第2話 クズ男と付き合い2度も振ってしまった人


3月は慌しかった。

旅行から戻り、彼氏と別れて、卒業式に引っ越し。

別れたのに、何故か彼氏は引っ越しの日に、アフタヌーンティーのオシャレな食器セットをくれた。


仕事が始まり、研修も無くいきなり忙しい毎日が始まった。

寮に戻るのは、大抵9時は過ぎた。

寮全体で電話は30人以上で1台だけ。

管理人さんたちが出る。

夜11時まで。


慎也さんはどこかで聞いて、寮に電話をくれた。

入社1週間ぐらい。

10日ぐらい後に、以前の部署のメンバーで、飲み会をするって話。

「お前らの送別会もして無いから」と。

もう1人の男子も来るらしい。


その後あたりに、碓氷君からも寮に電話があった。

妹か母から聞いたらしい。

「ご飯食べに行かない」って。


碓氷君から電話があった時期、旅行の疲れからか、歯が痛くなっていたけど、歯医者に行かずにいたら、この時期には顔が腫れるぐらい、歯茎が腫れた。

親知らずが中で炎症を起こしいるから、炎症が治まってから、口腔外科へ行きなさいと歯医者に言われた。


当然食事をするとなお痛い。

仕事はそんなことでは休めない。

ちょうどゴールデンウィーク前だった。

まだ病院は土曜日は休診ではなく。

祝日以外もやっていた。


会社は飛び石の平日は休めたから、ゴールデンウィーク頭に切開して、病院がやってる日に消毒に行くことにした。


碓氷君には事情を話して、ご飯の約束は、親知らずが片付いてからと言う話に。

約束したのは、ゴールデンウィーク終わりから1週間後。


飲み会の時期には、親知らずは既に痛かったけど、炎症が薬で治まって、顔は腫れなくなった。

会社絡みだから、断れないから行った。


1次会が終わって、居酒屋を最後あたりに出た。

バラバラに話しながら、長い列になって、前の人に付いて行く。

店からわりとすぐ、慎也さんが最後尾にいた私を待っていた。

彼は行き先を知っているのか、ゆっくりと歩いた。


「どうする?この後2次会も行ける?寮に帰れる?」

「終電はわりと遅いから、店を30分前に出たら間に合います」

「ウチに泊まれば」と、目を覗き込んで聞いた。


「え?私が?」と心の中で思った。

「このままここから、2人で帰ろうよ」

「慎也さんがいないと、絶対にバレますよ。私までいないなら」

「課長には恵子ちゃんを、送って行くって言ってある。気が向いたら2次会行きますけど、そのまま帰るかも?って言って」


そんな話は、課長も信じて無いだろうけど、他の皆んながいない理由を聞いたら、誤魔化してくれるんだろう。


「どうする?俺と来る?帰る?2次会行く?」

肩に手を回された。

「俺は誰でも家に入れる訳じゃない」

いや〜。わりと誰でもに近く入れてるでしょう、この人はと思ったけど。

しばらく黙った。


「来ないなら1人でタクシーで帰るか?」と言いながら、ゆっくり歩く。

「来いよな」とまた、顔を覗き込んだ。

目は真剣に見えた。

思わず、うなづいた。


「良かった。ならもう帰ろう」と言い、タクシーを捕まえようとしている。

今はフリーなんだし、「まあいいか」はあった。

彼女になれるのか、今晩限りになるのかも運次第。


2人で彼の部屋へ。

学生時代から、ほぼ10年住んでいる部屋らしく匂う。

朝になり近くのコンビニへ行き、簡単なブランチを私が作って、2人で食べた。


翌日の土曜日、普段は仕事する彼は、私と一緒にいた。

月曜日の朝、出勤するまで。

2人の関係は変わった。

名前は呼び捨て?お前呼び。

合鍵を渡された。


予備の合鍵を持ってること自体、ヤバい人?

今も合鍵をすぐ渡す男は要注意。

「来週は土曜日は仕事するから、夕方?昼間以降なら、いつ来ても良いよ」


遊び人なのは、わかってはいた。

それでも、合鍵を渡されたのは嬉しい。

平日はお互い帰ったら、電話するのも寮だから難しい。

新入社員で毎日アップアップな私には、恋愛なんかする余裕はなかったのに。


親知らずは、ゴールデンウィークに何とかするしか無い。

切開して抜いた直後は、麻酔が効きすぎて、マックのハンバーガーすら、食べられなかった。

口の感覚が無くなって、溢れてしまい食べられない。 


仕方なく口の端でストローが、何とか入ったほうから、マックシェイクを啜るだけで、1日を過ごした。 

寮は静かで、彼にも電話で愚痴ることも出来ない。

話すにも痛すぎる。


連休最後、3日だけは一緒に過ごせた。

「誰かに見つかるから」と言いながら、新しく出来た、北欧料理の店には連れて行ってくれた。

デートらしいデートはしてなかったから、嬉しかった。


次の週は、日曜日は友達と前から約束してるから、夕方から出かけて寮に帰ると言っても、「そう」だけ。

まあ、わざわざ男友達だとは、私も言わなかったけど。

彼がどうしてたかは、知らない。


碓氷君は彼の家の近くまで、車で迎えに来てくれた。

特に不思議がることもなく。

ずっと2年は、友達の彼女のままで、近くにいた。

社会人になってからは、半年前に偶然会ったぐらい。


私にとっては、完全に地元の仲間で、元彼の友人だった。

彼が食事場所に選んだのが、先週慎也さんが連れて行ってくれた、同じ店。

さすがに先週来たとは言い出しにくく、

「鹿肉とか珍しいね〜」と調子を合わせた。


車で送って貰う途中、寮が近くなって、碓氷君は言った、

「今度こそ俺と付き合ってくれない」

まさかのまさかだった。

ずっと好きだったとは、彼は言わない。 


でも電話があったタイミングは、彼氏と別れて、3週間足らず。

別れたことを聞いて、すぐに連絡してくれた可能性は高い。

自分の友達と、別れるまで待ってた?


