第5話 嫉妬を募らせる自称彼女(本)
以前とは違い、エニグマダンジョンの地下5階へ行くのには苦労した。
なんせ今の僕には体力がない。
魔物を狩るのはそれほど動きを必要としないから問題ないのだが、歩いて目的地へ向かうこと自体は自力が必要だから結構しんどかった。
でも、なんとか隠し部屋のある地点まで辿り着いた。
いつものように【
「はぁ、疲れた。さて……」
ミル氏はご在宅でしょうか、と……
あ、いつも通り床の定位置に落ちてた。
表紙にデカデカと“M”の文字が刻まれた、緑の古本が視界に入る。
「や、やぁミルちゃん。久しぶりだね」
「……」
彼女は無反応だ。
なんだ、寝てんのか?
「おーい、ミルちゃーん」
「……」
返事がない。
ただの屍のよう……ってことはないだろう。
たぶん寝てるんだな。
時間を無駄にするのは好きではないが、少し待ってみるか。
待つこと2分弱――
沈黙ののち、ミルちゃんは急に烈火のごとく話し始めた。
「……お姉ちゃんと浮気しておいて、よくもまぁ、いけしゃあしゃあとこの場所へ顔を出せたものですねッ!」
はぁ?
第一声でまったく記憶にない濡れ衣を着せられ、僕は正直戸惑った。
ただ、思い当たるフシはある。
おそらく、彼女が勘違いをしているのは……
「浮気? いや、アス姉とはたまたま偶然、ガストラダンジョンの奥で出会って少し話をしただけで、特にいかがわしい何かをした覚えなんてこれっぽっちも……」
「二番目の彼女なんて、許されるはずないじゃないですかッ! そもそもアークさんは倫理観が欠落しすぎなんですよッ!!」
彼女達ってたしか知識を共有してるって話だっけ?
その辺りの事実関係は未だによくわからないが、少なくともミルちゃん(ミステリアブル)はアス姉(アステリアリス)が僕に提案してきた二番目彼女騒動の真相を知っているようだ。
いや、アレ冗談だったんよ、冗談。
道徳に乏しい自覚は確かにあるが、そこは正確な情報で正しく判断してもらわなくちゃ困るな。
いや、そもそもの話――
ミルちゃん。
アナタ僕の彼女じゃないですからね。
「あーすまない。僕はそんなつまらない話をするために、わざわざこんなところに足を運んだワケじゃ……」
話している途中で失言だらけであることに気付くぽっちゃり僕。
「つ、つつ……つまらない、話ですってぇぇぇぇ!!」
やっちまいました。
「あ、ゴメン! 別に悪気があったつもりじゃ……」
「アークさんこそなんですかッ! そのだらしのないお腹とアゴのお肉はッ! ちょーっと自分が強いからって、調子に乗りすぎたんじゃないんですか!」
うわぁ、痛いところを突いてきやがる。
「ち、違うよ! 僕は別に調子に乗っていたからこうなったワケじゃ……」
「私、全部知ってるんですからねッ! また新しくたらし込んだ結界魔法師の高飛車女とイチャコライチャコラしてたの! しかも最近、アークさんが太ってきて興味なくなくされちゃって、食事会にお呼ばれしなくなったこともッ!」
ライラ・アイゼンバーグのことね。
いつものことだが、別にイチャコラはしていないのだが。
そして新事実。
どうやら僕の肥満化が原因で、あの食事会には招かれなくなってしまったらしい。ちょっとだけへこむ僕。だがそこは流石のミルちゃん。僕の現状は基本的にすべて把握しているものと推察されるから、これからの話が早く済みそうで助かる。
夕食までには間に合うように帰りたいからね。
長居はしたくない。
「旧王家のアイゼンバーグ家。あの一族が収集したメルトに関する情報について、ミルちゃんはどの程度知ってるの?」
僕が元々週イチであの家の夕食会に参加していた理由は、その情報を聞き出すためにあった。目的は達成されたのだから、招かれなくなったこと自体を嘆く必要はまったくないのだ。傷ついたけど。
「ふぅ……ふぅ……話を逸らそうったってそうは問屋が卸さない……」
もう、面倒くさいな。
キミが僕の目力に弱いことはもうわかっているんだ。
「頼む。教えてほしい」
えい。
「(トゥンク)」
よし、効いた!
