15 旅行、提案

「どうもダン中でーす! きょうは半魚人以外のモンスターを探して、餌付けしてみたいと思いまーす!」


『88888888』


『ダン中、やってることがほぼほぼヤバい北海道の観光客で草 ヒグマに餌付けしたらあかんで』


『ツキノワグマにもニホンザルにもエサやっちゃだめだよ 餌付けが許されるのは奈良公園のシカだけ』


『まあダンジョンだから……』


 というわけできょうはモンスターを探してみることにした。いつもの配信場所から少し奥に進む。以前まひろのローファーが盗まれたあたりだ。

 スライムが2、3匹いて、俺たちに気づいて逃げようとする。まひろが素早くポテトチップスを取り出してばらまく。完全に鳩ポッポの歌で豆を与えるのとおんなじノリだ。

 スライムたちはおっかなびっくり近寄ると、はむ……とポテトチップスを口にした。


「ピギッ」


「ピギギッ」


「ピッギィーッ!!!!」


 スライムは完全にポテトチップスを気に入ったようで、うまそうにポテトチップスを食べている。


「こいつらもなんか素材出すのかな」


「わかんないけど、おいしそうに食べてるね」


 そう思っていたら奥からぞろぞろとスライムが群れになって現れたではないか。さすがに全員に食べさせるほどのポテチは持っていないぞ……と思う。


「コンプソグナトゥスだ……」


 まひろが映画知識でそう呟く。それ俺たちが喰われちゃうやつではないのか。

 とりあえずヤバそうだったのでポテチを置いていったん退却しようとしたところ、水路から半魚人が現れてスライムに向かって「ギョギョ」とさかなクンのようなセリフを発した。


 するとスライムたちは諦めたのか去っていった。半魚人が「こいつらにも限界がある」と教えてくれたのだろうか。わからないがとにかく助かった。おやつに持ち込んでいたカントリーマァムを与えると、今回は助太刀してくれた料金だと受け取ったのか真珠は出さないでぼちゃんと消えた。


「たすかった……」


 思わずアホのセリフを発してしまった。


『なかなかのピンチだったな』


『スライム、もしかしてダンジョンでいちばん凶悪なのでは?』


『だから言ったべさヒグマに餌付けしたらだめだって』


『ヒグマは人間がうまいもん食ってると分かるとヤバいからな 三毛別羆事件をググれ』


 なんだろう三毛別羆事件って。そう思って豪をちらっとみると蒼白な顔をしていた。


「どうした豪」


「愛助、三毛別羆事件知らないの?」


「……知らない」


「一つの村が数日で消滅した歴史に残るヒグマの大事件だよ!?」


 なぜか豪ではなくまひろにそう言われた。どうやら常識であるらしかった。


 きょうも配信は楽しい。

 でも楽しいだけでいいのか、という不安感が付きまとう。

 これから先のことを考えねばならない、それは配信をしていないふつうの中学生でもそうだ。いつまでも楽しく配信を続けられるわけではないのだ。


 俺たち四人は学力にばらつきがあるので、大館市内で進学したらある程度バラバラになるだろう。

 でも東京のダンジョン科のある高校に行けば、ずっと一緒でいられる。

 でも俺たちにとりダンジョン配信というのは人生の全てを捧げられることではないのだ。楽しいから、四人でバカをやるのが楽しいから、ダンジョンにこっそり潜り込むなんてことをしたのであって、配信収益とかプロのダンジョン配信者になるとか、そういうことを目指してやっているわけではない。

 配信収益はたしかに莫大だ、しかしその収益はいまのところ装備品やモンスターに食べさせる食べ物くらいにしか使っていない。

 まだ俺はドールさんを手にしていないし、豪は本物のロリータ服を手にしていないし、直言はモデルガンを手にしていないし、まひろはギャルギャルしい服やコスメを手にしていない。


 そんなふうに悩みつつも、きょうもたくさんの投げ銭をもらう。

 最近では清臣さんが俺たちの配信映像を編集して、ユーチューブに公式チャンネルを開設し、そこにUPしている。そっちもチャンネル登録者数は500万とかで、字幕付きのショート動画には外国のひとからのコメントもたくさんついている。


 どうすればいいのかな。

 とりあえずのところ最初は高校生になってから考えるつもりでいたが、状況がそれを許さなくなっている。だって家にダンジョン庁長官が押しかけてくるのよ? とらやのようかんをお土産に持ってさあ……。


『ところでダン中は初期のころ言ってた欲しいものって手に入れたん?』


「まだなんですよね……」


『どうせあぶく銭なんだからぱーっと使っちゃいな』


 \どん/と擬音をつけたくなる額の投げ銭が飛んできた。


 まさにあぶく銭。

 そうとしか表現できないお金だ。


 ダンジョンをウロウロしながら、俺は提案した。


「春休み、東京行かないか?」


「いい……けど。どうして?」


 豪が女の子のような口調でそう尋ねてきた。


「俺たちの最初の目的って、東京とか仙台でぱあーっとお金使うことだったろ?」


「うん、それはそうだね……」


「でも東京でぱあーっとお金使うってことは、愛くんは東京のダンジョン科いく気はないんだ」


 まひろがそう言う。俺は頷いて、「10で神童15で才児、20過ぎればただの人って言うだろ。俺たちもたぶん大人になったらこういう面白い配信ってできなくなっちゃうんじゃないかな」


『確かに中学生のダンジョン配信っつうヤバいもんだから観てるフシはあるな……』


『ダンジョン科の高校に行ったらみんなおんなじような配信者になっちゃうもんな』


『でも配信は続けてほしいよ お前らのアオハルを永遠に見ていたいよ』


『アオハルは一過性のものであって永遠になるものじゃねんだよなあ……』


 チャット欄がお通夜になってしまった。


「でも、おれたちはずっと友達なんだよな? お前らが鳳鳴とか国際情報とか行って、おれが桂桜に行っても、友達なんだよな?」


『直言……(感涙)!』


『直言の熱いセリフでちょっと泣いちゃったけどケイオーって慶応?』


『大館の高校に桂桜高校ってのがあるのよ』


『メモメモ』


 直言の友情発言でチャットが息を吹き返した。

 豪が答える。


「そうだよ、僕らは友達だよ。違う学校に行っても、もし仮に誰かがダンジョン科の高校に行っても、僕らはずっと友達だよ」


『メロスとセリヌンティウスか』


『メロスとセリヌンゎ……ズッ友だょ……』


 チャットが太宰治になってしまった。きょうの配信はこれくらいにしようか、と入り口に戻る。

 結論を出さねばならない時期が、近づいている。(つづく)

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