第6話 ショッピングモールの惨劇

家族サービスの休日


 休日の朝。

「今日はどこ行くの?」と娘の紗奈が目を輝かせると、團保は「モールにでも行くか」と答えた。

 妻の真由美も「セールが始まってるの」と嬉しそうに付け加える。

 長男の亮はスマホをいじりながら「服でも見てやるか」とぼそり。次男の悠人は「ゲーム屋寄ろうぜ!」と元気いっぱいだ。


 團保は両手いっぱいに買い物袋を抱え、家族の後ろを歩いた。

(体が軽い……腰も膝も痛くない。いくらでも荷物を持てる。これが“改変”の力か……)


 家族が笑いながら並んで歩く姿を見て、保は満ち足りていた。

(この平和が続けばいい……そう思ってたんだが――)



無敵の人の出現


 突如、フードコートから甲高い悲鳴が響いた。

「うわぁぁ!」

「逃げろ!」


 黒いパーカー姿の若い男が、血走った目で出刃包丁を振り回していた。二十代半ば、痩せこけ、髪もぼさぼさ。社会から外れたような風貌だった。


「社会が俺を見捨てたんだ! 親にも追い出されて、もう居場所なんかねぇ!」

 男の声は場内に木霊する。


「誰か……誰か俺を養ってくれぇぇぇ! 飯を食わせろ! 金をくれ! 俺を認めろぉぉ!」

 同じ言葉を何度も、狂ったように繰り返す。

「誰か俺を養ってくれぇぇぇ! 誰かぁぁ!」


 人々はパニックに陥り、悲鳴と泣き声が混ざり合った。



人質


 その刃が向かった先に――紗奈がいた。

「ひっ……!」

 男が素早く彼女の腕をつかみ、刃を突きつける。

「動くな! このガキ、刺されたくなかったら全員下がれ!」


「……紗奈!」

 團保の心臓が止まりそうになった。娘の顔は恐怖に歪んでいる。


 妻の真由美は蒼白になり、息子たちは声も出せなかった。



決断


(警備員が来るまで時間がかかる……警察もすぐには来ない……!)


 トリクの声が頭に響く。

『どうする、團保? 今こそ力を使う時だ』

「……俺が、守る」


 保は震える心を抑え、自分を鑑定する。


《筋肉量:標準/骨密度:標準/反射神経:平均/瞬発力:平均》


(全部、上げる!)


 意識を集中し、数値を改変する。

《筋肉量:+20%》

《骨密度:+10%》

《反射神経:+15%》

《瞬発力:+15%》


 体の奥に熱が広がり、血が沸き立つ。

視界が鮮やかに、音が鮮明に聞こえる。

(これが……強化された肉体……!)



父の一撃


 男が紗奈に刃を振り下ろそうとした瞬間。

「やめろぉぉぉ!」


 保は地を蹴り、信じられない速度で飛び出した。

 一瞬で間合いを詰め、男の手首をがっしり掴む。骨がきしみ、悲鳴が上がる。


「う、ぐぁっ!」

 包丁が床に落ちる。


 そのまま男を後ろから羽交い締めにし、床へとねじ伏せた。

「紗奈! 早く逃げろ!」

「お父さん!」


 娘は涙を浮かべながら母の元へ駆け寄り、周囲から安堵の声が広がった。



事件の後


 警備員と警察が駆けつけ、男は拘束された。

 フードコートは静けさを取り戻したが、保の手はまだ震えていた。

(……本当に危なかった。もしスキルがなければ、紗奈は……)


 真由美が夫の腕を掴み、震える声で言った。

「あなた……どうしてあんな力が……?」


 保は苦笑し、肩をすくめた。

「必死だっただけさ。父親だからな」


 だが胸の奥では、トリクが愉快そうに嗤っていた。

『フフフ……いよいよ隠しきれなくなってきたな、團保。だがどうだ? 娘を守るために力を使う……気分は悪くなかろう?』


 保は唇を噛み、眠る娘の横顔を思い浮かべた。

(……この力は、守るために使う。それでいいはずだ……)


 だがその決意の影に、言い知れぬ不安が忍び寄っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る