14 夢、そして現実
さて、ダンジョン庁の長官に頭を下げてから、家に帰ると家族がとらやのようかんを囲んで興奮していた。
どうやらすでに、俺たちがダンジョンにいる間にそれぞれの家にとらやのようかんを届けていたらしい。秋田県大館市ではたまにしか食べられない本物のとらやのようかんである、家族のざわつきぶりは凄まじかった。
「あんた、ダンジョン科の高校に行きなさいよ。学費もかからないっていうし将来はインフルエンサー確定だし、こんないいことないでしょ」
「インフルエンサーかあ……」
「確定というかすでになってるか。あははは!」
父さんが少し酔った口調で言った。農閑期の勤め人の仕事から帰ってきてもう晩酌を始めていたらしい。
父さんは辛党なのでとらやのようかんに興味はないようだったが、ばあちゃんと母さんは夕飯のあとさっそくようかんを切った。俺のぶんもある。うん、うまい。
「ダンジョン科の高校にいけばダンジョン配信の資格も取れるし、行かないで配信者になるより圧倒的に知識でリードできるし、こんないいことないぞ」
「そうよ。学費がかかんないっていうのも最高じゃない」
「でも……俺、楽しいからダンジョン配信してるだけだし、いつものみんなと一緒だから楽しいんだし、大人になって仕事にするかと言われればそこは微妙なわけで……」
「じゃああんたなんの仕事がしたいの?」
「大学でハイテク農業とかハラール認証とかの勉強して、うちの仕事継ぎたい」
言い忘れていたが我が家はいわゆる「豪農」である。どでかい田んぼをたくさん持っており、畑も広々とやっている。
「なにバカなこと言ってんだ。農家継いだっていいことなんにもないぞ」
「そうだよ愛助。こんな斜陽産業継いでどうするの」
「だってダンジョン配信者だってコメ食べるわけだろ。誰かがコメ作んなきゃ困るだろ」
「……それはそうだ……」
今年は謎のコメの値上がりがあり、我が家は増産に力を入れた。結果稲刈りまで忙しくしていたわけだがそれはともかく。
ばあちゃんがとらやのようかんを飲み込んで、お茶をぐいっと、エナドリでも飲むかのようにあおった。
「愛助のやりてぇようにやらへるべし」
つまり「愛助のやりたいようにやらせよう」という意味である。
ばあちゃんが助太刀してきてホッとしたのだった。
俺の夢である「大学でハイテク農業とハラール認証を学んで農家を継ぐ」ことは、地に足のついた夢だと思う。少なくともダンジョン配信者なんていうラノベの産物を思えばぜんぜんマトモだ。
それだというのにばあちゃん以外の家族は、ダンジョン配信者なんていういつポシャるのかわからない仕事を、学費がかからないという理由で勧めてくる。
確かに学費がかからないのは大きいし、東京は修学旅行でいちど行ったきりで、もう一度修学旅行ではいかない秋葉原などに行ってみたくはある。
でも、俺はこの田舎が好きだ。
その気持ちを汲んでくれるのは、いまのところダン中のみんなとばあちゃんだけだった。
◇◇◇◇
さて、その次の日もダンジョンで配信しながら、きのうダンジョン庁の長官が突撃してきた話をする。
チャットは明らかにザワついており、俺たちには高校生や大人になっても配信を続けてほしいと思う人が大勢いるようだった。
俺が昨晩の出来事を話すと、みんなも家のことをぼつぼつと話し始めた。
「おれんちにも来た。母さんも父さんも兄貴もノリノリでダンジョン科行けって言ってる」
「わたしのところはわたしのやりたいようにやっていいよ、って言ってるけど、たぶん東京のダンジョン科に行ってほしいって思ってるんじゃないかな。お金かからないっていうし……」
「僕は配信者よりダンジョン学者になるのを期待されてるっぽいんだよね……それもダンジョン科なら叶う、とかって言われたみたいで」
『すげーなダン中』
『自分ならダンジョン科一択だけどな』
「チャットを見るとやっぱりダンジョン科かあ……。でも俺、ハイテク農業とかハラール認証とか勉強して、地元で農家として頑張りたいんだよな……」
『愛助、オタクのくせにまっとうすぎる夢持ってるな』
『配信者もコメや野菜食べてるわけだしね……』
「でも今年もゲリラ豪雨あったろ。愛助んとこ、どうだった?」
直言が心配してくれた。幸い我が家の田んぼは水に浸かることはなかった……と言うと、チャットが『よかった』『安心した』などのメッセージで埋め尽くされた。
今年の夏には県内で洪水が発生して、近くの町では田んぼが水に浸かるだけでなく床上浸水や水道・電気などのインフラが止まる事態が発生していた。だからきっとダン中の配信の視聴者も心配していたに違いない。
『無理にダンジョン科に行かなくていいんだぞ』
『勉強して後を継ぎたいというのもちゃんとした夢だからな』
「ありがとうございます。でも……親に迷惑かけられないし」
『親に内緒でダンジョンに入った時点でもうすでに迷惑かけてるんだよなあ』
ぐうの音も出ない正論火の玉ストレートパンチのチャットが飛んできてうぐぐとなる。
「あ、半魚人さんだ! ファミチキどうぞ!」
向こうの水路から半魚人が現れたので、まひろが前もって買っておいたファミチキを与えてみる。
半魚人は表情の乏しい顔をにまーっとさせて、なにかを誘導するように指を動かした。
ばちゃばちゃばちゃ。
3匹の小さな半魚人が現れた。
「ジュラシック・パークのコンプソグナトゥスじゃないんだから」
まひろはそう言いつつもコンビニのホットスナックを半魚人たちに配る。ジュラシック・パークのコンプソグナトゥスって、バカンスで無人島にやってきたお金持ちの娘の小さい女の子が襲われるアレか……。
半魚人たちは懐からすっときれいな貝殻のようなものを取り出した。アクセサリーにしたら可愛かろうという、白くてキラキラ光る貝だ。
「わあきれい。メルカリで売ったら高く売れそう」
『まひろちゃんいつものギャグきたw』
『メルカリじゃなくてダンジョン庁に送りつけようね』
『これダンジョン学的にめちゃめちゃでかい発見だよ、貴重な資料映像だよ……!』
その日の探索はそこまでとした。一つみんなに確認をとる。
「俺たちは、ちょっと目立てて、お小遣いが手に入って、なにより楽しいからダンジョン配信をしてるんだよな?」
豪が頷いた。
「そうだよ。高校から先も配信するかは、高校に進学してから考える」
直言もまひろもそれでいいようだった。つまりまだまだ悩まねばならないのだ。(つづく)
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