我々ハ地球人ダ

異端者

『我々ハ地球人ダ』本文

 今日は、僕の葬式だった。

 「僕」の……とは言っても正確には、一世代前の僕、このクローン体の元となった体をとむらっただけだ。

 人類が宇宙に進出してもうかなりの年月が経つが、宇宙はあまりに広く未だにその移動速度は「鈍足」と言って差し支えなかった。遠くの星々に行くには、何世代もの時間が必要だった。

 冷凍睡眠も考案されたが、いくら研究しても実用化の水準に達しなかった。代わりに考案されたのが、クローンに意識と記憶を移していくこの方式だった。

 その前の世代の体は、耐久性に限界がくるとバックアップを取って破棄される。代わりに新しい体にそれを移植して――なのだが、ここで人間らしい問題が発生した。

 前世代の体を破棄する際に、ただ廃棄物として宇宙空間に放り出すのは気が引けるとのことだった。もっとも船内に余剰スペースは確保されていないし、結果的に「ゴミ」として捨てるしかない。

 そこで考案されたのは、前世代の「遺体」の葬儀をその前に取り行うということだった。一応は弔ったのだから、後腐れなく破棄できるというのがいかにも人間らしい理屈だった。

 僕の葬儀は仏式で取り行われていた。

 葬儀は宗教によって違う。宇宙船に搭乗する際には、宗教や宗派を申告するのは当然の義務となっている。

 だが、執り行うのは同じ汎用アンドロイドであり、モードを切り替えるだけだ。これも、船内に余剰スペースがない、各々に分ける程リソースが潤沢じゅんたくではないことが理由である。

 アンドロイドの読経の中、僕は大きなあくびをした。

「ちょっと、自分の葬式なんだからちゃんとしなさいよ」

 隣に居たルーシーが声を掛けてくる。

「僕ならここに居るよ。目の前のは『抜けがら』だよ」

 全く、律儀な人間だと感心する。

 前世代の抜け殻の葬儀など、気の向いた人間あるいは彼女のように律儀な人間しか参列しない。大半の人間は興味を示さない。多くの人間は抜け殻などどうでもいいのだ。人によっては、自分の葬儀にすら出席しない。

「あれは……抜け殻なんかじゃない」

 彼女は小声で続ける。

「じゃあ、何なんだい?」

 僕は興味を持って尋ねた。

「人間の遺体よ。れっきとした」

 彼女は迷わずそう言った。

「確かに、仰る通り! ……けど、その人間がクローンにコピーできる時代だからなあ」

 彼女は呆れた顔をして何も言わなかった。

 その後、葬儀はつつがなく進行し、前世代の体は宇宙空間に放り出された。


 僕は自室に戻ると、横になった。船内の狭いスペースとはいえ、プライベートな空間が用意されているのはありがたい。

 捨てたのは、本当に抜け殻だったのだろうか?

 ぼんやりとそう考える。

 今はそうかもしれないが、数日前までは確かに「自分」だったものだ。

 それを耐久性の限界で処分する――これはかつての人間からしたら、残酷なことかもしれない。

 ひょっとすると、人類は越えてはならない一線を越えてしまったのかもしれない。

 人の命は、今はかつてとは比べ物にならない程に軽い。初期は宇宙船のクルー等の長期職にのみ認められていたバックアップからのクローンへのコピーも、それでは不公平だということで権力者、一般人でも金銭的余裕のある者は可能となった。

 現在では殺人を犯したとしても、最初に確認されるのは被害者のバックアップの有無だ。まだ損傷が少なく新しい遺体からはそれらを採取可能だが、古くなると欠損が大きくなり最終的に不可となる。

 そのため、判決は近日中にバックアップを取っていたか、あるいは遺体からバックアップ可能かで左右される。もしそれらがあった場合、殺人もそれ程重い罪にはならない。もっとも、賠償としてクローンを用意することは安くないから、一般人が気軽に他人を殺せるかというとそうでもない。

 ちなみに、僕のような宇宙船のクルーは、それらは雇い主によって全額負担される。実際には、有無を言わさず給料からその分が差し引かれている訳だが、何百年という歳月では一世代で済ませるのが無理だから文句は言えない。

 僕は手元の携帯端末をけると、読みかけの古いSF小説を開く。

 ロボットが反乱を起こして、人類を蹂躙じゅうりんしていく――昔よくあったパターンのお話だ。実際にはアンドロイドを含むロボットは人間には抵抗できないように造られていて、万が一に殺されたとしても今はバックアップがあるので大した問題ではない。

