第2話

 デスゲームが開始してから1週間が経った。

 ここでの暮らしもある程度は染みつきつつある一方、未だに現実からのアプローチが皆無で、情報も連絡も遮断されている。本当のクローズドとはよく言ったもので、僕たちはこの世界で完結する新たな生活を強いられている。


「はあ、なにか食べないと」


 このゲームには空腹感がない。いや、正確にはあるのだが、あくまでシステム上の「これ以上いくと餓死する」というアラートであり、こまめに空腹度を確認する必要がある。


 そう。このゲーム、定期的に食事を取らなければ餓死してしまう。今のところその先に行き着くのは、現実での死……ということになっている。


 しかし、想定していた以上にゲーム攻略へ動こうという動きは起きなかった。

 一部は街の外のモンスター狩りで生計を立てていると聞いたが、街の中に閉じこもって助けを待つ人々も少なくない。



 そして、僕もまたそんな一人だった。



「えっとパン一個が……1000ゴルド?高すぎる」


 僕はストレージのお金を数え直す。一週間目にしてもう金銭面で困窮してしまった。

 パン屋に群がる人だかりから抜け、街のハズレへと歩いていく。


「これからどうしよう」


 路地裏に入り込み地面に座り込む。僕以外にも何人かおり、だいたいが女子供の体格に恵まれていないものたちだ。

 このゲーム、姿だけでなくてステータスまでもが現実に引き戻されたため、戦うことができない人は今、どうしようもなく困窮してしまっている。


「ちょっといいかい、そこの君」


「ん?はい、僕ですか」


 今日は路地裏に珍しい賓客が現れた。

 いつぞやの広場の彼女ではないか。長い髪をたなびかせながら、その人物は大きな袋を抱え直した。


「見たところパンを買うことすら叶わない人たちだと見える。どうかこのパンを配ってくれ」


 そういって大きな袋を渡される。中身はこのゲームで最も安いパンがこれでもかというほど詰め込まれていた。


「どうやってこんな量を」


 デスゲームが始まって1週間。安価なパンは高騰の一方だった。とくに需要があるのは、僕みたいな「狩りにでかけないものの、盗みなどを働く勇気もない」層で、パン屋の前で奪い合いになるほどにパンの供給は少ない。


「隣町にいけばパンは安価で手に入るよ」


「隣町?でも道中は戦闘フィル-ドじゃ」


「ああ、そうだよ。だから戦闘しながら隣町まで行くことになるね」


 あたりまえのように返される。戦闘するということは、死ぬ可能性があるということなのに。


「こ、怖くないの?」


「怖い?あたりまえに怖いさ。でも、何もせずにこのまま朽ちてしまう方が怖いね」


 そういうと彼女は大きな袋をさっさと僕に押し付け、さっと手を降る。


「じゃあね、お嬢ちゃん。ああそうだ、プレイヤーとしての助言だけど、武器訓練場に行くと良い。あそこだと初期武器を数多く試せるし、訓練終了で武器一本もらえるからはした金で売れる。それじゃあ」


「ちょ、僕はお嬢ちゃんじゃ……いっちゃった」


 言い返そうとして空を切る。彼女は僕とは違う圧倒的なステータスで、風のように去っていってしまった。


「武器訓練所……か」


 僕の毎日のルーティンに、新たな場所が追加された。



++++



「よお冒険者!今日は何の武器を訓練するんだ?」


「えっと今日は……弓で」


「よおしわかった。場所を移動しよう」


 NPCの手に触れると、場所が弓道場に変化する。いつの間にか靴は脱がされ足袋をはいており、足裏に木の感覚がダイレクトに伝わってくる。


「弓にはまず3種類ある。瞬発の弓、剛力の弓、零点の弓だ。好きなものを選ぶといい」


 弓は長さによって区分けされているようで、小柄な僕でも使えそうなショートボウ。筋力がいりそうなロングボウ。そしてなんとなく見覚えのある日本の和弓。


「これかな」


 僕が手に取ったのは、もっとも長い和弓、零点の弓だった。


「ふぅ。……すぅ」


 たとえここがゲームの世界であっても、現実で染み付いた動きは忘れない。

 上方向に打ち起こし、二段階で弦を引く。機を見計らって、離す。


 タァン!


 的の中心に命中する。現実と違うのは、狙う必要がないこと。弦を引き絞った際に出てくる予測線が、弓の命中率を大幅に向上させてくれる。


「なつかしいな」


 僕は以前、弓道をやっていた。その名残でつい和弓を選んでしまったというわけだ。


「他のも試してみるかな」


 まずは力のいらなそうなショートボウから手に取る。何度か弦の感触を確認し、矢をつがえる。


 タンッ!


 的には当てやすいし、おそらく筋力ステータス参照ではない。敏捷性とか器用さとか、そっちが求められる感じか。


 次にロングボウ。これは矢をつがえる前に無理だとわかった。


「弦がおもすぎる……」


 これは明らかに筋力ステータス参照の弓だ。筋肉がつきにくい僕にはとうてい無理な代物だろう。


「待てよ。なんで和弓は力が必要ないんだ?」


 現実で弓を引いていたのは数年前。もう筋力も衰えているはずだ。にも拘らず、戦闘に用いられるほどの和弓に筋力的な不足を感じることはなかった。


「もしかして……」


 僕はステータスを開き、各パラメータの数値を熟読する。


 貧弱なステータスの中で、ひときわ「精神力」の数値だけが高い。もしかすると、和弓は精神力参照の武器なのかもしれない。


「ははっ、剣と魔法の世界で、精神力?」


 つい笑ってしまう。精神力が高いというのは一つの優位点だが、ならば和弓などいかず、精神力参照の多い魔法系に特化したほうが強い気がする。


 だというのに僕は……



 MPがこれまたとてつもなく低いんだよな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る