タイミングが合わない人?

縁がなかった人?とはこうなる。

まさか2回連続で僅かに遅くなり、私はまた「もう付き合ってる人がいる」と言ったけど、現実感が無く。


碓氷君は黙った。

彼は良い人過ぎて、「誰?」とも、「何故」とも、「ずっと好きだったのに」とも言わず、黙った。

「ごめんね」と言う私に、優しく笑った。

苦さはあった。


冷静に後から考えると、付き合うにしても、結婚を考えるにしても、碓氷君は優良物件。

友達の彼女だった時には、邪魔や詮索するような言動もなく。

誠実で我慢強い。愛想も良い。


顔のタイプは古いけど、男前なのに性格がめちゃくちゃ良い。

付き合ってとか、言うことはちゃんと言う。


が、匂わせたり、口説いてるサインを出すのは下手。

高校時代は共学で、野球部キャプテン。勉強も出来たから、女子にはモテてたようだけど、ちゃんとした彼女はいなかったらしい。


大学時代も1人だけ。ひと月だけ。

他には彼女は作らなかった。

私の彼氏は、碓氷君に告白されたのは知らないから、彼の事情も気にせずに話したから知っていた。


ずっと好きでいてくれたかは、わからない。

でも、黙ってしまった感じからは、待ってた感じはした。

さすがに2度目の後は、連絡はなかったから詳しくはわからないけど。


私が少しだけズルくなれてたら…。

「少し考えて良い?」って言えていたら。

この後の出来事を考えると、正解は碓氷君一択。


何より彼は誠実だった。

前がタッチの差だったから、多分別れたことを聞いてすぐに、行動したと感じた。

そんな、良い人をまた断ったことに、私はかなり罪悪感はあった。


でも、まさかの親知らずのせいで、会うタイミングが遅れた。

先に碓氷君が言ってくれてたら、多分私は同じように、慎也さんに「付き合ってる人がいる」と答えただろう。


何か気になってる、好きかもしれないサインを出してくれてたら…。

3年間彼氏と別れるまで、ずっと何も言わずに、出さずに待ってる男子がいるとは、考えてもみなかった。


彼が大学1年になった秋に、知り合った。友達にグループ何人かをまとめて紹介された時に。

そこからだと、4年近い。


私はまだ高校生だったけど、4か月ほどで卒業した。

碓氷君は既に大学生。

現役で進学したから。


電話があったのは、サインかもしれないけど、ずっと普通の仲間として、グループで仲が良かった。

特に私だけを誘ったりもしない。


偶然2人だけになったことは、何回もある。

でも、何も言わないし、私を特に気にかけてる様子は、1度目の告白前も後も特になく、他の女子と同じフラットな接し方。


ご飯食べに行く?って言われても、まさかずっとまだ私か好きとは、わからなかった。


でも慎也さんは?

碓氷君のように、あっさりと引き下がらずに、「ソイツは俺より良い奴?」とか、

「告白されたら、誰でもOKなのか?」とか、私の心を揺るがすようなことを言っただろう。


誰かに負けるのは、大嫌いな人だから。

まさか普通の他の男に、女のことで自分が負ける筈は無い、と考えるような人。

何とか口説こうとし、とりあえず、自分の物にしようとはしただろう。


学歴はまあまあ。超高学歴では無いけど、仕事は出来る。

私の好みからは、少しズレていても、一般的にはイケメン。

身長も高いし、話は面白い。


その上、元バンドマン。

碓氷君と会って「付き合って欲しい」と言われたことは、話さずにいた。

この時に話して、他に私に興味がある人が、多分ずっと待っていてくれた人がいたことを知ったら、もう少し私に優しくしてくれたかもしれない。


そんな彼でも、必ず女の子を口説けるとは限らない。

男女の仲はわからない。


鍵も渡され、毎週会うようになって、ひと月ぐらいで、慎也さんは言った。

「結婚しようか?」と。

私は笑っただけ。


本気だとは、全く考えてなかった。

「来週、指輪買いに行こう」も、普通に彼女へのプレゼントを買う程度の気持ちかと。


見て買ったのも、特に婚約指輪のような、ダイヤの付いた物でも無い。

普段はめていて、誰にも不思議がられ無いような、結婚指輪のようなシンプルな物でも無く。

某ブランドで有名な、デザインの3連のリング。

3連だから、少し高かった。


「高いな」と言いながら、買ってくれた。

高いと言うってことは、この人は前にも誰かに、指輪をプレゼントしたことがある。

このブランドの指輪を買ったことがあるんだろうなぁ…は考えた。


その時はよく知らなかったけど、彼はもうすぐ28歳。

夜遊びが原因なのか、今一つ体調が思わしく無い。

結婚したら落ち着くか?と考えていたらしく。


日々の行動を自分が変えない限り、結婚しても、相手を尊重して一緒に居ようとしない限り、何も変わらないのに。

彼は間違えていた。


結婚しても、朝ご飯を作ってくれる人がいても、夜遊びをやめない限り、変わらないのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る