第3話
「よお冒険者。今日は何の武器を訓練するんだ?」
「弓」
もはや日課となった弓道場で、僕は準備体操を始める。
まあ、VRゲームに準備体操がどれだけ影響するのかは未知数だが。
準備体操を終えて弓を手に取れば、もはや自分のために作られた一級品のような感覚さえする。実際は初心者用の配布武器なのだが。
他の弓にも触れつつある中で、それぞれの弓に求められるステータスや状況に大きな違いがあることに気づいた。
まずショートボウは、器用さ参照の弓で近接戦闘の開始前に放つ目的で用いられる。威力は低いが、同時に数本放つことで複数体相手に矢のデバフをつけることができる。
つまりは、近接戦闘の援護用。街でもショートボウ1本を持った人はほぼいないほどに、近接戦闘職のサブ武器として重宝されている。
次にロングボウ。一発の火力はピカイチだが、なにぶん筋力ステータス参照のため人気がない。筋力参照なら近接武器のほうがパフォーマンスが高いからだ。
安定した前衛がいるのなら、パーティーに一人は居てもいいかもしれない。しかしサブ武器にもつには重すぎるし、何より安全圏から打つならば魔法職という選択肢もある。現在最も不遇な弓と言っても過言ではない。
そして最後に僕の使う和弓。基礎火力値が弓の中で最も低く、弓の長さから携帯性も最悪だ。
しかし、この僕にとってはあまり気にならない。
和弓には、敵の弱点ヒット時に特殊効果が発動する。それは他の弓にはない、確定クリティカル効果だ。
このゲームの物理武器にはクリティカル効果があり、武器固有のクリティカル率とクリティカル倍率によって、火力が大幅に増強される。
つまり、本来火力に必要なクリティカル率や筋力を捨て、クリティカル倍率のみで戦うことができる。近〜遠距離を問わない性能と、確実に一体仕留めきる火力が合わさり、ソロで動いてる僕には最適な装備だ。
「よお冒険者。そろそろ最終段階に行くかい?」
突然、NPCが話しかけてくる。これは武器習熟度が一定を超えたときに出てくる、卒業試験イベントだ。
「もちろん、Yes!」
NPCの手を取れば、景色が弓道場から森林へと変わる。
「この森の中に一匹のうさぎがいる。それを仕留められれば合格だ!グッドラック!」
NPCが消えたらスタートの合図だ。
まずは森を客観的に俯瞰してみる。初心者用のクエストのためそれほど広くはない。西に大きな湖があることを考えれば、そこに水を飲みに来るタイミングを狙えということなのだろう。
湖に着くと、案の定うさぎの足跡を見つけた。まっすぐ湖に来てまっすぐ帰るような、何の警戒もしていない動きだ。
僕は足跡の対岸まで移動し、矢筒から2本、矢を引き抜いた。
「……来た」
うさぎが一直線に湖に向かってくる。
僕は一の矢を番えて機を待つ。
しかし、予想に反してうさぎは湖の手前で立ち止まってしまった。
「どうして?……まさか」
僕は自分の足元をみる。柔らかい森の土は、僕の足跡をはっきりと残していた。
「しまった、考えてなかった」
たとえ天敵がいない閉ざされた森に住むうさぎでも、自分よりも明らかに大きい足跡には本能的な危機感が働くのだろう。
「足跡を消す方法か」
確か葉のついた木の枝で足跡をかき消す方法があると読んだことがある。でも、このゲームで「葉付きの木の枝」を手に入れる方法は今のところない。
次に考えたのは別の場所で狩りをすること。しかし、獣の痕跡を探すスキルは持ち合わせていない。それに弓の都合上、開けた場所のほうが距離を保って撃ちやすい。
そんなことを考えていると、ふと後ろから物音がした気がした。
「ん?」
ガサガサガサ
ピョコン
「……っ!」
僕の後ろに現れたのは、先ほど見たうさぎだった。
しばし、一人と一匹の間に、静寂が訪れる。
「ピギュゥ!」
うさぎに先手を取られる。真っすぐに、現実のうさぎにはない立派な一本角をこっちに向けて飛び込んでくる。
「っ!はぁはぁ」
勘で一撃目は避けきった。しかしすぐに二撃目がくる。避けるには間に合わない!
「くっ!」
二撃目は弓で受けた。咄嗟に盾代わりにしてしまった弓は、僕の手を容易に離れて後方へ飛んでいってしまった。
直撃はしていないのに、弓を持っていた左手に痺れが走る。
三撃目は、助走付きで今までで最も速い一撃だった。
これを受けたらHPが削られて……その先は
周りの風景がスローモーションのように見える。武器を手放した僕は、理性を超えた本能的な思考で手を動かす。
うさぎの弱点である頭部で、真っ赤なマークが大きく煌めいた。
自然と矢筒に伸びた手で矢を握り込み、敵の弱点めがけて振りかぶる。
「……はぁ、はぁ」
顔面に矢の刺さったうさぎが、エフェクトに包まれて消えていく。
「やあ冒険者、クエストクリアおめでとう」
それから時間切れで強制転移するまで、僕は地面に身を投げだしていた。
++++
いつもの路地裏に座り込んで、弓の手入れをする。こうすることで多少は長持ちするようで、武器ごとに耐久値のあるこのゲームにおいては死活問題である。
「今日は来ないな」
あの名前も知らない女性プレイヤーは、あれからもパンを届けに路地裏まで足を運んでくれた。
一部路地裏の民では彼女を神聖視する動きもあるくらいだ。
僕は昨日の残りのパンを頬張りながら、思考を巡らせる。
今日の戦闘では教訓を得た。
僕には、仲間が必要だ。
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