第4話 若返りのスクリプト

夜。子供たちが寝静まったリビングで、團保はひとり深呼吸をした。

(冷蔵庫、洗剤、リステリン……全部成功した。なら、俺の体だって……)


 恐る恐る自分を鑑定する。



鑑定結果


《対象:團保(だん たもつ)》

• 年齢:49歳

• 体力:平均以下

• 腰痛:改善済

• 肝機能:軽度不良

• 血圧:やや高め

• 頭髪:薄毛進行中

• 筋肉量:低下傾向

• 骨密度:やや低下

• 体脂肪率:27%


「……うわぁ……数字にされると余計ショックだな」

『人間とは哀れなものだ。生きれば生きるほど劣化していく。だが、貴様には“上書き”の権能がある』



年齢改変


 保は唇を噛み、意識を集中した。

《年齢:49歳 → 44歳》

《オートスクリプト:ON》


 じんわりとした熱が全身を包み、体の重さが抜けていく。

「……おお……? 顔のたるみが少し引き締まってる……膝の違和感もない」


 トリクの声が脳裏に響く。

『ふむ、成功か。44歳の状態が“保存”されたな。これで老化の進行を巻き戻せる』



体組成の改変実験


 保はさらに画面を見つめた。

「筋肉量……骨密度……体脂肪率……これも変えられるのか?」


 試しに「筋肉量:低下傾向 → 標準」と書き換えようとすると、エラー表示が出た。

《改変拒否:急激な変化は不可》


「……やっぱり一気には無理か」

『当然だ。肉体と魂のバランスを保つための制御だろう。だが“徐々に増やす”なら可能だ』


 そこで保は「筋肉量:+1%」「骨密度:+1%」「体脂肪率:−1%」と少しずつ改変した。


 次の瞬間、腕に微かな張りを感じ、足腰がわずかに軽くなった。

「……うっすら効いてる……!」


『時間をかければ、理想の体に近づける。努力せずして鍛え上げられる……人間にとって最高の誘惑だな』


 保は鏡を見つめた。

わずかに肌艶が増し、頬の輪郭が引き締まっている。昨日までの中年の自分とは違う。



欲望と恐怖


「……このまま続ければ、筋肉質で引き締まった体になれる……?」

『そうだ。脂肪を削ぎ、骨を強靭にし、筋肉を育てる……自然の摂理を凌駕する肉体を得られる』


 保は背筋を震わせた。

(老化を止め、体まで理想に変えられる……でも、やりすぎれば家族に怪しまれる……)


 トリクが愉快そうに囁く。

『フフフ、團保。お前はもう人間の限界を越え始めている。次はどうする? “理想の体型”か、“永遠の命”か――』


 保は唇を噛みしめ、そっと鏡に触れた。

「……いや。今は少しずつでいい。気づかれないように、ゆっくりとな」


 鏡の中には、確かに昨日より若く、健康そうな男が立っていた。

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