ただ麦茶だけ

深夜

巨大な麦茶貯蔵庫が

 巨大な麦茶貯蔵庫がいまとなっては人類最後の希望であった。なお「人類」とはつまるところ私一人のことであり、「最後」というのは私の主観だ。あの恐ろしい大熱波により地表の生命はことごとく融解してしまった。いまとなっては外に生き残りがいるのかさえ定かでない。外の情報を得るための手段は一つとして機能せず、窓すらないこの場所は、滅亡とは正反対の静けさでもって静寂を保っている。

 ”この場所”というのは、言わずもがなこの麦茶貯蔵庫のことである。

 都心の地下深くに作られた巨大な貯蔵庫。見渡す限りの段ボールはすべて包装された麦茶のパッケージが詰まっている。スーパーやドラッグストアに行けば決まって並んでいるあのティーバッグ麦茶のパッケージだ。

 私がここにたどりついたのはまったくと言っていい偶然だったが、この偶然を幸いと呼んでいいかは微妙だ。来る日も来る日も助けは来ない。訪ねて来る者もいなければ、時間も曖昧で、麦茶の上で寝て起きてからまた寝るまでを一日として決めてみたはいいものの、もうとっくに数えることをやめてしまった。

 ここには麦茶がある。私と、大量の麦茶と、段ボールと棚と空気と、水がある。そう、水があるのだ。そしてこの麦茶は水出しできる麦茶だ。おかげで麦茶にだけは困らない。浴びるほど麦茶を飲む、あるいは浴びる、シャワーのように麦茶を浴びる。もしここに浴槽があれば麦茶湯につかることだってできただろう。

 人間は水さえあれば数日間は生きられる。それが麦茶であればどれくらい日数を伸ばすことができるのだろう。何せ麦茶は万能だ。ミネラル配合ノンカフェイン。茶を出したあとの茶葉で腹を満たすこともできる。私にあるのは麦茶だけだ。私の健康のすべてを麦茶が担っている。

 茶葉、麦茶、麦茶、茶葉。その繰り返しだ。

 麦茶があれば人は死なない。簡単には死なない。

 死なせてくれ。思ったが、だからといって死ぬのは無理だ。

 溶けていった人たちのことを思うと、私がここで涼しく麦茶を飲んでいられるのはたしかに幸運なのだろう。だがそれは、先のない幸運だ。この麦茶漬けの生活に未来があるとは思われない。この生はただ単に死を先送りにしているだけだ。この貯蔵庫に時計はない。温度計の針は常に一定の場所を指す。扉の向こうはどんな灼熱か知れないというのに。

「まるで夏によく似た地獄」

 私は日がな貯蔵庫の冷たく硬い床に横たわり、透明な容器の中で、麦茶のパックから麦茶成分がじわじわと水に溶け、広がっていくのを見つめている。ここではそれだけが唯一の娯楽だ。

「だらだらと間延びした夏が永遠に続いていく」

 もうずいぶん前から、私の話し相手は麦茶のパッケージに印字された中年男性だけだ。丸顔で人の良さそうな中年男性は、嫌な顔ひとつせずに私の話を聞いてくれている。

「冷やし中華、かき氷、よく冷えたビール、ヨーグルトアイス、焼きとうもろこし、そうめん、タコス、サルサソース、ソースのきいた焼きそば……炎天下で飲む冷たい麦茶」

 麦茶、麦茶、麦茶。

 ここには麦茶しかない。

 地下の貯蔵庫は温度管理が行き届いて、何がなくとも麦茶だけはある。

 外はきっと灼熱で、いのちはすべて溶けてしまって、ここには麦茶がある。

 だからもう、最初からこうするべきだと決まっていたのだ。

 というわけで私は麦茶を背負った。夏は麦茶だ暑い夏こそ麦茶がうまい。氷がないのが惜しいが、可能な限り冷やした麦茶だ。水筒もないがそこはそれ、段ボールを簡易リュックに改造し、私が背負えるギリギリの重さまでタンクに水、もとい麦茶を注いだ。緩衝材代わりに、段ボールとタンクの隙間にはありったけの麦茶袋を詰めておく。外はきっと灼熱で、乾燥した風が水分を根こそぎ奪って汗もかけぬほど衰弱した身体は冷えて焼け溶けていくだろうが、麦茶があれば生きられるだろう。何せただの麦茶ではなくミネラル健康麦茶だ。

 生きのびるためでも死にに行くためでもない。

 麦茶は夏とともにあってこそのものだから、だからこれから麦茶に最適な夏に会いに行くのだ。

 熱風の気配が扉の向こうから伝わってくる。パッケージの中年男性だけが、笑顔で私を見送ってくれる。私は力いっぱいに扉を開けた。

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ただ麦茶だけ 深夜 @bean_radish

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