第5話 家族の目と夫婦の夜
朝の食卓
團保は軽快に立ち働き、トーストを焼き、目玉焼きを並べ、コーヒーを用意していた。
(体が軽い……膝も腰も痛くない。朝からこんなに動けるなんて、何年ぶりだろう)
子供たちはまだ眠そうに席に着き、妻の真由美がエプロン姿でキッチンに入ってきた。
「あなた……今日はやけに元気ね」
「え、そうか?」
「うん。動きが軽いっていうか……顔色もいいし」
保の心臓がどきりと跳ねる。
(やばい……気づかれるか……?)
⸻
子供たちの視線
長男の亮が、バターを塗りながらちらりと父を見た。
「なんか、痩せた?」
「えっ」
「顔、ちょっとシャープになった気がする。クラスの体育教師みたいな雰囲気になってきた」
次男の悠人も笑いながら言う。
「俺も思った! 昨日より若くなってない? なんか部活で鍛えた人みたい」
紗奈はパンをかじりながら無邪気に言った。
「お父さん、もしかしてこっそり筋トレしてるの?」
家族の何気ない言葉が、保の胸を締め付ける。
(ちょっと若返っただけなのに、こんなに気づかれるのか……!? やばい、怪しまれる!)
⸻
ごまかし
「いやいや、気のせいだろ。最近ちょっと散歩してるから、そのせいかもな」
保は笑ってごまかした。
だが真由美はじっと夫を見つめ、首をかしげた。
「……ほんとに? なんだか結婚した頃のあなたを思い出すわ」
保は背中に冷や汗を感じた。
(危なかった……! これ以上急激に変わったら、絶対にバレる……)
⸻
夫婦の夜
その夜。子供たちが寝静まると、真由美は恥ずかしそうに布団へもぐり込み、保の腕にそっと手を置いた。
「ねえ、あなた……今夜はどうかしら」
それは何年ぶりの誘いだっただろう。
保の胸は高鳴った。
(……俺の体はもう49歳じゃない。オートスクリプトで若返り、体力も戻った。試すなら、今だ)
唇を重ねる。互いの呼吸が熱を帯び、体は自然に応えた。
保の動きは衰えを知らず、尽きぬ力が夜を支配した。
「……あなた……まるで別人みたい……」
真由美は何度もそう呟きながら、夫に身を委ねた。
やがて疲れ果て、保の胸に抱かれて眠りにつく。
「……やっぱり、あなたが一番」
その言葉に保は安堵し、そして心の奥でざらりとした罪悪感を覚えた。
(俺は嘘をついている。でも、この嘘が家族を笑顔にするなら……それでいいのかもしれない)
⸻
トリクの囁き
静かな寝室で、脳裏にあの声が響く。
『ククク……よくやったな、團保。妻はすっかりお前に酔いしれた。力を隠しつつ利用する……上手く立ち回ったものだ』
「……これが正しいかは、わからない。でも、家族のためだ」
『ふん。正しさなどどうでもいい。お前はもう選んだのだ――』
保は声を振り払い、眠る妻の横顔を見つめた。
そこには、結婚した頃と変わらぬ柔らかさがあった。
(もう一度、この家族を大切にできるかもしれない……)
そう思いながら、保は静かに目を閉じた。
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