閉じた本を開くとき

逢坂美穂

はじまり

 あまりのことに声も出ない、なんて言葉があるじゃない? 

 学校に遅刻ちこくしそうになって慌てて走ってる途中、道でぶつかったイケメンが転校生だったとか、お出かけしててあこがれの芸能人げいのうじんにぐうぜん出会っちゃうとか、とにかく予想もできなかった! みたいなことに対して、キャー!って黄色い悲鳴ひめいさえ出ない、本当にびっくりして何にも言えなくなっちゃったみたいなやつ。あ、全部経験したことはないけど。

 ああいうの、漫画まんがや小説で読んだことはあったけど、まさか自分が経験するなんて思ってなかった。

 でもね、わたしとしてはね、きゃー!って叫んだつもりだったんだよ。

 だけど、まったく出来てなかった。実際は池のコイみたいに口をパクパクさせてただけで、のどの奥から「ひっ」って、変なからびた音が出てきただけだった。

 場所は、古い一軒家いっけんやの屋根裏。いかにも〜な雰囲気ふんいきマシマシでしょ? でもすっごくきれいにしてて──って、今はそんな話をしてる場合じゃなかった。

 時間は──屋根裏には時計がないから正しくはわかんないけど、とりあえず夕方のはず。小さい三角の窓からさしこんできてるオレンジ色でわかる。夕日ってきれいだよね。朝日も好きだけど、どっちかっていうとわたしは夕日の方が好き。

 さっきも言ったけど、そういう、雰囲気たっぷりな場所でそれは起こった。

 目の前にいきなりぼんやりと、湯気とも違う白っぽいナニカが浮かび上がったと思ったら、それがボヤ〜ってまとまって……輪郭りんかくっていうのかな。それがだんだんハッキリとしてきて、人っぽいなとは思ったの。そう思った瞬間しゅんかんに身体がかたまっちゃって、そのうち着物?浴衣?わかんないけど、とりあえず和服ってだけは確実なものを着てるおじいさんだってわかって。

 さっき説明したからびた声が口から出たと思ったときには、尻もちをついていた。腰がぬけたらしい。これも初めて。夜じゃなかったからか、怖い!って感情はあんまりなかったけど、これが心霊現象だってことだけはわかった。

 そして肝心かんじんの、和服っぽいのを着たおじいさんは「はて?」なんて言いながら首をかしげて腕を組み、わたしの顔をまじまじと見ていた。頭のてっぺんから脚の先まで、「ふむふむ」、じーって。

 

(……つむぎちゃんか?)


 えっ。オバケが話した? 

 ……や、耳から聞くのとはちょっと違うかも。「頭の中に直接」ってやつかもしれない。不思議な感じはしたけど、確かにおじいさんの声が聞こえた。

 ガン見して動かないわたしとは反対に、両手をバンザイして一気に嬉しそうになったおじいさんは、


(おお!やっぱりそうだ!つむぎちゃんか!!)

 

 そう言って、わたしにガバッと抱き着いてきた。

 ううん、抱き着いてこようとした。

 透明なおじいさんはアッサリわたしをすりぬけて、音もなく床に倒れてしまった。え、痛くない?と思ったけど、むっくり起き上がったおじいさんは平気そうだ。

 おまけに、わたしを見てニッコリ笑う。

 

(驚かんでいいよ。こわくないから。じいちゃんだから)

 

 そんなこと言われてもさ、と思いながら心臓が飛び出しそうになってる胸を手でおさえて、おじいさんを見た。灰色に近い髪と、目のはしっこにあるやさしそうなシワ。笑ってるからすごく深いシワだけど、それがすごく安心する感じ。

 ………あれ?わたし、この顔知ってる気がするんだけど。

 目をつむって、必死に思い出そうとする。

たしか、お母さんが飾ってねって言ってた写真の中にひとつあったはず。リビングに置いてある、たくさんの写真立ての中の1枚。

 そうだ、あの中に1枚だけあった。

 ちょうど写真の真ん中に立ってる人がいて、その両側にお母さんとお父さんがいて。お母さんはちょっとだけ心配そうな顔をしながら、真ん中の人に抱っこされてる赤ちゃん──わたしをみている。で、他でもないわたしを抱っこしてる真ん中の人は、灰色に近い髪をしていて──……あ。

 写真でみたおじいさんと、目の前に立ってる(?)おじいさん。

 おんなじ顔してる!?


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