第5話


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 一瞬にして黒煙と化した四機の戦闘機を背面に、わたしは急降下並びに通常の下降を続け、どうにか爆弾を爆発させることなく、ある孤島へと不時着いたしました。もしもその島が敵地だったなら、携行を義務付けられていた拳銃を用いて、二発のうちの一発で機の燃料油槽を撃って爆破後、残りのもう一発で頭を撃って自害するという規則になっていたのですが、幸運なことに、そこは味方の領土でございました。奇跡だ、とわたしは思いました。なぜならばその場所は、すぐ前方は敵地、後方は海という、ごく小さな離島だったからです。わたしは己の強運に誇りさえ抱きつつ島民の漁船に乗せてもらい、意気揚々と元いた施設まで帰ってゆきました。

 本来の目的こそ果たせなかったとは言え、やるだけのことをやった上での、やむを得ない帰還です。二機とは言え敵機も撃破しております。ですから勲章まではもらえないにしても、ある程度隊の働きは評価され、少なくともわたし個人においては、もう二度と特別攻撃隊に加わらずに済むだろうと考えておりました。しかし上官はわたしの姿を認めるや否や、ひどく渋い顔になり、なるべく人目につかぬよう、至急軍の司令部まで出頭するように指示を出しました。不審を覚えながらも、わたしは従いました。隊から遠ざかるのだから、何も問題はないだろうと思いながら。

 司令部に出頭すると、今度はなぜか、遠方の山奥に建つ、ある寮へ入るようにとの命令が下されました。まもなくすると、わたしは軍の車によって、その寮へと送致されたのでした。

 入寮して初めてわかったのですが、そこは寮とは名ばかりの、監獄でした。何らかの理由で、特別攻撃に至らぬまま戻ってきた者たちが、各地から集められて収監される、寮を装った監獄だったのです。事実寮内には、出撃して見事に特別攻撃を成功させたと上官より聞かされていた、顔だけはわたしもよく知っている、既に死んでしまっているはずの者もちらほらと見かけました。

 わたしが考えていたよりも、寮にはずっと多くの人間が収容されておりました。帰還に至る特別攻撃隊員というのは、さほど珍しい存在ではなかったようです。その多くの理由は、機体の故障によるものということでした。しかし考えてみれば当然のことでしょう。わたしたちが搭乗させられた戦闘機は、いずれも使い古されたものだったわけですから。

 寮の建物が遠方の山奥に建てられていたのは、一般の軍人や市民から、できるだけ遠ざけたいという上層部の意志が働いたためだと思われます。当時の大本営は、特別攻撃へ飛び立った者は皆立派に成功を収めたと発表し、『軍神』であると、褒め讃えていたのですからね。その死んだはずの軍神が生きていたとなると、発表が嘘だったということになってしまいます。加えてかような人間が近くをうろついていると、特別攻撃へ出撃する前の兵士たちの士気に、悪影響を及ぼすということもあったのでしょう。かくしてわたしたちは、寮とは名ばかりの僻地の監獄に隔離軟禁され、次こそ特別攻撃を完遂するべく、徹底的な精神教育を施されたのです。

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