 要するに、根も葉もない古き時代の妄想なのだが、僕はそれらを読むのが好きだった。

 かつて、それらは夢だった。しかし、今はその夢を超えてしまった。

 それが何を意味するかは、僕には分からない。ただ、それらに憧れていた頃の人類の未熟さがなんとも懐かしい。ノスタルジーに浸る程に感傷的な人間でもないのに。

 現在では、人類の夢は宇宙の彼方かなたへと向けられている。太陽系を離れ、更に遠くへ――夢のある話だと思う人も居るだろうが、こうして何世代も宇宙船暮らしが続くことを考えると、少し退屈だ。

 うとうとしていると、目の前に顔が浮かんだ。四つの青白い顔。どれも似通っている。

 確か、これで五世代目か……。

 ふと、そう思った。つまり僕は四回、死んでいるのだ。

 彼らは確かに「僕」だった。しかし、今では物体として宇宙に放り出されている。

 人間……か。

 魂云々は昔の時代のことだとは分かっていた。コピーが認められなかった人間、社会的意義が著しく低いと判断された人間は処分されるが、彼らも電子墓石にその名が刻まれて終わりだ。魂だの幽霊、来世だの信じられていたのは昔の話だ。

 ただ、時々思うのだ。

 こうして、まどろみの中に浮かぶ年老いた僕の顔たち。それらは死んでいった彼らではないのか、と。

 僕は深い眠りへと落ちていった。


「お休み中にすまないが、ちょっと来てくれないか?」

 通信のそんな声で呼び起こされたのは、意外にもそのすぐ後だった。

 僕の目の前に、エリックの顔と船内の地図の一点を示したホログラムが表示される。

「どうした? 制御システムの不調か?」

「まあ、そんなところだ。……どうにも、この前のアップデートから他のシステムとの兼ね合いが良くない」

 確か、船内の点検・整備が彼の役目だ。

 もっとも、あまりに専門的なことになると各部門の専門職にこうして連絡してくる。船内のライフラインのシステム管理が僕の専門だ。

「ふむ……おそらく、他のシステムが古すぎて整合性が取れなくなってきているんだろうな」

「それだけ分かれば十分だ。早く来てくれ」

「おいおい、まだ新しい体に慣れてないんだ。お手柔らかに頼むよ」

「どうした? また、ゴーストでも見たか?」

「まあ、そんなところだ」

 僕はそこまで言うと、部屋を出た。


 現場に着くと、既に制御パネルが整備できるようにむき出しにされていた。

「仕事が早くて助かる」

 僕はそれだけ言うと、操作を開始した。部屋からの遠隔でもできないことはないが、こうして実物を目の前にした方が分かり易い。

「どうだ?」

 エリックが少し心配そうに聞く。

「ああ、ちょっと時間は掛かるが……なんとかなりそうだ」

 それを聞くと、彼は安心したようだった。

 僕は最低限の設定をすると、AIに残りの操作を任せた。あとは表示されたバーが100%になるのを待つだけだ。

「これで、後は機械に任せればいい。完了したら一応の動作確認はするが」

「そうか、助かったよ。それで、さっきのゴーストの話だが……」

 僕は彼が部屋での話を続けるつもりだと察した。

「ああ、やはりコピー直後は不安定になりやすいみたいだ。……死んでいった自分の顔がよぎる」

「必要なのは、カウンセラーか? それとも、エクソシストかな?」

「どちらでも同じだろ」

 僕は彼が冗談を言ったのだと分かった。

 どちらでも、結果は変わらない。同じ汎用アンドロイドがモードを切り替えて対処するだけだ。葬儀の問題と同じで、ここでは同じアンドロイドが切り替えて対処する。

 最初のうちは、宗教、民族、国籍等でアンドロイドや他のシステムを分けてくれという者も多かった。しかしそれが不可能だと分かると、徐々に順応した――というよりも、慣れた。

 今では、システムやスペースが共用であることに文句を言う者は居ない。人類は地球を離れ、限られたリソースの宇宙船という場所で初めて「地球人」として一つになったのだ。

 ピコン!

「終わったみたいだから、動作を確認する」

 通知音と共にバーが100%を示すと、僕は動作確認に入った。

 動作は良好。異常なし。

「これで、一週間ぐらい様子を見てくれ。不安定なようなら、また調整する」

「ああ、分かった……ところで、酒には邪気をはらう効果があるというが、ゴーストを祓いに飲みに行かないか?」

「よく知ってるな……単に飲みたいだけだろ?」

「まあ、そう言うな。お休み中を邪魔したびにおごるから」

 彼は笑ってそう言った。僕はわざとらしく渋々といった様子をした。


 同じ頃、地球では相変わらず差別、迫害、対立が続いていた。

 宇宙船よりはるかに多いリソースを持ちながら、彼らは一向に満足しなかった。何世代もクローンへのコピーを続けても、その根本的な価値観、思想は変わらなかった。

 そうして、地球の人類は争い続けて最終的には滅んだ。

 しかし、その後も宇宙へと進出した人類は地球人として発展を続けていった。

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