ないんだ!?
グチャグチャになった「?」を全部勝手に自分で解決してからは、
登校初日から変な子と思われたらアウトだから、学校にはついてきませんように!
いるかは知らないけどカミサマ、お願い!!
……という祈りが通じたのかはわかんないけど、今のとこ学校にはいないみたい。
でも帰ってまたいたらどうしよう。お父さんが帰ってくるまでオバケとふたりとか、ホントやだよ?
*
「ゆーずーりーはーさん」
背中をつつかれて、我に返った。そうだった、今日は転校初日。
あわてて振り向くと、後ろの席の男子がほおづえをついてわたしを見てた。やさしそうに笑ってるのがちょっと大人っぽくて、
「えっと……」
「
「よろしく」
「みんなもよろしくしたがってるみたいだよ。ほら」
休み時間になってたみたい。気がついたら、わたしの席のまわりにクラスメイトの顔がたくさんあった。名前と顔を頭にインプットしていく。
……と、たくさんの頭の向こうがわに、ぴょこぴょこと上下する頭が見えた。
立ち上がって、近づいてみる。そしたら、茶色の髪がふわふわしてる女の子が立っていた。パッと嬉しそうに笑って、ぺこりと頭を下げる。
「ごめんね、あたしちっちゃくて」
照れたようにほっぺたをかいたしぐさまで、めっちゃかわいい。背も低いし、髪もふわふわしてて、ななめにした前髪をお花のピンでとめてて、本当にかわいい。
「あたし、
「かけちゃん?」
「つむぎちゃんの後ろの席の」
「あ……
「そーそー。クールぶってるけど本当はぼんやりしてて先生たちからはしっかり者って言われてるけどやっぱりぼーっとしてて危ないヤツだよ」
「ひな。きこえてる」
「ひえ!?」
急にうしろから声がして、飛び上がりそうになった。立っていたのは由依くんだ。
「楪さん。ひなの言うことは真に受けなくていいから」
「ちょっとーかけちゃん、楪さんってのはないなー」
「え?」
プンプンしながら言った藍沢さんの言葉に、疑問形になったのは由依くんだ。
「楪さんはちょっと遠い!距離感!距離感!」
「ひな……それはひなの感覚」
「藍沢さん、わたし気にしないから」
「ひなきでいいよ!あたしもつむぎちゃんって呼ぶし!」
「ひなきちゃん……」
「うん!よろしくね。つむぎちゃん」
お、おおおおお。
ふんわりしてる見た目からは想像できなかったくらい、藍沢さん……じゃない、ひなきちゃんはハキハキとした早口で喋って手をのばしてきた。ぎゅっとにぎられた手はあったかくて、ひなきちゃんの笑顔がすっごくうれしそうなのもわかった。
「てことでー、かけちゃんもー」
「あのな?ひな。いきなり名前呼びなんて、楪さんが嫌がるかもしれないだろ」
わたしは別に名字でも名前でもどっちだって気にしないけど、由依くんはちょっと……って感じなのかもしれない。ひなきちゃんはうーんと考え込んだと思ったら、パッと顔をあげた。
「じゃー、つむぎちゃんはかけちゃんのこと駆って呼ぼっか!」
「ひーな」
「かけちゃんはうるさい」
「え、えっと……。駆くん……って呼んでも大丈夫?」
けんかになりそうなふたりを止めたくて、わたしは由依くん……じゃない、駆くんにおずおずと切り出す。
「うん。オレは大丈夫だけど」
「やった」
「ごめんな。ひな、強引だから」
「だからかけちゃんはうるさい」
見た目と違ってにぎやかなひなきちゃんと、見た目どおりで冷静な駆くん。
動画でたまに見るお笑いコンビみたいで、わたしは思わず笑っちゃった。
「つむぎちゃん?」
「ご、ごめんね。楽しそうなクラスだなって思って」
