後編: 言われた側はどうだろう

「好きって言い続けたら好きになるのか試してみよう」



目の前に座る茶髪の少女が突然言った。

サナイヤは思わずコップを落とした。

パリンという音が木霊した。



思わず、意地悪な言葉が口から出た。



「は?頭大丈夫か?」


少女は変わらずニコニコしている。




************


この世界には2種類の魔法がある。


一つは皆さまがよく知る通りのものだ。「魔術」という。これには技術と知識が必要だ。


もう一つは目に見えない物を動かす魔法だ。「言霊」と呼ばれる。


いわゆる、口に出せば叶うというものだ。


しかし、言霊にはコツがいる。状況と条件をじっくり見極めることが必要だ。


とりわけ、相対する意見があると厄介だ。





分かりやすいように例をお見せしよう。




************



「ねえサイ、私と勝負しようか」


茶髪の少女がティーカップ片手に怪しく笑う。


「あそこの窓際の席の人、もうすぐ告白すると思うんだ」


「なんで?」


「彼ね、正面の女の子が好きだと思うの」


「だろうな、顔が赤い。でも今日告白するとは限らないだろ?」


「雰囲気のいい店。おいしい食べ物。クリスマスが近い。条件はばっちりだよ」


「でも、決定打に掛けるな。彼女が受け入れてくれるとは限らない」


「ふむ……。じゃあこういうのはどうだろう」


ライカは暫く外を見て、パチンと指を鳴らした。


「幸福をもたらす青い鳥オオルリが彼らの窓辺に立ち寄るの」


ライカの宣言通り、真っ青な羽のオオルリが翼を広げ彼らの近くに着陸した。

毛づくろいをしながら羽を休めている。


「珍しい幸福の鳥を見て、彼は勇気を振り絞る。幸せな想像が彼の中で膨らむの」


ライカは勝ったと言う様に得意げに笑っている。

しかし、サナイヤは見ていた。口をつぐむ彼を見て、傷付いた顔をする彼女を。


「彼じゃない。彼女だ。何と言っても彼女の方が気が強そうだ」






後ろでガタンと人が勢いよく立ち上がる音がした。


「〇〇!!私、〇〇が好き!!!ほんとに好きなの!」


サナイヤは後ろを振り返る。ほら見たことか。

顔を真っ赤に染めた女性が立ちあがっていた。



「彼女、ずっとあの男の子が告白するのを待ってたんだよ。でも彼は一向にそんな素振りを見せない。じれた彼女が自分から告白する」



完璧だろう?サナイヤは鼻で笑って見せた。




************


さて、皆様。お判りいただけただろうか。


相対する2つの意見。


告白するのは彼女か彼か。

この場合、相反する2つの「言霊」は衝突し、もっともらしい結果を取る。


さて、話を2人に戻そう。


************




突如成立したカップルに店内は拍手喝采だ。


目の前のライカも嬉しそうに拍手している。


ライカが遠くを見つめる様に目を細めた。

飲料水をぐいと喉に流し込み、小さな溜息を吐いた。


「ねぇサイ。恋ってどんな気持ちなんだろう」


聞き飽きたことを聞いてきた。


ライカが誰かを好きになる話など、聞きたくもない。

話を振られては困ると適当に流す。


「知らねぇよ。俺が興味ないの知ってるだろう」


ライカは知らんぷりで話を進める。


「うちの両親ね……。恋愛結婚なの」


散々聞いた。

「そうか、もう100回は聞いた」


「毎日それは幸せそうなの」


「そうだな。おたくはバカ夫婦だもんな」


「でも私も恋愛は分からないし」


「それも100回は聞いた」


ライカはサナイヤが何を言っても話を止めない。

いい加減にしてくれとでも言った方が良いのだろうか。


「サイに相談しても、『知らねぇ』って返されるだけだし」


「そりゃそうだろ」


「でもこんな相談、幼馴染サイくらいにしか出来ないよぉ」


