Mom coeur 〜モン・クェール〜
彼方
第1話 雨の日の交差点
時刻は18時25分。
8月のこの時間はまだ明るいが、今日は雨のせいか少し暗い。
雨の日のこのなんとも言えない独特な匂い。
俺はなぜか昔からこの匂いが嫌いになれない。
執拗に鼻の奥に広がる陰湿な香り。
それを掻き消すように俺はタバコに火をつける。肺いっぱいに煙を吸い込み、大きく息を吐き出しながら、まだ薄暗い夜の街に歩き出す。
いつもと変わらない小さな街の安いネオン。
まだこの時間は人が少ない。
国万町通りを抜けて交差点で信号待ちをしながら変わらない信号に舌打ちをして、雨で濡れた肩を落とす。
さっさと変われよ、、、
目的地はもうすぐそこなのに進めない苛立ちを抑え雨に濡れるのを耐える。
ジュッ、電線を伝い落ちてきた雨水がタバコの火をかき消す。
フッ。ふと自分の境遇を思い出し、自然と鼻で笑い前に進んだ。
今日はポーカーをやりにあるマンションに来ている。裏のレートで完全会員制のマンションポーカーだ。
今日はと言ったが毎週金曜日以外は毎日と言っていい程ポーカーをしている。
こいつ出会ったせいで俺の人生は180度変わってしまったが、、、
俺の名前は矢嶋翔太28歳。
もともとは現場関係や飲食と幅広く会社経営をしていたが、ギャンブルにどっぷりと浸かった今では遠い昔のように感じる。
栄光と挫折。両方を味わった俺から言わせて貰えばどちらもあまり大差がないように感じる。
もちろん事業で成功しているときは、ある程度満たされるが、心の奥底の闇の部分は満たされない。逆に挫折を味わっている今はなぜか、肩の荷がおり、やけに充実を感じている。金はなくなったが、、、
どんな生き方が正しいかなんてもちろん知る由もない。ただ一つ言えることは、自由が今の俺に与えられる最大の贅沢だ。
気付けば時刻は24時を回ろうとしている。
そんな時最高のハンドが配られた。
A.Aだ!いつの間にか諭吉が30人ほど俺の手元から消えている。このハンドで諭吉を戻す。
そう息巻いて、早まる鼓動を抑えながら静かにチップを前に出す。
ベッド3万点。次々とフォールドしていくプレイヤーを眺めながら俺は焦りだす。相手が居なければA.Aなんてなんの意味もないのだから。
その時静かにだが力強くレイズ10万点の声がどこからか聞こえて来た。
俺は最強のハンドを持っている。興奮が止まらない。いかに相手からチップを奪ってやろうか、そんな気持ちを押し殺し、俺は4ベットを返していく。レイズ25万点。
相手は少しの沈黙の後オールイン。力強くハッキリとチップを前にだす。俺は内心ガッツポーズをしながらスナップコール。
相手のハンドはA.Ko
圧倒的な勝率。負けるはずがない。
そう確信して回数を決める。トュワイスはせず
一回勝負になりフロップは7.9.3レインボー。
安心のボードや。俺のバックスタックは60万点程で相手にはカバーされている。この勝負に勝てば一気に逆転できる。そう逆転できるはずだった。ターンとリバーでKが2枚出る前までは。
結局90枚程の諭吉を放出しその日はポーカーをやめた。
今日はダメだ。帰ろう。
マンションの外に出るとさっきまでの雨が嘘のように雨は止んでいた。俺の心は嵐のように荒れているのに、、、
フッ。自然とため息混じりの笑みが込み上げる。今日は軽く呑んで帰ろう。
酒の弱い俺が珍しく行きつけのバーに足を向ける。
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Mom coeur 〜モン・クェール〜 彼方 @HOSIZORA_KANATA
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