ひなきちゃんはキョトンとしてたけど、すぐに笑顔になってわたしの腕に手をまわしてきた。肩にふわふわの髪があたって、ちょっとくすぐったい。
「楪は前向きだな……」
駆くんはそう言って、小さくため息をついた。
だって、ひなきちゃんのおかげでクラスになじめるのは早そうってのは絶対ある。今も、さっきのやりとりを見てたクラスの子たちが「じゃあつむぎちゃんって呼ぶね!」なんて話しかけてきてくれる。
ひなきちゃんってすごいなあ。
そんなことを思ってると、ひなきちゃんがこっそり耳打ちしてきた。
「つむぎちゃん、放課後って用事ある?塾とか部活とか」
「ううん。塾はないし、部活もまだ決めてないんだ」
「じゃあ学校案内したげる!」
ぶっちゃけすごい助かる。
この学校はけっこう広いし5階建て。5年1組があるのは4階だ。体育館が2階にありますよってことだけ佐々木先生が言ってて、なにそれ!ってびっくりした。
「うん!じゃあ放課後ね!」
そう言ったひなきちゃんは、嬉しそうに笑っていた。
*
「ここが図工室で、こっちが理科1!で、あっちが理科2!」
「1と2で何がちがうの?」
「わかんない。まだ使ったことないから。でも、ガイコツがあるのは2らしいよ」
「ガイコツ?あ、人体模型?」
「それそれ」
「んでー、あっちのはしっこにエレベーターがあるんだけど、
「え、じゃあなんであるの?」
「給食運んだりとか」
「あーなるほど!」
放課後の校舎をひなきちゃんと並んで歩きながら、わたしは楽しんでいた。
学童や部活の生徒以外は、ホントは
あと、佐々木先生も迷うことあるって笑ってた。大丈夫かな、あの先生。
「つむぎちゃんって、転校はじめて?」
「ううんー。小学校だと2回目かな」
「ってことは、お引越しは初めてじゃないの?」
「うん。なんかいろんなとこ連れ回されてた」
「へえ!楽しそう!」
お?
と思っていたら、ひなきちゃんがきょとんとする。
「……あれ、どうかした?つむぎちゃん」
「楽しそうって言われたの初めて」
「え?だって楽しそうじゃん?えっ、えっ、それ以外ある?」
わたしを見るひなきちゃんは、なんで?って言いたそうな顔をした。
だってわたし、転校ばっかりって言ったら、「大変だったねー」としか返されたことないんだよね。
ひなきちゃんはもう忘れちゃったみたいにケロッとして、わたしの手をひいた。
「んで、3階のここがねー」
そこまで言って、さっきリップをぬってた口に人さし指をあてて、しーってする。
ドアのとこにあるプレートを見て、わたしもわかった。
「図書室だよ」
静かに言ってから、ひなきちゃんはそうっと引き戸に手をかけた。
きれいな茶色をした木の引き戸が、重そうにカラカラと動いて開いていく。
「……!」
すごい。街の図書館みたい。
中も広くて、たくさんある本棚もきれい。手書きなのかな。画用紙で「低学年向け」とか「高学年向け」とか書かれててコーナーにわかれてる。たくさんある。前の学校とは全然ちがう。すごい。本がたくさん……
「つむぎちゃん? どうしたの?」
「えっ、あっ、きれいでびっくりしちゃった」
「
あわてて本棚からひなきちゃんに目を向けたとき、後ろから声がした。
「かけちゃん、なにそのついでみたいな言い方」
「ひなは滅多にこねーだろ? 図書室」
「案内してたの」
ふりむく前にひなちゃんが話しかけて、声の正体、駆くんがひなきちゃんとは反対側に並んだ。駆くんは、何冊も本が入ってるカゴを持っていた。
たくさん借りる人はカゴに入れるのかな? 楽しそう。
その中に1冊、見覚えのある表紙を見つけた。
「駆くんは『
「え?……ああ、これ?
