二皿目:静江

 その夜、静華は疲れ果てて店の奥で居眠りをしていた。


 夢の中で、彼女は巨大な麻婆豆腐の妖怪となっていた。


「フハハハハ!我こそは麻婆豆腐大魔王・静江なり!」


 夢の中の静江は、真っ赤なソースをまとった恐ろしい(?)姿で空に浮かんでいる。町中華どころか、世界中の厨房を支配しようとしていた。


「全世界の料理を麻婆豆腐に統一してくれるわ!ラーメンも!カレーも!ハンバーガーも!全て麻婆豆腐よ!」


 コック服の男が叫ぶ。


「そんなことはさせません!料理の多様性を守るために!」


「生意気な小僧め!」


 壮絶な戦いが繰り広げられる。フライパンが空を舞い、お玉が火花を散らす。最終的に男は特製の封印の皿を使って、麻婆豆腐大魔王・静江を封印することに成功した。


「うぬぬ……覚えておれー!」




 それから千年後、静江は目覚めた。


「あれ……ここは?」


 気がつくと、見知らぬ男性が彼女の手を握っていた。


「よかった……やっと目を覚ましてくれたんですね」


 男性は優しい笑顔を浮かべている。静江は頬を赤らめた。


「あの……あなたは?」


「僕は国王です。千年間眠り続けるあなたを守ってきました」


「千年も……」


 なんてロマンチックなのだろう。静江の心は踊った。もしかして、これは運命の出会い?


 その時、突然天から声が響いた。


『男性と接触した女性は結婚してください』


「は?」


『男性と接触した女性は必ず結婚しなければなりません』


 静江は真っ赤になった。


「け、結婚って……!そんな簡単に……!」


 国王も困惑している。


「ぼ、僕でよろしければ……第8夫人となりますが構いませんか?」


「構うわ! 嫁多すぎだろう!? アンタ!!」


 その瞬間——


「静華ー!何ニヤニヤしながら寝てるんだい!」




 現実世界で静江が静華の頬をぺちぺちと叩いていた。


「ん……お母さん?」


「変な夢でも見てたのかい?すごい顔して笑ってたよ」


 静華は慌てて飛び起きた。夢だったのか。


「あー、なんだか疲れてて……」


「まったく、店で居眠りなんてしちゃダメだよ。お客さんが来たらどうするんだい」


 静江は呆れたように首を振る。


「ところで、夢の中で私が世界征服しようとする麻婆豆腐の妖怪だったって?寝言で言ってたよ」


「え!?聞こえてたの!?」


「『フハハハ、我こそは麻婆豆腐大魔王・静江なり』だって?アンタ、私をどんな悪役だと思ってるんだい!」


 静江は腰に手を当てて怒っている。



「大体、なんで夢の中の私が麻婆豆腐で世界征服なんて考えるんだい?私はただの町中華のおばさんだよ?」


 静江は本当に呆れ果てた様子だった。


「でも腰痛で店任せたのは本当だからね。明日からまたよろしく頼むよ」


「はーい……」


 静華はおとなしく頷いた。


 その夜、静江が二階で休んでいると、厨房から小さな声が聞こえてきた。


「我こそは麻婆豆腐の化身」


「静華ー!まだ変なこと考えてるんじゃないよー!?」


「ひゃー!ごめんなさーい!!」


 こうして、静華の奇妙な夢の夜は終わった。母娘の平和な日常が戻ってきたのだった。




(……あの話は静華にゃしてないんだけどね。不思議なこともあるもんだ)


 果たしてどの話を指す言葉なのか。語られる日は来るのだろうか……?




第二話 完



次回:「建一」


 旦那の話なんぞ語らないよ。勝手に予告してんじゃないっての。

 ……おいコラ静華、第8夫人じゃねーぞアタシは。お前どこの王室になる気だ?


……続く?

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麻婆豆腐婦人 木村楓 @kimurakaede

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