「どうなの?」
「メ、メルトが裏貴族界隈で動いてるって、あの話ですよね? さ、最近小耳には挟んでいた話ではあるんですけど……か、関係者から直接
言質て。
効果範囲6万kmを誇る【
てか、小耳には挟んでいたんだ。
ちなみに裏貴族界隈とは、単純に裏で悪いコトを企てている貴族連中のことだ。その中には現役も多くいるが、中には現王家から爵位を剥奪された家や没落した王家の末裔たちが身を寄せる界隈でもある。
ライラの家は旧王家だが、その界隈には身を染めていない。にも関わらずメルトが最近接触してきたという話を、彼女の家の執事ロイが話してくれたんだ。
「どんなウワサがあるのかわかる?」
「あ、えーっと。ちょっと待ってくださいね。サーチします」
声が明るくなっている。
機嫌は完全に直っているようだ。
データ内部を検索してくれているようなので、少し待つことにしよう。
「やっぱりどれもエビデンスのない、突拍子もない話ばかりですね」
「例えば?」
「メルトは転生者なんじゃないかとか、裏貴族を束ねてクーデターを起こそうとしているんじゃないかとか、どれも憶測で根拠のない妄想ばっかりですね」
自分のこともあるから絶対にないとは言い切れないが、現段階でそれを判断できる情報はないようだ。
「メルトは転生者ではないんだよね?」
「さぁ。わかりません」
「このグランドテイルズの世界を壊そうとしている?」
「さぁ。それもサッパリです」
全然役に立たないじゃないかよ、ミルちゃん!
「予想は?」
「うーん。これはちょっと雲を掴むような話なので確証はないですけど……」
それでも僕より情報ソースが多大なのは確かだ。
「一応、聞かせてくれないか」
「今はとにかく、この世界で現実に起こっている問題や事象を集めてるって感じがします。あの高飛車女の執事さんもそんな風に言ってましたし」
頭使ってないよね? ミルちゃん。
それは僕も知っている予想だ。
やれやれ。
僕にとって最も大事な情報は、結局得られないままか。
本人に直接聞いたって教えてくれるハズもないだろう。
今は二人の予想を前提に少し様子を見させてもらおうと思う。
いずれにせよ、僕の理想体型を取り戻すことが今は優先すべき事項だろう。
「そっか。そこはもう様子見るしかないね」
「すいません。あまりお役に立てず」
「全然いいよ。あ、サリエルのほうはどうかな? 僕がシャンバラヤで勝利した翌日にクリストフ家から失踪したって話だけど……」
彼について注意を促すよう最初に言っていたのはミルちゃんだ。
当然、動向には注視していることだろう。
「そうですね。元副騎士団長のイグナトフと接触したという情報だけは掴めましたが、その後はこちらもサッパリなんです」
やっぱりそこは繋がっていたんだ。
メアの見立て通りだ。
「こっちの噂レベルの話はある?」
「あ、そういえば最近更新されてたんでした。こっちはかなり確度高そうな情報なんですけど、どうも彼ら、北のサハシア共和国に亡命したって噂があるんです」
「サハシア共和国、か……」
当然、原作知識にある国だ。
あそこは常に内乱が渦巻いていて、休まることを知らない大変な国だ。
僕らが今いるグリンガム王国とは治安や経済規模、文化レベルに雲泥の差がある危険なところだ。
「なにか企んでいるのは間違いないとは思いますが……」
「こちらもそれ以上はわからないってことね」
ここまでかな。
その二つについて知りたかった。
もうある程度はミルちゃんの持っているデータを参照できたから、今日はこれでもう帰ろうかな。
「すいません。引き続きチェックは続けていますので、たまには遊びに来てくださいよね、アークさん」
よしよし。
これはなんか雰囲気的に帰りやすい状態になっている気がするな。
このまま流れに乗じて……
「うん、ありがとうミルちゃん。それじゃあ僕はこれで……」
「チューしてください」
……そう、簡単にはいかないようだ。
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