「そうか」


少し気分がいい。


サナイヤは意気揚々とご飯を口に突っ込んだ。

ライカははぁっと深いため息を吐いて、サナイヤをじっと見た。


じっと見返しても、ライカは何の反応も示さない。

心ここにあらずという感じだ。


サナイヤは気にせずご飯を食べ続けることにした。

気にしても仕方がないということは長い付き合いで知っている。


ライカがふっと嬉しそうに顔を上げる。嫌な予感がする。


「ねぇ、サイ」


あん?とサナイヤはライカを見た。

不安を押し流そうとするかのように、水に手を伸ばす。


「私は恋が知りたい」


「ああ」

―― 俺は知って欲しくもない。


「でもサイは恋の発生条件を知らない」


「そうだな。俺の知った事じゃない」

―― 知っていても教えてやらない。


「私たちは99%の土台を作れない」


「諦めるしかないな」


「だからさ、言霊だけで成立さてみるっていうのはどうだろう?」


「つまり?」


「好きって言い続けたら好きになるのか試してみよう」



吐きそうになった食べ物を慌てて胃に押し流す。


サナイヤの手からコップが滑り落ちた。

ゴクリと喉が鳴る。

ライカは変わらずニコニコしている。



――言われた側が落ちる可能性だってあることを彼女は考えたのだろうか。



ライカは目を輝かせた。我ながらとてもいい案だという様に。


「条件が分からないならさ、条件が発生するまで言い続けたらいいんだよ!」


キラキラと目を輝かせるライカに、サナイヤは何も答えられなかった。






************




その日は天気のいい朝だった。日差しは柔らかく、肌を優しくなでる。


窓の外を見れば、雪がちらほら降っていて、冬の訪れを祝福してくれている様だ。


優しい日差しとは正反対でサナイヤの気分は最悪だ。


先日のライカを思い出す。


『好きと言う』という呪いに掛けられた彼女を救う術をサナイヤは知らない。

サナイヤはハーブの香水を腕に付けた。


ライカがくれた香水だ。


ライカと外出するときはいつだってつけている。





「起きろロワルド」


乱暴に布団を剥ぎとった。

ロワルドと呼ばれた同級生は昨日徹夜したらしく、随分と寝覚めが悪いようだ。


「もっと優しく起こしてくれ」


仏頂面で起き上がると、険しい表情で睨んできた。


「お前が取り付けた約束だろう」


サナイヤの言葉に「はぁぁぁっ」とロワルドが深いため息を吐いた。

ロワルドは優雅に髪をかき上げた。

貴公子だとか噂れているこの男は、意外と性格が悪い教えてやりたい。


「仕方がないだろう、可愛いアリアのお願いなんだから」


アリアとはロワルドの相談相手兼、思い人だ。


ロワルドは彼女に恋の相談を持ち掛けているという。

こういうのは大抵自分自身だと相場が決まっている。




見事に30分で身支度を整えたロワルドと一緒に、サナイヤは寮を出た。


質素な木目調の寮を出ると、2人を待っていたらしいライカとアリアが目に映る。


遠くで、アリアがロワルドに手を振っている。

隣には、ライカが立っていた。


普段はあまり着ない清楚なスカートを身に付けている。

天を仰ぎ思わず大きなため息が漏れた。


2人に合流すると外行きの声でロワルドが挨拶した。


「おはよう」


ライカの顔に花が咲いた。


「相も変わらず美男イケメンですね!…………。ってアリアが言ってます!」


その逃げ方は無理があるだろうとサナイヤは思った。


サナイヤの中で小さな疑惑が生じる。

もしかすると例の計画の相手はロワルドかもしれない。


器が小さいことを自覚しつつも牽制しておく。



「ロワルド、気を付けた方が良い。こいつ今絶賛恋愛(好きっていう)相手募集中だから」


この場合、言葉を出すとしたらライカの方なので、ライカを牽制するのが正解だろう。