「返却?」
「オレ、図書委員だから」
「かけちゃんはねぇ、本が大っ好きなんだよ。ちっちゃい時から外で遊ぶより本が好きってやつ」
「否定はしない」
え。とてつもなく意外。
クラスでもわりと人気者っぽかったし、顔もまあまあイケメンだし。
話し方が大人っぽいから「サッカーしようぜ!」的な感じには見えないけど、外で遊ぶより本が好きなんて見えない。やって野球とか、頭よさそうだし将棋とかしてそうなのに。
「楪の質問に答えると、枕草子はまだちゃんと読んだ事がないから好きかどうかも答えられない。いずれ原文も読んでみたい」
「へ、へえ」
「変わってるでしょ。これで10才とかどうかしてる」
「ひなはもう少し本を読め」
「うるさいな。マンガは読んでるもん」
「……楪は本が好きなの?」
「えっ」
駆くんがまっすぐ私を見た。
「図書室入ってきた時、そういう顔してた」
そういう顔?どういう顔?
いきなりの質問になんて答えたら正解なのか、わたしはテンパる。
「き、嫌いじゃないよ」
わたわたしながら出てきたのは結局そんな言葉で、駆くんは「ふーん」と目を細くしてわたしを見てる。な、なんか
ひなきちゃんは不思議そうにわたしと駆くんを順番に見てから、ニッと笑った。
「ねーねーかけちゃん」
「なんだよ」
「図書委員は何時まで?」
「4時半」
「あと30分もないね。つむぎちゃんは正門出て右左、どっちがおうち?」
「え?ひ、左」
「おんなじだ。3人で帰ろ?てか、つむぎちゃん送ってこ!」
流れ的にひなきちゃんとは一緒に帰るかなって思ってたけど、いきなりの駆くん参加にびっくりする。駆くんは一瞬だけ眉をゆがめた。でもすぐに「わかった」と頷いた。
「そこ、図書室では静かにしなさい」
初めて見るメガネの先生が厳しく言う。
「あ、ヤッバ。はーいごめんなさーい」
「ひなはうるせぇんだよ」
「ごめんって。じゃーかけちゃん、ゲタ箱にいるからね!」
「ひ、ひなきちゃん」
「行こ、つむぎちゃん」
ひなきちゃんに手をひかれながら、わたしたちは図書室から出た。
*
「えっと……よかったのかな」
「え?なにが?」
ゲタ箱の前に座り込んだひなきちゃんに、わたしはオロオロしながら話しかける。
「駆くんのこと」
「かけちゃん?だいじょーぶだいじょーぶ!いつものことだし」
アハハッと笑って手をブンブンしてるひなきちゃんは、たまーに会う
「
「えーっと……ギャップにちょっとびっくりしてる」
「あたし?アハハ、よく言われる!」
「アハハじゃないよ、もう」
後ろから聞こえてきたつめたーい声に、わたしはバッと振り返った。
手を組んだ駆くんがハァと大きくため息をついて、ゲタ箱からクツを取り出す。
「かけちゃん、おつー」
「おつでもないってば」
駆くんはまたハーッと息をはいた。きちんとそろえて置いたクツを片足ずつ穿く駆くんは、テヘ! と笑うひなきちゃんをジトーっと見る。
「ひな。まだケンカしてるのか? ユウと」
ユウ……? きょとんとしたわたしの隣で、ひなきちゃんから笑顔が消えた。
ぷくりとほっぺを膨らませて駆くんをにらむ。
「ユーマは関係ないでしょ」
ユウ?ユウマ?えーっと、同じ人のこと??
