第9話無明の庭

庭に、朝は来なかった。闇だけが支配する世界。黒い花弁が、風もないのにざわめき、僕の心に囁く。「もう楽になれる。」声は甘く、優しく、残酷だった。手を伸ばしても、もはや誰もそこにはいない。かつて光も、再開の温もりも、すべて幽かな記憶として胸に残るだけだ。黒い花弁は触れるたび、身体は冷たく、感触は薄れ、思考は断片となって散らばる。

幽咲の一輪一輪、が抗えずに取り込まれた者たちの声を映しているようだった。

その声は僕自身の記憶と混ざり合い、逃げ場のない迷路のように絡みついた。

「ここにいれば、楽になる」花の囁きがもう一度響く。抗おうとする力はわずかに残っていた。しかし、それも次第に薄れ、闇の中で消えかける。目を閉じていても、開いていても、世界は変わらなかった。ただ黒い花と、自分の冷たくなった身体だけが存在する。

ーここには、もはや光はない。もはや希望もない。幽咲は静かに揺れ、僕を受け入れ、吸い込み、夜明けのない庭に完全に沈めた。すべては、闇の中で消えた。

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