第2話

しばらく会うこともなく、やっと久しぶりに会えると思って家に行った時、突然彼女は消えていた。人によると、なにかトラブルに巻き込まれてどこか遠くへ引っ越したとのことだった。私には、何も言ってくれなかった。彼女は掬った金魚を逃がしてあげるように、私を一人、置いていったのだと思った。

彼女に会えない日々が始まった。今までだってそんなにしょっちゅう会うわけでもなかったのに、日に日に会いたい気持ちばかり膨らんだ。

去年の春は二人で一日お出かけして遊んだのに。

夏には必ず毎年二人で夏祭りに行ったのに。

去年の春にはまた秋にも二人でどこか行こうって約束したのに。

毎年贈ってたクリスマスカードとプレゼント、もう選ばなくていいんだね。

新しい春が来て、あなたと行ったことのある店で、会えない間の、本当なら増えたはずの二人の思い出を想像してしまう。サン=ジョルディの日に贈りたかった花を見てしまう。子どもの頃一緒につくった花冠もシャボン玉も。

事あるごとに世界は、あなたを透かして見せる。

あなたのいない夏が来るなんて想像もしなかったよ。

手紙を贈る宛もないこと。あなたのためにいつも選んでた、便箋、封筒、それに貼るシールや、プレゼントにつけるための一筆箋、それから、あなたのための特別なペン。何にも見る必要がなくなったのに、100均でも文房具屋でも百貨店でも、立ち止まって見てしまって、ふと気づく。

したいこと、行きたい場所、私たちの未来の事、たくさん話したよね。私は忘れないよ。ずっと二人だと信じてた夏の縁側が懐かしいくらいよ。今でも時々、あなたがいないなんて、ドラマみたいで信じられない。

私は本当にあなたのこと、ちゃんとわかっていたのだろうか。何も知らなかったのかも。聴きたいこと、話したいこと、いっぱいにある。

ああ、いつも考えてしまう。何が一番気になるかって、あなたが今どんな気持ちでいるかということ。私の事とか他の友達の事とか今考える余裕があるのかすらわからないけど、いつかふっと思い出すでしょう。私、いつかまた会えるって信じてる、待ってる、って何を置いてもそれだけ電話できたなら。電話もラインも、番号やアカウントが消えてた。

あなたにもう一度会いたい。


今年も夏祭りには一人で行く。あなたが来ているかもという希望を、期待を、捨てられない。いるはずもないって思っていても、私はただ、あの夏の続きが欲しかった。

今年こそはと思っている。

微かな望みが胸を騒がせる。

屋台で遊ぶ人だかりを見るたび、ポイで掬うわくわくにきらめかせていた瞳を探す。あなたの髪型、腕捲りした浴衣の袖、下駄の音、良く焼けた肌、断片的なあなたの欠片を、人混みの中に探してしまう。

いつだって再会のときは突然に来るものだと、信じ込むよう努めている。

最後に、いつもの金魚すくいの屋台へ。寺社の階段を上がる。

誰かがその上にいる。

浴衣じゃなくても、髪が伸びても、肌が白くなっても、見間違うはずがなく。信じたことは叶う。

思い出の破片が繋がってはっきりとしたあなたの肖像、ひとつの、あの夏の笑い顔に重なったとき、ポイを手に持っていなくても、あなたはまた、私の心をすくった。

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すくい上手 @demeria

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