第4話 ウチの騎士団長、最強になってた

 もう学園へ行くのが億劫になっていた僕は、午前中の授業を完全に諦めた。そして何を思ったのか、僕の部屋で食器の後片付けをしていたパスタに、この後オーベルクを修練場へ来るよう申し付けをしてしまったのだ。


「何を考えているんだ、アーク。まさかまた、オーベルクと模擬戦でもしようとでもいうのか……」


 頭ではまったくもって拒否していたことなのに、言葉が無意識で勝手に飛び出して放たれていたのだ。


「怠惰が過ぎる、ということか……」


 自覚はとっくにあった。


 思い起こせば、あの生徒会室へ大量に届いたお菓子を、何気なく食べてしまったアレがよくなかった。その後、旧王家のお嬢様、ライラ・アイゼンバーグと週1で食事会をしていたのもマイナスだったのだろう。


「あの夕食は毎回、すぎた……」


 美味い飯を食べた時に出る、脳内麻薬が完全に垂れ流し状態になってしまったのは不味かった。おかげで家の食事でもそういうのを出すように料理長に命令してしまったのはもう不覚中の不覚。愚かの限りだ。


「いやもしかしたら、これもメルトの策略だったんじゃ……」


 だが今さらそれを後悔してももう遅い。

 一度芽生えてしまった食欲というのは、そう簡単に抑えられるものではない。


「人間の三大欲求、恐るべしといったところか……」


 いや悟っている場合じゃないな。

 僕から呼びつけておいて、今さらやっぱなしってのはプライドが許さない。


 初心に帰れ、アーク・ヴィ・シュテリンガー。

 いい加減にこの状態をなんとかしないと、メルトに抹殺される前に、再び芽生えた肥満フラグで自滅してしまうのがオチだぞ。


「別に能力値が、下がった訳でもない。痩せればいい。簡単なことだ」


 実は先ほど、自身の身体情報を確認したついでに、能力値のほうも一応見ていた。レベルや職業、覚醒スキルに関しては、以前確認した時と変化は特になかった。


 ただ基礎パラメータのほうで、体力だけが明らかに前に見た時と違っていた。


 おそろしく下がっていたのだ。

 まぁ、わかっていたことではあるのだが、今このグランドテイルズの世界において体力値というのは、単純にスタミナの量という意味で数値化されているらしい。


 ゲームをしている時はイマイチなにに関わる数字なのかよくわかっていなかったが、少なくともここではその解釈で間違いない。


「この世界へ転生して、最初に戦ったのがオーベルク。その時は問題なく勝てたんだ。体力値は二桁台まで下がったが、たぶん大丈夫だろう」


 オーベルクとの模擬戦を皮切りに、僕は再び舞い上がる。


 プラスに考えよう。

 とにかく、もう一度あの理想的な生活リズムを取り戻して、最高の肉体を再び手に入れるんだ!





「アーク様。お久しぶりです」


 修練場の空気感は変わらない。

 とても殺風景で、無駄のない空間だ。


 オーベルクが言うように、彼女と直接会うのはおおよそ3か月ぶり。シャンバラヤの後、体力の底が尽きた僕を介抱してくれたあの日以来だ。


 特に会うのを躊躇っていたとか、そういうことが理由ではない。

 彼女は騎士団の任で遠征に出ていて、物理的に顔を合わせる機会がなかったというだけの話だ。帰って来たのはここ最近の話。


「(いや、それにしても……)」


 修練場の様相とは違い、オーベルクは変わっていた。


 これまでの彼女とはまるで違う。

 ただ父の護衛で遠征に出ていただけなのに、何故これほどまでに強者の威圧感を感じるのだろう。


 纏う剣気が、出会った時のそれとはまるで別人かのようになっている。アレはすでに剣聖級のオーラを身につけている言っても過言ではないだろう。


「ずいぶんと腕を上げて帰って来たようだな。見違えたぞ」


「い、いえ……」


 少し蔑むような目線で僕の全身の肉をチラチラと伺うオーベルク。


 いや、みなまで言わなくてもいい。

 「アーク様は白豚へ逆戻りではないですか!」と心の中で嘆いている声は、僕の鼓膜の奥まで届いているから。


「ふっ。そう謙遜するなオーベルク。今のお前であれば、もしかしたら僕に勝てる見込みが万にひとつくらいはあるやもしれんぞ」


「(むっかちーん)」


 あ、オーベルクの表情が変わった。

 あの顔は、僕が彼女と最初に模擬戦をした時とまったく同じだ。


 「調子に乗るなよ白豚が」って毒づく感じのアレね。


 どうやら僕の皮肉めいた一言は、再び彼女の自尊心を大いに傷つけ、怒りのボルテージを上げてしまっていたらしい。


「近頃のアーク様は怠惰が過ぎると聞いています。ならばその性根、私が根本から叩き直して差し上げましょう」


 すでに模擬戦の準備は整っている。

 木剣をスッと中段に構え、鋭い眼光で僕を睨みつけてくるオーベルク。


 この感覚……

 なんか、懐かしいな。


 心の奥底から滾るモノを感じる。

 最近はダンジョン周回もサボっていたし、戦闘なんてまるでしてなかったからな。


 まだ、僕の中に闘争心のカケラは残っていたようで安心した。


「(いや、しかし……)」


 このぽっちゃりデバフが掛かっている今の僕の状態で、本当に彼女を圧倒することができるのだろうか。能力値的にはおそらくまだ勝てているだろうが、体力面の衰えが著しいことを考えると長期戦は圧倒的に僕が不利だ。