ロワルドは面倒そうに笑っている。


すると、ライカが「ん?大丈夫だよ」と返してきた。


一体何が大丈夫だというのか。

意地悪に笑ってやるも、少し表情が引きつった。


ライカがぐいとサナイヤの腕を引き引き寄せた。


「ねえ、私はサイが好きだよ?」


ライカの柔らかい声が、サナイヤの耳元で囁かれた。


心臓が一瞬跳ね上がって、サナイヤは思わず身を引いた。

ドクドクと鼓動がうるさい。


得意げにライカが笑っている。


標的を身近なサナイヤにして様子を伺う魂胆だろうか。

ライカの考えが全く読めない。


向こう側でロワルドとアリアが何やら話し合っていた。


サナイヤは一人、溜息を吐いた。

果たしてこの拷問に耐えられるだろうか。





箱庭ゆうえんち』は予想よりも人で賑わっていた。

どこへ行くにしても人の波が煩わしい。


ロワルドとアリアは2人してどんどん先へ進んでしまう。

こっちのことなど見向きもしない。


突然袖を引かれてサナイヤは後ろをふりかえった。


人混みに押し潰されそうなライカがサナイヤの袖を引っ張っていた。

珍しい光景に、胸がなり鼓動がうるさい。


気づかれまいと余計なことを言ってしまった。


「おまえ、それも例の計画か?」


ライカは驚いた顔をした。

違ったらしい。


気まずくなって少しの間黙っていると、ライカが声を掛けて来た。


「ねぇサイ~」


―― 何だろう。


「好き!」


臓器を鷲掴みされた気分だ。全身が圧迫される。

驚きの余りライカの顔を凝視してしまった。


一拍置いて、ああ、冗談かと理解する。


「袖掴み。下から目線。適当な間。どう?いい条件じゃない?」


ライカが無邪気に笑う。



「それは俺を落とす条件だろう。俺を落としてどうするんだ。お前が落ちろ」



悪態と一緒に本音が口から洩れた。

が、どうしようもない。


ロワルドとアリアが遠くにいるのが見える。

追いつこうと歩幅を大きくすると、後ろからライカの小さな悲鳴が聞こえた。


「いったぁ。足くじいちゃった……」


ライカがその場にしゃがみ込んでいる。

強引に引っ張ったせいかもしれない。


ライカの傍に駆け寄った。

足首を触って痛い箇所を確認する。


ライカは何も言わずずっとこちらを見ていた。


―― 何だろう、居心地が悪い。


「ライカ、歩けるか?」


ライカの返事はない。サナイヤは辺りを見回した。


「近くのベンチまで行くから、肩貸せ」


ライカの返事はない。


はぁっとライカに向き直ると、ライカはこちらを見つめたままだ。


「好き」


聞き逃してしまうほど小さな声でライカが呟いた。

本音か茶化しか分からない。


ライカの瞳と視線がぶつかる。

サナイヤは一々動揺する自分に少し苛立ちを覚えた。


「は?聞いてるのか?」


「ええ?ああ。うん!………。お昼ご飯食べに行こうって話だよね!」


ライカは全く聞いていなかった。


「近くのベンチまで行くから、肩貸せって言ったんだ」


そういうとサナイヤはライカの腕を強引に自分の肩に回した。


ライカが少し動揺した雰囲気だったが、気にしないことにした。

わざわざヒールを履いてきたライカにだって非はあるはずだ。


歩を進め出した時、ライカが茶化すような声を出す。


「あれ?ロワルドさんとアリアがいない?あれれ~。あ!足ももう痛くないかも」


2人がいなくなったのは結構前の話だ。

本気のため息が出た。


雰囲気を察したのか、ライカが「どうどう」といって笑いを取ってきた。


馬だと思われているのだろうか。


何だかんだと言いつつも、ライカといる時間がサナイヤは嫌いではない。


少し考えて、サナイヤは色々合点がいった。


「ああ、そういう作戦ね」


どうせロワルドの差し金だろう。