頭の中がハテナばっかりのわたしの手を、ひなきちゃんがむんずとつかんだ。
「今日はつむぎちゃんとかけちゃんと帰るんだから」
「ひなきちゃ」
「オレらを巻き込むなよな……まったく」
ひなきちゃんはわたしと手をつないで、どんどん行っちゃう。
後ろからついてきた駆くんは、目が合うと、「悪いな」と言った。
「つむぎちゃん、そんでどっち行けばいい?」
正門を出て左に曲がったところで、ひなきちゃんはいきなり振り向いた。目の前にあるでっかい目にびっくりしながらも、そういえば送るって言われたことを思い出す。
「あ、えっと……
「2丁目……
「
勢いよく入ってきたのは駆くんだ。本が好きって言ってたし、知ってるのかな。
でもあそこ、ボロすぎて看板の字が消えてるからお店の名前がわからない。
「ごめん、わかんないけど多分それだと思う」
「仲町2丁目でボロいなら間違いないよ」
「かけちゃん、ちっちゃい時からよく行ってるもんね」
「最近あそこのばあちゃん調子悪くて、店があんまり開いてないけどね」
「そうなんだ?でね、そこの交差点を左に曲がった先にある、えーと……オレンジ?っぽい
その瞬間、広い歩道で車道側を歩いてくれてた駆くんの足が止まる。
「……や、まさかな……」
駆くんは腕を組んで、何やらブツブツ考えているみたい。
なに? わたしの家が、どうかしたの?
「ごめん楪、行こう。たぶん気のせい」
でもその駆くんの言葉が間違ってたことは、すぐに判明した。
あそこ、とウチを指さした瞬間、駆くんは口をあんぐり開けた。それまで大人っぽいって思ってたけど、初めて普通の5年生の男子に見えた。
「かけちゃん、知ってるおうちなの?」
ひなきちゃんが言う。
わたしもそうなのかなとは思ってたけど、でもそんなことあるはずない。引っ越してくるまで、2年くらい空き家で。その前に住んでたのは、おじいちゃんだ。おじいちゃんと駆くんが友達なんてこと、あるはずなくない?
………あ。帰ってもまだいるのかな、おじいちゃんのオバケ……
1歩ずつ家に近づくのと比例して、一気に気分が重くなる。駆くんはちょっと興奮してるみたいに声が大きくなって、わたしの肩をトントンとたたいた。
「本当にあれ、楪の家なの?」
「ウチ……っていうか、お母さんの実家?つまりおじいちゃんち」
「おじいさん?名前は?」
「え?」
おじいちゃんの名前?
「……知らない」
っていうか、普通知ってるもんなの?
答えられなくて微妙に気まずい思いをしたまま、ウチが確実に近づいてくる。わたしの頭の中はおじいちゃんでいっぱいだ。
まだいるのかな。このふたりを連れてったときにいたら、どうしたらいいんだろ。
「つむぎちゃんつむぎちゃん」
「ん?なに、ひなきちゃん」
「今思い出した。あたしもつむぎちゃんち、知ってるかも」
「え」
「あたしは入ったことないけど。ね、かけちゃん」
もともと大きい目をもっとくりくりさせたひなきちゃんは、駆くんに言う。
駆くんは信じられないって顔をしながらうなずいた。
「うん。やっぱりそうだ」
そしてわたしの顔を見る。
「オレ、この家来たことあるよ」
………はい?
*
「すごい、昔の日本
玄関(ちなみに棒みたいな長い鍵を差して回して、ガラガラーって横に開くふっるいやつ)に入った瞬間から、ひなきちゃんはキョロキョロと見回して興奮してる。
「あんまじろじろみるなよ。失礼だぞ」
駆くんはそんなひなきちゃんを怒りながらも、感動したように室内を見ていた。
変わってない、とか、そんなことをブツブツ言ってるのが聞こえる。
「とりあえず座ってて。お茶持ってくるね」
「え!いいの?ありがとー!」
「悪いな」
言うが早いか、ふたりともリビング続きになっている
わたしも初めてここに来た時感動した。だって、フローリングのリビングから縦に長いガラス
昔は和室だったけど、
本物の縁側がこうなのかは知らないけど、他に呼び方がわからないからそう呼んでる。
わたしはキッチンに行って、冷蔵庫を開けながら──まわりを
おじいちゃんのオバケ、今のところ姿を現さない。
屋根裏にいるのかな?あそこに行かなければでてこない?