 先手必勝。

 小細工は必要だが、一撃でわからせる必要がある。


 前世の業を背負い、破滅フラグをすべてへし折ると誓ってこのゲーム世界へ超越してきた僕の底力は、ぽっちゃりデブァフの呪いになど負けはしないのだ。


「いいだろう。その実力、しかとこの僕に示してみろ」


 僕も軽く腰を落とし、腕を後ろに引き一足飛びでオーベルクの間合いを侵略できる態勢をとる。


 相手にとって不足なしだ。

 速攻で、ケリをつける!


「準備はよろしいですか? アーク様」


「ああ」


「では、始めましょう」


 そうオーベルクが告げ、模擬戦の幕は静かに上がった。


 彼女は完全に僕を迎え撃つ体制だ。剣を構えたままその場でピタリと制止して動かない。カナデに伝授した“後の先”でカウンターを狙う戦略なのだろう。



 ……好都合だ。


 

 真正面からなりふり構わずぶつかって来られるほうが厄介だなと思っていた。冷静でいてくれる方が逆に


 さぁ、それでは参ろうか。


 図らずもこの展開になった以上、すでに僕の勝利は約束されていた。





「くっ、ころ……あ、いえ。参りました、アーク様……」


 くっころ?

 なにそれ。どういう意味?


「想像以上に腕を上げたな、オーベルク。正直、僕は肝が冷えたよ」


 木剣を彼女の頸動脈に突き付けながら、僕はこの戦いの正直な感想を述べた。


 本心だった。

 まさか盤石の布陣でこの戦いを勝ち取りに行ったこの僕が、ここまで薄氷の勝利に終わるとは思ってもみなかった。


「とんでもございません、アーク様。私などやはり、まだまだ貴方様の足元にも及ばないことが理解できました」


 いや、充分及んでましたけどね。


「随分と精進していたようだな。僕は素直に嬉しいよ」


 彼女の実力向上は僕にとっても大変プラスの要素だ。これは正直な気持ちだ。


 ちなみに僕は退化(怠惰)してましたけどね。

 いや、それも今日この時を持って終わりにするとここで宣言させてもらう。


「ありがとうございます。ただ……」


「ただ?」


「やはり魔法を使用されるのは、いささか納得のいかない部分もありますけどね」


 彼女は優しく微笑みながらそうつぶやいた。

 最初の模擬戦でもそんなこと言ってたな、オーベルクは。


 だがそこは、あれだ。あの時も言ったが。


 戦場にルールなど……


「戦場に規則など存在しない、でしたか?」


 僕が言う前に、オーベルクは先んじて答えを言った。

 もちろん、これは僕が最初の模擬戦後に彼女へ放った言葉である。


「ああ、そのとおりだ」


 彼女はちゃんと理解している。

 ただ負け惜しみを少しだけ、僕に言いたかっただけなのだろう。


「それにしても僕のS級闇魔法、影僕シャドウスレイブ20体を軽々と粉砕したあの剣技・剣速には本当に痺れたぞ」


「いえ、もったいなきお言葉」


 そう、僕がいま言った言葉の中に、この模擬戦の詳細は凝縮している。


 少し説明しておくと……


 戦いが始まってすぐに、僕は自分の分身体をオーベルクへ投下し、隙ができたところを本体の僕がチェックメイトする戦術で臨んだ。


 いや、正確には影僕シャドウスレイブは1体だけ出して決着をつける予定だった。この魔法における僕の分身体は、僕の半分程度の実力は備えている。それで十分隙は作れると考えた。


 だが、オーベルクは1体目をすぐに両断。

 本気になった僕が連続で10体逐次投下しても、彼女は僕の原作知識を凌駕した剣技でまとめて影僕シャドウスレイブを圧倒した。


 ラチが開かないと思った僕は、さらに分身体を9体準備。それらを同時にオーベルクへと襲い掛からせ、その中の1人に僕自身を紛れ込ませて不意打ちする戦術でなんとか彼女を欺き、勝利したのだ。


 ここまでしなければ勝てないほどに、オーベルクは強くなっていたのだ。


 このままでは、いつか僕が彼女に敗れる日が訪れてしまうだろう。


 それでは本末転倒だ。僕は最強の極悪貴族。他の誰よりも強くあらなければならない、運命を背負った覇道の申し子なのだから。


「(僕も、もう一度最初からやりなおしだな。生徒会へはしばらく顔を出さないでおこう。メルトのことより、まずは自分ことが優先だ。それにそろそろ情報の整理も必要だろう。なので今日の放課後は生徒会室ではなく、エニグマダンジョンのミルちゃんのところへ行ってこようかと思っている)」


 ああ、もちろん当然のことだが。

 お菓子や脂っこい食事についても、ちゃんと卒業するとここで誓わせてもらう。


 

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