そろそろ言ってしまえと言うことだ。


この気持ちにもちゃんと名前を付けなければいけないらしい。




その後はとにかく地獄だった。


ライカはことあるごとに「好き」と言ってくる。


アヒル口をして見せたり、飛びついて来たり。

何をするにも「好き」が付きまとう。


その度にサナイヤの小さな肝は収縮した。

内臓を人質に取られている気分だ。


それでも、この「ごっこ遊び」はサナイヤの心をくすぐった。

あるはずの無い関係性に心が躍っている。


でもこれがあくまで「ごっこ遊び」だとサナイヤは知っている。

ライカは恋を知らないのだから。




あっという間に日が暮れ、闇が辺りを覆った。

箱庭ゆうえんち』の街灯が怪しくひかり、夢の時間の終了を知らせる。


ライカも遊び疲れている様だったし、話し合って、合流までの時間を飲食店で潰すことにした。


「ねぇ、サイ…。楽しかったね」


ライカが甘い笑顔を見せる。

小さな棘が心臓に刺さって抜けない。


拷問だと思ったものは、結局夢の時間で終わった。


「意外にも、な」


「ははは、またそういう意地悪で返す」


「意地悪じゃねぇよ」


「それは、受け取り手が決めるものでしょう?」


ライカは明るい笑顔を見せる。




注文したプレートが二人の前に運び込まれた。

ライカの前にはエビとアスパラの可愛らしいクリームパスタが、

サナイヤの前には肉汁の溢れるステーキが置かれる。





ライカが窓の外を眺めた。


サナイヤはじっとライカを見つめる。

ライカはどこかしっとりとした雰囲気を出していた。


ライカの長い睫毛が小さく揺れ、綺麗なあごのラインが下を向いた。


昔から、ライカはいつも遠くを見つめる。


長く一緒にいるのに、全然こっちを見ない。


長く一緒に居すぎたのかもしれない…。



「ねぇ、サイ……」


ライカが外を眺めながら言葉を発した。


続く言葉は無いらしい。





―― なぁ、ライカ、こっちを向けよ。


外を眺めるライカにサナイヤは心の中で呟いた。












小さなテーブルの席で、目の前に座る金髪ブロンドの少女が切り出した。



「ねえロワルドさん、私と勝負しませんか?」



金髪の少女がグラス片手に怪しく笑う。



「隣の店の窓際の女性、もうすぐ告白すると思うんです」



「なんで?」



「彼女、ずっと正面の青年が好きだったんです」



「そうだろうね、とても分かりやすい。でも今日告白するとは限らないよ?」



「雰囲気のいい店。おいしい食べ物。クリスマスが近い。条件ばっちりですよね?」



「でも、決定打に掛けるかな。彼が受け入れてくれるか分からない」



「うぅん……。じゃあこういうのはどうでしょう」



アリアは暫く外を見て、時間を確認した。



「雪が降り始めたらどうでしょう」



アリアの宣言した通り、小さな綿が舞い白銀の世界が夜を覆う。



「タイミングよく振る雪に、彼女は運命を感じる。幸せな想像が彼女の中で膨らむんです」



アリアは勝ち誇った顔で笑って見せる。


しかし、ロワルドは見ていた。彼女の横顔を見て、いつも苦しそうな顔をする彼を。



「彼女じゃない。彼だよ。何と言っても彼の方が限界だ」



ロワルドははかなげだ。


「彼、ずっと振り向いてくれるのを待ってたんだよ。でも彼女は恋を知らないという。それどころか、彼女は揶揄からかう様に『好き』って言葉を口にする。限界に来た彼が告白する」



完璧だろう?とロワルドはふっと鼻で笑った。






10年の年月を経て、恋を知らない魔法が溶ける。






― 好きって言ったら好きになるか試してみよう ~言われた側は限界だった~ ― (完)

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