あれ、でもじゃあ朝はなんでいたんだろ?
頭の中グルグルしながらも3人分のコップに麦茶を入れて、縁側に向かう。気付いたひなきちゃんがわたしに手招きしながら首を傾げた。
「ねーねー、お父さんいつ帰ってくるの?」
「んー……6時くらい?かな。前より早くなったんだ」
だから、学童だとちょうどいい。でも今の学校は学童がいっぱいらしくて、しかも5年生だから部活もあったりして遅くなるし入らないことになっていた。わたしの帰りが早い日は、だいたい2時間くらいは家にひとりでいるってことになる。
そう言ったらひなきちゃんがハーイと手を手を挙げた。
「なら今度からうちにおいでよ!一緒に宿題とかしよ?」
「いいの?」
「いーのいーの。うち近いもん。ひとりは危ないよ?」
「んー……ひなきちゃんのお母さんがいいよって言ったらね」
「問題ないって。お母さん、部屋で仕事してるからほとんど顔出してこないだろうけど」
「おうちで?」
「うん。けっこー忙しくてねー」
そんな話をしながら座布団に座って足を投げ出してるひなきちゃんは、縁側からの風を受けて気持ちよさそうにしている。麦茶を出したら、その隣に座る駆くんが「ありがとう」とちょっと頭をさげた。こういうところが大人っぽい。
今まで知ってる同級生の男子がお茶を出されてお礼を言うところなんて、めったに見たことない。めったにっていうか、ほとんどない。
駆くんは麦茶をひとくち飲んでから、かしこまったように座布団の上に正座をする。
「……あのさ、楪」
うん、わたしも駆くんには聞きたい事があるんだ。
「駆くんがここに来たことあるって話だよね?」
「うん」
「ここ、2年くらい前までおじいちゃんが住んでたの。その頃に来たの?」
「……うん。ほら、さっき話した仲元書店あるだろ?あそこで知り合ったんだよ」
「仲元書店……駆くんが?」
「そうだけど」
なんで?って言いそうな顔してる駆くんを見て、ひなきちゃんを見る。
「かけちゃんはねー、幼稚園くらいからよくわっかんない本ばっかり読んでたんだよ。ヘンタイ的に本が好きなの」
ヘンタイとまでは思わないけど、変わってるとは思う。
「ちょっといい? さっき通ったとき見つけたんだ」
駆くんは立ち上がり、リビングまで歩く。電話がおいてある大きめの台にいくつもある写真たて。その中のひとつを手にとって、わたしに見せる。
「オレは
駆くんが指さしたのは、赤ちゃんだったわたしを抱っこしてるおじいちゃんだった。
「悟さん……」
おじいちゃんの名前、そんな感じだったような気がしないでもないけど、覚えてない。
(ひどいなぁ)
「そう言われても覚えてないもんは覚えてないし」
(じゃあ苗字は?)
「えー?苗字……?なんだっけ……」
「楪?」
「つむぎちゃん?」
え? って顔をあげると、目の前にいる駆くんが不思議そうな顔をしてて。
縁側からこっち見てるひなきちゃんも、おんなじ顔をしてた。
「え? なに?」
「それはこっちのセリフ」
駆くんが言う。
「ひとりごと?苗字って何の話?」
ひなきちゃんも言う。
え?ひとりごとって?
「だって今、名字はって」
「オレ聞いてないよ」
「あたしもお茶飲んでただけだよー?」
(つむぎちゃん、こっちこっち)
……まさか。いや、まさかとか言わなくてもわかってる。半日ぶりに聞く声。
おそるおそる後ろを向いた。
(駆くんと友達になったのかぁ。安心だなぁ)
そこにいたのは、ニッコニッコしながら腕をくんで、うなずいてるおじいちゃんだった。
「おおおおおじ」
出たーーー! オバケ!!
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