第2話


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「これは今より、六十年以上も前のお話です。信じられないことに、当時のわたしはまだ、十七歳でした。この国は大きな戦争の只中にあり、わたしは陸軍に所属する航空隊の、飛行機乗りでございました。陸軍所属の航空隊と言うとおかしく響くやもしれませんが、空軍は規模が小さかったために、陸軍と海軍のそれぞれに含まれていたがゆえの呼称です。それは国から多数の航空隊員が必要であるという緊急の要請を受け、陸軍所属の航空部隊が、急遽きゅうきょ編成した部隊でした。

 わたしは年齢が年齢でしたから、兵役を負う義務は猶予されていたのですが、戦況が激化し、兵力が大幅に不足しているという実状のため、若干十七歳ながらも、徴兵されることになったのです。いわゆる学徒がくと兵として、学徒出陣を遂げたのです。

 しかしそれは、一般に言う、文化系の学生であった人間に限っての徴兵でした。同じ年齢の学生でも、理工科系や教員を養成するための学校に通っている学生は、前途においての人員不足が起こり得ぬよう、徴兵を引き続き、猶予されたのです。現にそのときわたしには、工学専門の学校へ通う双子の弟がいたのですが、通則適応のため、戦地には赴きませんでした。弟本人としては、愛国心はもちろんのこと、自分だけが残るのを恥じたのでしょう、たとえ退学してでも同じ航空隊へ入隊し、祖国のために戦いたいと切に訴えていたのですが、病気がちな母親が家に一人になってしまうということもあり、わたしが残るようにと、説得を試みたのです。弟は元来戦闘機の設計に携わりたいと願っておりましたから、そのまま一所懸命に勉学に励み、将来望む道へ進む方が、戦場で戦うよりも、幾倍もお国のためになるのだと言ってです。弟は渋々ながらも了承し、家に残ることとなりました。わたしの言うことが、論理にかなっていたからです。

 しかしながらもわたくしは、弟に対するそこはかとない優越感を、抑えることができませんでした。現代の方々からすると馬鹿馬鹿しく思われるかもしれませんが、当時の人間たちは、お国のために自らの命を賭して戦うという行為を、大変な栄光かつ名誉なものと、真剣に考えていたのです。

 実を申しますと、わたくしは中等部在学の頃より、パイロットに憧れておりました。いえ、わたしも、と言う方が正確かもしれません。我が国の航空隊はとても優秀で、若者たちの、憧れの的だったからです。あなたのような若い世代の方でも、零戦ゼロセンという名前を一度は耳にしたことがあるでしょう。胴体の両脇と左右の翼のそれぞれに、紅い日章が描かれている、プロペラ式の飛行機です。プロペラ式とは言えど、零戦は当時のこの国が誇る、世界最高峰の戦闘機でした。わたしはその零戦乗りになることに憧れていたのです。そして弟の方は、零戦を設計することに憧れておりました。ですからわたしたち兄弟は、この世の多くの兄弟が反発し合いながらも、どこかでは引かれ合ってしまうという例外に漏れることなく、設計者とパイロットという異なった立場から、同じ零戦へと続く道を進むことを、いつしか希望するようになっていたのでした」

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