風船葛

蘆 蕭雪

風船葛


 盂蘭盆には、二三泊祖父の家に集う習いであった。親戚一同、田舎の屋敷に集い、薄暮の頃には裏山の墓地に列をなして詣でた。晩に肝試しをしよう、と子供の中から声が上った。裏山は田甫たんぼ畷道あぜみちから一筋に、葛折つづらも綴らずに登る細い舗装路へ出る。道の先は墓地で、夜中でなければ危ないこともなかろうと話がついた。夕食後、三和土に揃って、懐中電燈を持たされて皆で大人の訓示を聞く。出立前には、蚊遣香の煙に焚き染められながら電燈を預かった。足首から這い上がる、燻煙は肌を擽って、煙々羅のように戯れたまま宙に解けた。最後の出発で、他の子供の背中も見えぬ夜の中に出た。畷道だけが、草を踏み固められて裏手の山へ消えている。

 田甫の合間、青草を靴底で引き倒した道を進んでいく。薄暮には、そこに立看板があったものをとふと思った。蔓草の、風船葛の蔓が、看板のおもておおって藪草の裳に絡げていた。電燈を向けると、藪の中から生えた細い蔓糸を見出した。一条ばかり、円い光を投げて、その光芒が繁縷はこべらの踏み拉かれた畷を筋道に照らす。薄暮の頃、黄金色の夕陽に色づいていた一筋の小逕こみち。暗闇に目を凝らし、確かに同じ道であろうと念じて見詰めた。立看板の足元を、繁縷に上衣を被せた風船葛の一群ひとむれが風に波立つ。夜の畷道、精霊の玉が浮き出してふらふらと漂った。立看板に蔓糸もたるみ掛る、その糸を重みに垂れて群がる葉叢に、風船葛が鈴生すずなりに揺れた。緑の提灯が、御霊を宿して藪草の波間に流離さすらっている。風船葛の、緑の膨れた光は、行方も知らずに田甫から渡る風の中を浮子うきのごとく漂う。電燈の円光に、緑色の提灯を追いかけて畷道を抜けていく。

 蛍か、人魂か、蔓糸を絡めると風船葛をひとつ掌に摘み取った。

 屹度きっと、君の消えた晩もこんな日だったろう。夕食の後、懐中電燈を携えて祖父の家の玄関から抜け出した。畷道だけが、草を踏み固められて裏手の山へ消えている。裏山へと、葛折つづらも綴らずに這う畷道あぜみちの筋を辿る。道の先は墓地で、再従兄弟はとこがいなくなったのは肝試しの晩だった。数年前、只一人帰路に就くことのなかった少年。皆、幼い君を探しながら悲嘆に暮れたのだ。暗闇に目を凝らし、確かに同じ道であろうと念じて見詰めながら歩く。電燈を向けると、円い光の中に藪の中から生えた細い蔓糸を見出した。畷の先には、田甫の間に引かれた用水路を跨ぐ板橋が見える。暗い稲穂の漣、此岸の堤塘つつみに群がる風船葛の一叢ひとむらが夜風に波立った。【了】

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